慎エモン、助けて!
バイトを終えた鳴渡颯は、大きな袋を抱えて帰ってきた。
「ただいまー……って、重かったー!」
玄関をくぐった瞬間、片腕に抱えていた袋がズシンと床に落ちる。
「おかえり、何それ?」
リビングにいた高宮慎一が、缶コーヒーを片手に颯を見た。
「バイト先で大量にもらったんだよ……蕨」
「蕨?」
慎一が眉を上げる。颯は袋を開き、どっさり詰まった蕨を見せた。
「ほら、山菜採りの常連さんが、『若いもんに食べさせたい』ってくれてさ。断るのも悪いし、ありがたくもらってきたんだけど……」
「……まさかとは思うが、お前、調理方法知らないのに持ってきたのか?」
「そのまさか」
颯は神妙な顔で頷いた。
「俺、蕨ってそもそも食ったことないし、どうすればいいのかも分からん。でも、せっかくもらったし、無駄にはしたくない……!」
「で、俺に助けを求めると?」
「そう! 助けて慎エモーン!」
「誰が慎エモンだ」
颯の情けない声に慎一が苦笑する。
「ま、ちょうど時間もあるし、うまいもんにしてやるよ。ついてこい」
「マジで 慎エモン最高!」
「だからやめろ」
颯は大喜びで、慎一の後を追い、キッチンへと向かった。
「慎一クッキング開始だな」
「まずはアク抜き」
「アク抜き……?」
「蕨はそのままじゃエグみが強くて食えないんだよ」
慎一はそう言いながら、大きなボウルに蕨を並べる。
「これに重曹を入れて、熱湯を注ぐ」
じゅわっと湯気が立ち、蕨が鮮やかな緑色に変わっていく。
「これで2、3時間置く。こうするとアクが抜けるんだ」
「へぇ~、料理って奥が深いな」
「今さら?」
「で、これを使って何作るんだ?」
「そうだな……」
慎一はしばらく考え、にやりと笑った。
「よし、今日は三品作るぞ」
「三品も」
「せっかくだからな。まずは蕨のおひたし。次に蕨と厚揚げの煮物。最後に蕨ご飯」
「うわ、絶対うまいやつじゃん!」
颯は目を輝かせた。
「いざ、開始」
あく抜きをしっかり終えた後、慎一の華麗な料理さばきで、テーブルに三品が並べられた。
一品目の蕨のおひたしは、きれいな緑色の蕨が小鉢に盛られ、上から削りたての鰹節がふわりとかかっている。そこへ慎一が醤油を少し垂らした。
「シンプルだけど、これが一番蕨の味を楽しめるぞ」
颯が箸を伸ばし、一口食べる。
「……うまっ!」
柔らかいけれどシャキッとした歯ごたえがあり、ほんのりした苦味と鰹節の旨味が絶妙に絡み合う。
「蕨ってこんなうまいのか……!」
「だろ? 次はこれだ」
二品目、蕨と厚揚げの煮物。
厚揚げのふっくらとした食感に、蕨のしなやかな口当たりが絡む。だしの香りが広がり、口の中でじんわりと甘辛い味が染みていく。
「これ、ご飯と合うやつ!」
「だろ?」
慎一がニヤリと笑う。
「じゃあ、ラストいくか」
炊飯器の蓋を開けると、ふわっと優しい香りが広がる。
蕨ご飯は、炊き立てのご飯に刻んだ蕨を混ぜ込み、白ごまと少しの醤油で味を調えたものだった。
茶碗によそわれたご飯を、一口。
「……うんめぇ……!」
もっちりしたご飯に、蕨の食感とほのかな香ばしさが加わり、噛めば噛むほど旨味が広がる。
「おかわり!」
「早すぎだろ」
颯は夢中になって食べ続けた。
完食した後、颯は幸せそうに椅子にもたれかかった。
「やべぇ、蕨、めっちゃうまいじゃん……」
「だろ? 山菜は手間はかかるけど、その分美味いんだよ」
「いやー、もらった時はどうしようかと思ったけど、慎エモンのおかげで最高のごちそうになったわ!」
「だからその呼び方やめろって」
「また何かもらったら、よろしく頼むぜ!」
「次はちゃんと自分で調理法調べてから持ってこい」
「えー、それじゃ慎エモンの出番なくなるじゃん」
「俺を便利アイテムみたいに扱うな!」
そんな軽口を叩きながら、二人は笑い合った。
そして、颯はふと思った。
——来年の春もまた、蕨をもらえたらいいな。
その時は、今日覚えたレシピを思い出して、自分でも作ってみよう。
……でも、やっぱり慎エモンにも頼るかもしれないけど。