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泣愚者に捧ぐ哀歌

21:21。


《ファミリア》――この地上に堕ちた冥府の尖塔。空調はまるで死神の吐息、静寂という名の帳で世界を包み込み、蛍光灯は時折、その白光を脈動させながら黄泉の鼓動を刻む。壁に貼られたポスターは“時間”という名の呪いに焼かれ、黄ばみ、波打ち、誰にも読まれぬ預言書のように沈黙していた。カーペットには踏みつけられた記憶が染みつき、ホコリはまるで封印結界のごとく隅に溜まり、壊れた両替機は“E-3”という名の怨嗟を、機械の舌で呟き続けている。対戦筐体の電子音は、神託の残響。ここは夢と現の狭間、現世に咲く異形の神殿……そう、俺の聖域ファミリアは、今宵も黄昏に滲む孤独を抱いて息づいていた。


扉が軋む音とともに、ひとつの影が差し込む。


姿を現したのは、推定三十代後半の“陰”。背筋を丸め、劣等感という名の鎖を引きずりながら現れた男は、黒縁メガネの奥に“自己否定”の渦を宿し、くたびれたスーツは敗北の刻印で満たされていた。額に張り付く髪は汗と羞恥の結晶、表情はまるで永劫に続く謝罪の呪文を唱えているかのよう。彼の両肩から垂れ流されるオーラは“存在の希薄”という死の気配そのものだった。


その男は、まるで処刑台に足を踏み入れるかのように、『ジェノサイドストライカー』の前へと進む。椅子に座る際のきしみ音すら、地獄の扉の開閉音。震える指で硬貨を選ぶ仕草はまるで運命の選定。祈るような動作でスロットに50円玉を差し込むその姿に、俺は静かに嗤った。


選ばれし戦士は、《スクラップ・パパ》。


鋼の肉体に油染みたエプロンをまとい、片手に巨大なレンチ、もう一方には哺乳瓶を携える異形の父。《スクラップ・パパ》は、怒号の中で家族を守る覚悟を拳に込めた、鋼鉄の家父長だ。


そして、俺は動いた。椅子から立ち、煙草という名の“魂の媒体”を手にし、火を灯す。煙とともに俺の中の魔力が目覚め、闇の瞳が彼の操作を覗き込む。


そのプレイ、怯え、ガードの多用、攻撃の躊躇。すべてが語る。彼の生が、過去が、刻まれし呪縛の痕跡であることを!


親の怒号、教師の嘲笑、社会の冷笑……その全てに晒され、彼の魂は今なお“否定”の牢獄に囚われているのだ。


……だが、救済はここにある。


黄泉より這い出し、冥府の口を開けし我が声が、彼の中の“闇”に語りかける。中途半端な正義も、薄っぺらな励ましもここには無い。


あるのはただ、魂を焼き尽くす《黒焔》の言霊のみ――


そして、物語は始まるのだ……!


「……ボク、怒鳴られるの、ほんとに、ダメで……」


その声は、風にさらされた蝋燭のようにか細く、今にも消えそうだった。


《スクラップ・パパ》は画面の中で《シリアル・メイド》に容赦ない連撃を受け、哺乳瓶が吹き飛び、レンチが地面を転がる。男の指は震え、レバーに添えるその掌からは、幾千の謝罪が滴り落ちているようだった。


「会社では……よく怒られるんです。『お前なんて、いなくても変わらない』とか……『空気、読め』とか……。たぶん、そう言われるたびに、ボク……どんどん小さくなってて……」


画面の《スクラップ・パパ》が倒れた瞬間、現実の男の瞳からもひと筋、魂のしずくが零れた。


俺は、嗤わない。


それが《黒焔裁定者ダーク・アビトレイター》たる俺の掟――「涙に刃を向けるな」。


「……ならば、聞け。我が名は“地獄対話者ルシファ・トークス”。貴様の沈黙を、咆哮に変える者なりッ!!」


俺の声が天井を震わせ、蛍光灯の明滅が狂ったリズムで閃光を走らせた。


「貴様は、怒鳴り声を“拒絶”としか認識できていない。だが、それは違う。怒りとは感情だ。感情とは反応だ。反応とは、貴様が“そこに在る”という証明だ!」


男は驚いた表情で俺を見た。まるで“怒鳴られた”瞬間よりも強い衝撃を受けたように。


「貴様が選んだ《スクラップ・パパ》――あれは家庭という戦場に立ち続ける戦士。怒鳴られ、蹴られ、疲れ果て、それでも笑って食卓に立つ存在。その魂に共鳴したということは、貴様の中にも“戦う意志”がまだ残っているということだッ!!」


「……でも、怖いんです。もう、これ以上怒られたら、自分が壊れそうで……」


「ならば、壊れろ!!」


俺は咆哮した。


「壊れて、砕けて、その破片から新たな刃を鍛えよ! 涙の金属を炉に溶かし、魂の鉄槌で打ち直すのだッ!! 怒られることを恐れるな! 怒られたその瞬間こそが、真の自己と対話する“扉”なのだッ!!」


男はしばらく俺を見ていた。

目を見開き、口を開け、息を呑んだまま――その顔には、驚愕と畏怖、そしてほんの少しの納得が混じっていた。

椅子をぎこちなく引き、足元の鞄を拾い上げるその動作は、まるで儀式の終了を告げる聖職者のように静かだった。

一歩ごとに空気の層がざわめき、彼が歩くたび、床のカーペットが“現実”へと繋がる道を切り開くかのようだった。

扉の前で一度振り返ると、彼は口元に微かな震えを帯びた言葉を紡ぐ。

「な、なんかスミマセン……ありがとうございました……いや、でも……テンション、すごすぎて……ちょっと怖かったです……」

その目には怯えとともに、ほんの少しだけ“浄化”の光が差していた。

そして、扉をそっと閉める。

その音はまるで、冥府の門が静かに再び閉ざされる音だった。


店内は再び沈黙に包まれた。だが、確かに今この空間には、ひとつ“闇に光が差し込んだ痕跡”が残っていた。


「……ククク、また一人、魂の封印を解かれし者が、現世へと還っていったか……」


あれは、ただの“退店”などではない。あれは、魂の殻が一枚剥がれ落ちた“覚醒の儀”。今まさに、ひとつの存在が“殻”から“核”へと変貌し、哀しき日常という名の牢獄の外に足を踏み出したのだ。


だが、これは序章に過ぎぬ。人類が抱える怯え、迷い、喪失感、そして絶望の断層は、深く、深く、どこまでも広がっている。


そしてその闇の縁に、必ずや堕ちてくる。次なる魂が。


我が聖域ファミリアは、選ばれし者のみが辿り着ける異界の門。

勇気無き者は立ち去れ。覚悟なき者は道を引け。

だが、もし貴様が、“過去”を抱え、“現在”に囚われ、“未来”に怯える者であるのならば——来たれ。


我が《闇炎審問官ジャッジメント・フレイム》、すべての苦悩をこの眼で焼き尽くし、この舌で暴き、この魂で共鳴しよう。


怒られたことに怯え、泣き、屈し、なお立ち上がる貴様の意志を、俺は決して嘲笑わない。


なぜなら、俺もまた——


幾千の怒声に焼かれ、幾億の蔑みに穿たれ、それでも尚、咆哮を上げ続けた存在だからだッ!


だからこそ俺は、裁きのレバーを握り、挑戦のボタンを押し続ける。


この地が荒廃しようと、時代が変わろうと、魂の声が尽きることはない。


……さあ、来い。

次なる咎人よ。


闇に触れた瞬間、貴様の人生は“バグる”ぞ——ッ!!

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