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six socks  作者: AI子
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ノート選びの流儀

 井田晴也は書店の文具コーナーに立ち尽くしていた。新しいノートを買いに来たのはいいが、目の前に広がるノートの棚を見て、思わず息をのむ。


(こんなに種類があったのか……)


 これまでノート選びに悩んだことはなかった。いつも使っているものを手に取って、それで終わりだった。しかし、今日に限っては違った。棚の配置が変わったせいか、いつものノートがすぐに見つからず、代わりに目についたのは、サイズもデザインも紙の質感も異なる、無数のノートたち。


「……どれがいいんだ?」


 独り言が漏れる。無骨でシンプルなものが好みだが、せっかくなら使いやすいものがいい。しかし、表紙のデザイン、紙の厚み、罫線の種類……意識し始めると、何がベストなのかわからなくなってくる。


 しばらく棚の前で腕を組んで考えていたが、決め手が見つからず、ついに晴也はスマホを取り出した。


晴也「今どこにいる?」


 メッセージを送った相手は安堂凌生だった。凌生は几帳面で、こういう選択に迷わなそうなタイプ。というか、一番勉強しているのが凌生で、一番ノートを使っていそうなやつ、ということで選んだが間違いはないだろう。


凌生「駅ビルで買い物中。どうした?」


晴也「同じ駅ビルの地下の書店にいる、ノート選びで迷ってるんだ、来てくれ、ってか助けてくれ」


凌生「ノート? すぐ行く」


 数分後、書店の入り口から凌生が歩いてくるのが見えた。


「お前が文房具で悩むなんて珍しい」


 そう言って、晴也の横に立つ。晴也は少し気まずくなりながら、「いつも同じのを買ってたんだけど、見つからなくて」と返した。


「なるほど、じゃあ、条件を整理してみよう」


 凌生は棚をざっと見渡しながら尋ねた。


「サイズは?」


「A5」


「罫線は?」


「普通の横罫」


「紙の厚みは?」


「……特に気にしたことはないが、裏写りしないやつがいいな」


「表紙の硬さは?」


「柔らかいのよりは、しっかりしてる方がいい」


 凌生は頷き、いくつかのノートを手に取ると、それぞれの特徴を説明し始めた。


「これは紙が厚めで、裏写りしにくい、ただ、表紙が少し柔らかめだな」


「こっちは表紙がしっかりしてるけど、罫線が細かい」


「これなら条件に合うかも」


 次々と候補を挙げてくれる凌生に、晴也は「助かる」と呟きながら、一冊を手に取った。


「これ、いいな」


 表紙はしっかりしていて、罫線の幅も適度。紙質も申し分ない。晴也は納得し、ようやくノートを決めることができた。


「お前のおかげでいいのが買えた」


 満足げにレジへ向かう晴也の隣で、凌生はさらに何冊ものノートを手に取って吟味していた。


「買い過ぎじゃね?」


 晴也が怪訝そうに尋ねると、凌生は涼しい顔で答えた。


「勉強用、日々の記録用、メモ用、アイデア用……用途に応じてノートを使い分けるのは基本だろ?」


「そんなにいる?」


「いる! 適材適所だ」


 そう言いながら、凌生はさらにもう一冊追加する。


「……お前の方がノート選び楽しんでるな」


「気のせいだろ」


 会計を済ませ、書店を出ると、晴也は買ったばかりのノートを手に持ち、満足げに頷いた。


「良いものが買えた、ありがとう」


「それはよかった、どういたしまして」


 凌生も自分の大量のノートを抱えながら、どこか満足げな表情を浮かべる。


 晴也はこの日、ノート選びの奥深さを知った。





 書店を出た後、晴也と凌生はそのまま一緒に帰った。帰宅すると、リビングにはすでに隼哉、颯、大翔がいる。みんな課題や宿題をするために持ち寄っていたが、ペンを握っている者はおらず、スマホをいじっていたり、テレビを見ていた。


「おかえり。何か買ってきたの?」


 テーブルに肘をつきながら、隼哉が訊ねる。晴也は袋から新しいノートを取り出し、軽く掲げてみせた。


「ノート、ふーん、珍しい、いつものとちょっと違う?」


「俺も適当に買うつもりだったが、迷ってな、こいつに助けてもらった」


 そう言って、隣の凌生を顎で示す。凌生は特に否定せず、「ノートはこだわるに越したことはない」とだけ言って、買ったノートの山をテーブルに置いた。


「……お前、またそんなに?」


「適材適所だから」


 冷静な口調で言う凌生に、隼哉は呆れつつも「そういえば、お前ら、どんなノート使ってるの?」とみんなに話を振った。


「ちなみに俺はルーズリーフ派!書きたいことを好きな順番で整理できるし、あとから入れ替えられるのがいい」


 そう言って、隼哉はテーブルに自分のルーズリーフバインダーを取り出した。シンプルな黒いカバーに、整然と並んだ紙が綴じられている。リビングで課題をしようと持ってきたまでがいいが、今まで存在を忘れていたっぽいのが隼哉っぽい。


「ルーズリーフか……俺には合わなそう」


 晴也がぼそっと呟くと、隼哉は「だろうね」と笑った。


「晴也は一冊に全部まとめるタイプだろ? 俺はそういうの無理ー、あとから書き足したくなったり、順番変えたくなったりするから、自由が利く方がいいんだよ」


「確かに、隼哉っぽいな」


 凌生が頷くと、「俺のはもっといいぞ」と颯が得意げに自分のノートを取り出した。


「見てくれ、このデザイン」


 颯のノートは、表紙におしゃれなイラストが描かれたものだった。カラーバリエーションも豊富で、どうやら何冊か使い分けているようだ。


「お前、そんな派手なノート使ってんのか」


 晴也が驚いたように言うと、颯は得意げに頷いた。


「見た目も大事だろ? 気に入ったノートなら、書くのが楽しくなる!しかもこれ、紙質もいいし、開きやすいし、書きやすい」


「確かに、質は良さそうだな」


 凌生がノートの紙を触りながら言う。颯はさらに続けた。


「あと、色を変えて気分転換するのも大事!例えば、この青いやつは学校用、この赤いのはプライベート用、こっちはアイデアメモ……って感じで分けてる」


「案外こだわってんだな」


「当然!形から入るタイプだから」


 颯が自信満々に言うと、隼哉が「わかる」と頷いた。


「でも、形だけじゃなくて使い勝手もちゃんと考えてる、意外と几帳面だな」


「まあね」


 そう言いながら、颯は新しく買ったノートを手に取り、ページをめくる。その隣で、黙って話を聞いていた大翔が、ふと自分のカバンからノートを取り出した。


「……俺のは、これ」


 彼がテーブルに置いたのは、いわゆる「学習用ノート」だった。表紙には「5mm方眼ノート」と書かれている。


「……お前、それ、子どもが使うやつじゃないか?」


 隼哉が驚いたように言うと、大翔は少しだけ口角を上げた。


「意外と便利なんだ、方眼だから図も描きやすいし、マス目があるから文字も揃えやすい」


「なるほど……いや、でも、普通のノートでもいいんじゃない?」


「そう思うだろ? でも、これって余白のバランスがちょうどよくて、何より安い」


 大翔はそう言って、使い込まれたノートのページをめくった。中にはびっしりと文字が並んでいる。


「……お前、それでメモ取ってんの?」


 晴也が興味深そうに覗き込むと、大翔は頷いた。


「うん。情報を整理しやすいし、あとから見返しやすい」


「意外と合理的」


 凌生が感心したように言うと、隼哉が笑った。


「結局、みんなそれぞれこだわりがあるってことだな」


「ま、そういうこと」


 それぞれのノートを見比べながら、晴也はしみじみと思った。自分の「ただ書ければいい」という考えは、どうやら他の連中には当てはまらないらしい。


「でも、どんなノートを使うにせよ、大事なのは書くことそのものだろ」


 ふと、颯がそんなことを言った。


「形から入るのもいいし、機能性を重視するのもいい、でも、書かないと意味がない」


「それはそう」


 凌生が頷き、隼哉も「ルーズリーフでも、ちゃんと書かなきゃ意味ないもんな」と笑う。


「晴也も、せっかく選んだんだから、ちゃんと使えよ?」


「……わかってる」


 晴也は少しだけ照れくさそうに、新しいノートを手に取った。


「お前らの話を聞いてたら、俺もちゃんと使おうって気になった」


「それはよかった」


 凌生が満足げに頷き、颯は「それなら、もっとおしゃれなノートでもよかったんじゃないか?」と茶化す。


「俺にはこれがちょうどいい」


 晴也はそう言って、表紙を軽く指で叩いた。


 それぞれ違うノートを使いながら、彼らは同じシェアハウスで、同じ時間を過ごしている。ノートの違いが、彼らの個性を映しているようで、どこか面白いと思った。


「……ま、どんなノートでも、うまく活かせるやつが一番賢いんだろうな」


 ぼそっと呟いた晴也の言葉に、みんなが一斉に笑った。

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