しりとりの果て
シェアハウスのリビングは、静かな時間が流れていた。
颯はソファに深く腰を沈め、スマホの画面を何気なくスクロールしている。隣では晴也が腕を組み、真剣な表情で料理雑誌を読んでいた。向かいの床に寝そべるようにしていたのは大翔で、ゲーム機を握ったまま画面を凝視している。
それぞれがそれぞれのことをしていたが、不思議と空間は心地よい。会話がないのに、誰も寂しくはない。シェアハウスでの生活が長くなると、こういう時間も当たり前になってくるのだろう。
しばらくそうしていたが、颯がふいにぽつりと口を開いた。
「ゴリラ」
唐突な発言に、大翔と晴也がちらりと視線を向ける。しかし、颯はスマホから目を離さず、まるで独り言のように呟いただけだった。
「……?」
大翔が一瞬考え込み、続けるように言った。
「落花生」
晴也が軽く眉をひそめる。が、次に続く言葉を発した。
「犬」
不意に始まったしりとりだったが、誰も「しりとりしよう」と言ったわけではなく、ただ、なんとなくなんとなーく流れで続けてしまったのだ。
「ぬいぐるみ」
「ミント」
「豆腐」
しりとりはスムーズに進んでいく。ゲームに夢中だったはずの大翔も、雑誌を読んでいたはずの晴也も、いつの間にか完全にしりとりに引き込まれていた。
「富士」
「…じょうろ」
「ロッカー」
「カエル」
「ルビー」
「ビスケット」
三人は顔も合わせず、ただ淡々と続けていく。リズムよく言葉を繋げる心地よさが、妙に楽しかった。
「トップ」
「プリン」
「……」
一瞬の沈黙。
颯と晴也の視線が、大翔に向けられる。
「……あ」
大翔がようやく自分のミスに気づき、苦笑いする。
「ん、ついた……」
「終わりだな」
晴也が静かに言うと、颯も軽く肩をすくめた。
「大翔の負け」
「いや、勝ち負けとか決めてなかっただろ」
「でも最後に『ん』をつけたのは大翔だから」
「そんなルールあったっけ?」
「しらばっくれるな、しりとりのルールとしてあるだろうが」
「……ぐぬぬ」
大翔はふてくされたように頭をかいたが、颯と晴也の勝ち誇ったような顔を見ると、思わず吹き出してしまった。
「なんだよ」
「負けは負けだからな」
「楽しんだんだからいいんじゃん」
「まあな」
颯がにやりと笑うと、大翔はため息をつきながらソファにごろんと転がった。
「……暇すぎてこんなことしてたのか?」
「そんなところだな」
「俺ら、他にやることないのかよ、ってないからしりとりしていたのか」
「まあ、別にいいんじゃない」
晴也がゆっくりと雑誌を閉じる。
「こんなふうに適当にしりとりして、適当に終わるくらいがちょうどいい」
「……ま、それもそうか」
大翔は諦めたように天井を見上げる。そして、静かになった部屋の空気を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。
「次はもうちょっとちゃんと考えてから言うわ……」
「次って、またやるつもりか?」
「いや、なんとなく」
三人はそれ以上何も言わず、またそれぞれの時間に戻っていく。
しりとりが終わった後も、リビングには変わらず穏やかな空気が流れていた。




