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six socks  作者: AI子
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意外な視聴習慣

 休日の午後、シェアハウスのリビングにはのんびりとした空気が流れていた。


 凌生は、キッチンでコーヒーを淹れながらリビングの方をちらりと見た。ソファには大翔が座り、テレビを見ている。


「……アニメか?」


 大翔はよくアニメや特撮を観ているイメージがあった。特にヒーローものは好きらしく、彼の部屋には関連グッズがちらほら置いてある。だから今日もきっとそういう類の番組だろう、と思いながら凌生はカップを片手にリビングへ向かった。


 だが、画面を見た瞬間、彼は思わず眉をひそめることになる。


「……ん?」


 そこに映っていたのは、真面目な雰囲気の教育番組だった。テーマは「日本の伝統工芸」。職人が木を削り、美しい器を作り上げる様子が映し出されている。ナレーションも穏やかで、BGMも落ち着いていた。


 ——めちゃくちゃ硬派な番組じゃないか。


 凌生は大翔の横に座り、改めて画面を見つめた。


「……お前、こういうの観るんだな」


 大翔はテレビから目を離さずに頷いた。


「うん、結構好き」


「意外だな。てっきりアニメか特撮でも観てるのかと思った」


「まあ、それも好きだけど……こういうのも面白いよ」


 そう言って、大翔はソファの背もたれにゆったりと体を預けた。


 凌生はなんとなく気になって、大翔の横顔を盗み見る。普段は賑やかで、騒がしい雰囲気の彼が、こういう番組をじっくり観ているのは、やはり意外だった。


「へえ……。こういう番組、前から観てたのか?」


「んー、前からっていうか……高校の頃から?」


「高校の頃?」


 大翔は少し考えるように視線を上に向け、それからぽつりと話し始めた。


「高校生のとき、進路のことで悩んでてさ」


「進路?」


「うん。実家がパン屋だから、俺も継ぐのが普通なのかなって思ってたんだけど……」


 凌生は「ああ」と頷いた。大翔の実家はパン工房を営んでいる。彼が時々、母親から送られてきた手作りのパンを持って帰ってくるのを思い出した。


「でも、当時はあんまりピンとこなくてさ。パンを作るのは好きだけど、それを仕事にするっていうのが、いまいち自分の中でしっくりきてなかった」


「ふーん……」


「それで、いろんな仕事を知ろうと思って、こういう番組を観るようになったんだ」


 大翔は静かに笑った。


「いろんな職人の仕事を見てたら、だんだん考え方が変わってきてさ。最初はただ『すごいな』って思いながら観てたんだけど、そのうちに、自分がやってること——たとえばパンをこねたり、形を整えたりするのも、職人仕事のひとつなんじゃないかって思えるようになったんだ」


「……なるほどな」


 凌生はコーヒーを一口飲みながら、感心したように頷いた。


「そういう番組を観て、考え方が変わったってことか」


「うん。だから今も、こういうのを観るのが習慣になってるんだよね」


 大翔はどこか懐かしそうに画面を見つめながら、ゆっくりと話した。


「職人の仕事って、すぐに結果が出るものじゃないけど、積み重ねていくことで技が磨かれていく。そういうの、かっこいいなって思うんだよね」


「そういう考え方、いいな」


 凌生は率直にそう思った。


「お前の実家のパン屋も、職人の仕事だもんな」


「うん、そうなんだ。今はよく分かんないけれど、そのうちもっとちゃんとできるようになりたいなって思ってる」


 そう言って、大翔はにこりと微笑んだ。


 凌生は、その表情を見て「こいつ、意外と芯があるな」と思った。普段はほんわかしていてマイペースな印象だけど、こういう話をするときの彼はどこかしっかりしている。


「……お前さ、普段のんびりしてるけど、実は結構ちゃんと考えてんだな」


「え、そんなに意外?」


「いや、ちょっと意外。でも、なんか納得したわ」


 凌生は苦笑しながら、コーヒーを飲み干した。


 テレビでは、職人が最後の仕上げに取り掛かっていた。何度も丁寧に磨き上げられた器は、光を反射して美しく輝いている。


 凌生はそれを眺めながら、ぽつりと呟いた。


「……俺も何か、積み重ねていくもんを見つけるかな」


「お、いいじゃん」


「お前みたいに職人目線ってわけじゃねえけど、なんかやり続けて形になるもんがあったら、面白いかもな」


「うんうん。そういうの、大事だよね」


 大翔は嬉しそうに頷いた。


「……でも、やっぱりお前のイメージ的には、特撮とか観てる方がしっくりくるけどな」


「それはそれで好きだよ?」


 二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。


 テレビの中の職人は、黙々と作業を続けている。


 その姿を映した画面をぼんやりと眺めながら、凌生は「意外とこういうのも悪くないかもな」と思ったのだった。

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