しりとりの罠
リビングでのしりとりが思いのほか楽しかった大翔は、少しだけ物足りなさを感じていた。あんなに適当なしりとりだったのに、なぜか妙な達成感があったし、負けたことに対するちょっとした悔しさも残っていたからだ。
「……もう一回やりたい」
そんなことを考えながら大翔はキッチンへ向かう。冷蔵庫を開けて麦茶を取り出し、グラスに注いだ。喉が渇いたから飲み物を取りに来ただけだったのだか、キッチンにはすでに先客。
凌生――シェアハウスの住人の一人であり、知識が豊富で落ち着いた性格の持ち主だ。彼はコーヒーを片手に、何か考え事をしているようだった。
大翔は何となく視線を向けた後、ふと思い立つ。
(凌生としりとりしたらどうなるんだろ……)
興味が湧いてきたので、唐突に口を開いた。
「ゴリラ」
凌生がぴくりと眉を動かし、ゆっくりと大翔を見た。
「……?」
一瞬の沈黙の後、凌生は穏やかな声で返した。
「ゴリラ――学名はGorilla gorilla。霊長目ヒト科に属する大型類人猿の一種。主にアフリカの森林地帯に生息しており、社会性が強く、家族単位で群れを作ることで知られている。知能も非常に高く、道具を使うことも確認されている。食性は主に植物食だが、一部昆虫も食べることがある……」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ん?」
「そうじゃなくて! しりとり!」
大翔は思わず肩を落とす。凌生は「ああ」と納得したようにうなずき、コーヒーを一口飲んだ。
「なら、そうと言ってくれよ」
「いや、普通わかるだろ……」
「いや、わからない」
真顔で即答され、大翔は頭を抱えた。しかし、凌生がしりとりに乗ってくれるならそれでいい。
凌生は静かに頷き、コーヒーを一口飲んだ。そして、落ち着いた声で言う。
「ラジオ」
「お、いいね! じゃあ、オルゴール!」
「ルビー」
「ビスケット!」
「鳥」
「り……りんご!」
「胡麻すり」
「……あれ?」
「どうした?」
「いや、なんか、また『り』が出てきたような……?」
「気のせいじゃないか?」
そう言われると、確かに偶然かもしれない。大翔は気にせず続けることにした。
「理科!」
「かたつむり」
「……なあ」
「なに?」
「また『り』が入ってる気がするんだけど」
「気のせいだろう」
「いやいや、絶対狙ってるだろ!」
「証拠は?」
「証拠ってなんだよ!」
大翔は少しムキになりながらも、しりとりを続ける。
「リス!」
「硯」
「また『り』!」
「偶然だ」
「いいや、わざとだ!」
大翔は頭を抱えながらも、何とか答える。
「旅行!」
「外郎売り」
「また『り』!!」
「偶然だ」
「嘘つけ!」
大翔は叫んだが、凌生はまるで何事もないかのようにコーヒーを飲んでいる。
「……まあいい、続ける!」
「そうだな」
大翔は深呼吸し、慎重に単語を選んだ。
「リサイクル!」
「ルシャトリエの原理」
「なんだよそれ」
大翔はがっくりと肩を落とした。
「お前、絶対わざとやってるだろ……!」
「証拠は?」
「もういいよ!!」
結局、大翔は「り」の連鎖に苦しめられながらもしりとりを続けたが、最後は凌生が「パセリ」と言い、また「り」がついたために大翔が詰んだ。
「俺の勝ちだな」
凌生がカップを傾けて最後のコーヒーを啜る。
「くそう、また負けた」
「しりとりとは言葉の選び方が重要なゲームだからな」
「語彙力の差を見せつけられた…」
「次はどの語尾で攻めるかな?」
「凌生とはもうやりたくなーい!!」