値上げと慰め
「……嘘だろ?」
鳴渡颯はスーパーの陳列棚の前で絶句していた。
彼の視線の先には、いつも買っているお気に入りのお菓子が並んでいる。チョコがたっぷりかかったサクサクのビスケット。小さい頃から好きで、シェアハウスに住み始めてからもよく買っていた。
しかし、その値段が、明らかに上がっている。目の錯覚かと思い、お菓子の棚を通り過ぎて缶詰コーナーを見た後で戻ってきたが、値札はそのままだった。なんなら、缶詰の値段も高くてビビっていた。
「いやいや、いやいや……」
手に取って値札を二度見する。間違いない。しかも数円とかではなく、はっきりと「高くなった」と感じるレベルの。
最近の値上げラッシュは知っていた。ニュースでもよく聞くし、シェアハウスのメンバーとも話題にしていた。でも、まさかこのお菓子まで……。
颯は大きく肩を落としながら、スーパーを出た。
帰り道、気持ちはどんよりしていた。
そんな彼の様子に気づいたのは、たまたまリビングにいた慎一だった。
「……颯、なんか機嫌悪いな」
ソファに座っていた慎一は、帰ってきた颯の様子を見てすぐに察した。普段は明るくてよく喋る颯が、今はまるで電池が切れたかのように元気がない。
「……慎一、聞いてくれよ……」
どさっとソファに沈み込み、颯はスーパーでの出来事を話し始めた。
「俺がずっと食ってたお菓子、値上げしてたんだよ。しかも結構な額でさ……。最近、どれもこれも高くなってるのは分かってたけど、これはショックでかい……」
慎一は「なるほどな」と頷きながら、颯の肩をポンと叩いた。
「気持ちは分かる。俺も出張先でお気に入りのラーメン屋行ったら、値上げしててショックだったし」
「だよな!? 好きなもんの値上げって、なんか……なんか悲しいよな……」
颯は全身で落胆を表しながら、ぐでっとソファに身を預けた。
「これからどうすりゃいいんだよ……。俺のおやつタイムが……」
慎一はそんな彼の様子を見て、少し笑った。
「まあ、そう落ち込むな。俺が奢ってやる」
「えっ、マジ!?」
「ただし、その菓子ではないけど」
颯の表情が一瞬明るくなったが、すぐに微妙な顔になる。
「……いや、俺が食いたいのはアレなんだけど」
「こだわりが強いな。まあいい、じゃあ次の出張土産に、お前の好きそうな甘いもんでも探してくるよ」
その言葉に、颯の目が輝いた。
「ほんとか!? じゃあチョコ系がいい!」
「わかったわかった。でも、期待しすぎんなよ? 地方限定の菓子って結構高いからな」
「値上げに泣いてるやつが人に甘えるなって話か」
自分で言っておきながら、颯は少し笑った。
「まぁ、これからはちょっと節約しながら、うまいもんを探すか……」
「それがいい。あと、お前が好きな菓子だって、また安くなることがあるかもしれないし」
「そっか……それもそうか」
颯はまだ少し名残惜しそうな顔をしながらも、前向きな気持ちになってきたのを感じた。慎一と話すだけで、こんなに気持ちが楽になるなんて、やっぱりこの人はすごい。
「よし、今日はもう値上げのことは忘れて、慎一の奢りで美味しいもん買いに行くか!」
「おい、調子に乗るな」
慎一が苦笑しながら颯の頭を軽く小突く。
こうして、颯の落ち込みはひとまず解消されたのだった。