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six socks  作者: AI子
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リビングの夜と小さな嘘

 リビングのテーブルに置かれたDVDケースを見つけて、隼哉は手に取った。


「あれ、これ……」


 タイトルを見て気づく。凌生が借りてきた映画のDVDだ。昨夜、大翔と一緒に観たということを朝聞いていた。凌生は満足していたが、大翔はちゃんと眠れたのだろうか?


「確か、ホラー映画だったよな」


 前から気になっていた作品で、前に予告編を見たときから、ちょうど観たいと思っていたのだ。


「なあ、凌生。今日の夜、これ見たいんだけどいーい?」


 と、リビングにいた凌生に声をかけた。


「返却日が来週だったはずだし、構わない」


「なあなあ、一緒に観ようぜー」


「一回観たからもういい。他の人を誘って」


 凌生はそう言って、ソファから立ち上がる。


「なんだよ、つれないな」


「面白かったけど、ネタバレ分かってみる映画ほど興ざめなものはないから、また別の映画借りてくるからそんときは一緒に見ようぜ」


 と言うと、凌生は自室へと戻ってしまった。隼哉は次に大翔にもダメ元で声をかけてみる。


「なあ、大翔、もっかい映画観ない?」


「嫌、嫌!俺はもういい……!」


 大翔は即答した。


「もう十分怖かったし、もう一回怖い思いするのは絶対に嫌だ」


「そんなに怖かったのか?」


「マジで怖かったからな、あれ、夜に一人でトイレ行けなくなるレベルだ」


「へえ……余計に楽しみだな」


 隼哉はニヤリと笑ったが、大翔は顔を引きつらせるだけだった。


「じゃあ、俺は部屋戻るから……せいぜい頑張れよ」


 そう言い残して、大翔は自室へと逃げるように去って行った。次に晴也にも声をかける。


「晴也、映画観ようぜ」


 少し間を置いて返事が返ってきた。


「……ごめん、俺は無理、明日提出の課題があるから」


「えっ、まだ終わってないの?」


「うん、ギリギリになって……」


「そっかー、じゃあ仕方ない」


 そう言って、足早に部屋に戻る晴也を見送る隼哉。


 しかし――(……絶対に嘘だろ)隼哉はすぐに思った。


 晴也が課題をギリギリまで終わらせないなんて、ありえない。彼は几帳面で、スケジュール通りに動くタイプだ。提出期限がある課題なら、早めに終わらせておくはず。実際、何度もそんな姿を見てきた。


(つまり、ホラー映画を観たくないっていう嘘、だな)


 隼哉は確信した。ホラーが苦手なのは、知っている。いや、むしろかなりダメな部類だったはずだ。幽霊ものはもちろん、びっくり系の演出があるだけで飛び上がるくらい怖がる。


(まあ、怖いのが苦手なのはいいとして、嘘をつくほどってことか)


 真面目な晴也がわざわざ嘘をついてまで逃げるとは、よほど観たくなかったのだろう。リビングに残っていたのは、隼哉と颯と慎一の三人だけだった。


「颯、慎一、お前らはどうする?」


「まあ……俺は別にいいけど?」


 颯は軽い調子で答えた。「ホラー映画なんて久しぶりだし。」


「俺も……まあ、せっかくだし付き合うよ」


 慎一も落ち着いた表情で頷いた。


 こうして、隼哉・颯・慎一の三人で映画を観ることになった。




 夕飯を済ませ、リビングの明かりを少し落とし、いよいよ映画鑑賞が始まろうとしている。


「……なあ、映画観るだけだよな?」


 慎一が呆れたようにテーブルの上を見つめる。リビングのローテーブルいっぱいに並んだお菓子の数々。ポップコーンの大きなボウル、袋から溢れそうなポテトチップス、色とりどりのグミ、アーモンドチョコ、スティック状のプリッツ、そして小さな器に入ったナッツやドライフルーツまで。


「パーティーでも始めるつもりか?」


「映画って、こういうのがあったほうが楽しいだろ?」


 隼哉はポップコーンを一粒つまんで口に放り込む。カリッと軽い食感のあとに、じんわりと甘いキャラメルの風味が広がる。


「お前、これ多いって。どこに隠し持っていたんだよ」


 颯がチョコレートの袋を開けながら言った。中から出てきたのは、艶やかなミルクチョコに包まれたアーモンドチョコレート。彼はひとつつまみ、口の中でカリッと砕く。ナッツの香ばしさと、まろやかなチョコレートの甘みが絶妙に混ざり合う。


「俺専用のお菓子ボックスをパントリーに作ったんだー、ポップコーンは映画の定番だし、ポテチはやっぱり食べたいし、グミは手が汚れないからいいし……」


 隼哉はポテトチップスの袋を開けると、ふわっと広がる香ばしい香りを楽しむように深呼吸した。薄くスライスされたじゃがいもに、しっかりと絡んだコンソメの粉末。ひとくち齧れば、サクッとした食感の後に、じんわりと口の中に旨味が広がる。


「……で、結局こうなったと」


「うまいからいいだろ?」


「まあ、な、パントリーのあの箱、隼哉だったのか。気が付かなかった」


 慎一も諦めたように笑い、プリッツを一本つまんだ。カリッと噛むと、バターの香りがふわりと広がる。ちょうどいい塩気が後を引く味で、映画を観ながら食べるには最適だった。


「颯、アイス食うか?」


「食う!」


 隼哉が冷凍庫から取り出したのは、クッキーサンドアイス。しっとりしたチョコチップクッキーの間に、濃厚なバニラアイスが挟まれている。包装を開けると、ほんのり甘い香りが広がった。颯は嬉しそうに一口齧る。クッキーの柔らかな食感と、冷たいアイスのなめらかさが絶妙だった。


「うめぇ……」


「お前、それ食べ終わる前に映画始まるぞ?」


「問題ない!」


 颯が満足げに頷き、隼哉と慎一も笑う。


「さて、そろそろ始めるか」


 隼哉がリモコンを手に取ると、颯と慎一もそれぞれお菓子を手に取り、映画の始まりに備えた。

 こうして、まるで小さなパーティーのような夜が始まったのだった。


 映画の冒頭は穏やかな田舎町の風景。仲の良い友人たちがのんびりとした日常を送る様子が映し出される。


「なんだ、全然怖くないじゃん」


 颯が気楽そうに言う。


「だな。これ、ほんとにホラー映画か?」


 慎一もまだ余裕そうだった。


 だが、物語が進むにつれて雰囲気は一変していく。登場人物の一人が突然、謎の失踪を遂げた。残された友人たちは不安を抱えながらも日常を続けるが、次の日にはまた別の人物がいなくなる。そして、画面に映し出されたのは、ぼんやりとした黒い影。それがじわじわと近づいてくる。次の瞬間、暗闇の中から突如、恐ろしい化け物が飛び出してきた。


「――ッ!!」


「うわぁっ!!」


 颯と慎一の悲鳴が同時に上がる。


 ソファから飛び上がりそうになりながら、二人ともビクッと肩を震わせる。


「おいおい、大丈夫か?」


 隼哉は涼しい顔で隣を見る。


「……べ、別に、大丈夫だし!」


 颯は平静を装おうとしていたが、足が微妙に震えているのがわかる。


「こ、こんなの驚くの普通だろ……!」


 慎一も冷静さを保とうとしていたが、手元のクッションをぎゅっと握りしめている。


 そして、また画面に化け物が現れた瞬間――


「うわっ!!」


「ひぃっ!」


 颯と慎一は、まるで示し合わせたかのように同じタイミングで悲鳴を上げた。

 さらに、何かが落ちる音がして二人共ビクリと背中を震わせる。颯が持っていた飲み物の缶が、テーブルから転がり落ちたのだ。


「ちょ、颯、お前それ!」


「ご、ごめんっ!びっくりして……。」


 慎一も「お前が驚くから俺まで驚いたじゃないか……!」と文句を言っていたが、彼自身も大して変わらない反応だった。


「いやいや、お前ら行動がシンクロしすぎ」


 隼哉は笑いをこらえきれずに言った。


「別にシンクロしてねえし!」


「してない!」


 二人がまた同じタイミングで返すものだから、隼哉はさらに笑いが込み上げた。


 その後も、映画の怖いシーンでは二人そろって同じタイミングでビクッとし、同じように驚きの声を上げ、そして同じようにクッションを抱え込む。


「……お前ら、仲良しすぎ」


 さすがにここまで揃うと、隼哉も呆れたように言うしかなかった。


「……違うし!」


「ち、違う!」


 またしても揃った返答に、隼哉はとうとう笑い出した。


 結局、映画が終わりに近づく頃には、颯と慎一はすっかり疲れ果てていた。


「……お前ら、ホラー映画平気そうな顔してたのに、意外とダメだったんだ」


「……うるさい」


「……頑張ったんだ…けど…、ダメっぽいな」


 放心したような二人を見ながら、隼哉は大満足でソファに背を預ける。


「いやー、いい映画だったな!」


「俺はもうしばらくホラー映画はいい……」


「颯に同じく……」


 二人の反応を見て、隼哉は再び笑った。




 テーブルの上に残っているお菓子を見つめる颯。


「……結局、あんまり食べられなかったな」


 颯がそう言うと、慎一も頷いた。


「なんか、画面に集中しすぎてな……」


 二人とも、あまりにも映画の展開に引き込まれすぎて、お菓子どころではなかったのだ。むしろ、グロテスクなシーンでは食欲が一気に失せた。


 その一方で――


「えっ、お前めっちゃ食べてたよな」


「うん、普通に食べてた」


 二人は隼哉を見やる。彼の手元には、ほぼ空になったポップコーンのボウルと、食べかけのポテトチップスの袋。チョコレートの包み紙も散らばっていた。


「よくあんなグロいの見ながら食べられるよ……」


 颯が呆れたように言うと、隼哉はポテチを一枚つまみながら肩をすくめる。


「食うために用意したんだから食べるだろ?」


 当たり前だろ、と言わんばかりの口調に、慎一と颯は顔を見合わせた。


「まあ、正論だけど……」


「なんかもう感心する」


 食欲と映画の恐怖が同時に成り立つことが信じられない。


 こうして、颯と慎一の悲鳴が響く中、映画は無事(?)終了した。


 その後、食べ残したお菓子をパントリーに片付け、空の容器を洗って、それぞれの部屋に戻ることにした。


「おやすみー」


「おやすみ」


「おやすみ、また明日」


 しかし――


 颯はベッドに入るなり、目を瞑ることをためらった。暗闇の中で、映画の怖いシーンがふと蘇る。あの、影からぬるりと現れた化け物の歪んだ顔、突然響いた悲鳴、逃げ惑う登場人物たち……。目を閉じると、それらが鮮明に浮かんできてしまう。


 「……眠れねぇ……」


 布団を被ったが、余計に息苦しくなる。寝返りを打っても、怖さは消えるどころか増していく。諦めて、何か飲もうとキッチンへ向かった。リビングの電気は消えているが、キッチンの奥からほのかに灯りが漏れている。誰かが起きているのだろうか。静かに扉を開けると、慎一がキッチンに立っていた。


「……慎一?」


 鍋の中で、温められたミルクがゆらゆらと揺れている。ほんのりと甘く、優しい香りがキッチンに漂っていた。慎一は颯に気づくと、少しバツが悪そうに目を逸らした。


「……お前もか」


 その一言で、颯は察した。


「もしかして……怖くて眠れない?」


「……ああ」


 慎一は照れ臭そうに頷いた。颯は思わず笑ってしまった。


「なんだ、俺だけじゃなかったんだ」


「笑うなよ」


 慎一はそう言いながら、ホットミルクをマグカップに注ぐ。湯気がふわりと立ち上り、ミルクのまろやかな香りがさらに広がった。颯は思わず、ゴクリと喉を鳴らす。


「……それ、俺の分もある?」


「多めに作ってある、今注ぐから」


 と、慎一はもう一つのマグカップにもミルクを注ぎ、颯に手渡した。ほんのりと温かいカップを両手で包むと、それだけで少し安心する。一口飲むと、優しい甘みが口の中に広がった。ミルクの滑らかな舌触りに、ほのかな蜂蜜の風味が加わっていて、心がほっとする。


「……うまい」


「だろ?眠れないときははホットミルクが一番」


 慎一もゆっくりと口をつける。二人とも無言で、夜更けのキッチンで温かいミルクを飲み続けた。映画の怖さも、このひとときの温もりで少しずつ和らいでいくようだった。




 次の日の朝、リビングで朝食を取っていると、晴也が現れた。


「おはよう」


「おはよう、課題はちゃんと終わったか?」


 隼哉がわざらしく聞くと、晴也は少し目を泳がせる。


「うん、まあな」


 その様子を見て、隼哉はくすっと笑った。


「で、昨日はどうだったんだ?」


「颯と慎一がすっげー面白かった!怖いシーンのたびに揃って悲鳴上げるし、ビクッてするし」


 晴也は「へえ……」と微妙な反応をしたが、内心は「やっぱり観なくてよかった」と思っているのがバレバレだった。


 隼哉はニヤリと笑う。


「お前、本当は課題もうとっくに終わってるよな?」


「えっ……」


 明らかに顔が強張る。


「だってさ、お前がギリギリまで課題やらないわけないもんなー」


「……!」


 晴也は何か言おうとしたが、結局、口をつぐんで視線を逸らした。


 図星だったのだろう。


「まあ、怖いの苦手なのは知ってるし、嘘ついて逃げたのも分かるけどさ」


「……ごめん」


「別に責めてねえよ。ただ、次はもっと上手い言い訳考えたほうがいいんじゃないか?」


「……」


 晴也はばつが悪そうに黙ったが、最後にポツリとつぶやいた。


「……やっぱり、隼哉にはバレるんだな……」


「当然。お前のこと、誰よりもよく知ってるからな」


 そう言って、隼哉は悪戯っぽく笑った。


 晴也はそれに少しだけ苦笑しながら、朝食を食べ始めた。


 こうして、ホラー映画を巡る騒動は、ようやく幕を閉じたのだった。

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