ピアスと寄り道
ピアスは、大翔にとって数少ないこだわりの一つだった。
シェアハウスの仲間たちのように、服装に対する強いこだわりはない。颯のように流行を追うことも、隼哉のように古着の組み合わせを考えることもしない。ただ、ピアスだけは特別だった。
その日の気分や服装に合わせて選ぶのが楽しくて、つい増えてしまう。
だから、今日もこうして、お気に入りのピアスショップに足を運んでいる。
***
店内には、新作のピアスがずらりと並んでいた。
カラフルなもの、シンプルなもの、個性的なデザインのもの――目移りするほどたくさんある。
(さて、今日はどんなのを買おうかな)
そう思いながらピアスを眺めていると、ふと別の考えがよぎった。
(……隼哉だったら、こういうの似合うよな)
指先で、小ぶりなシルバーのフープピアスを転がす。シンプルながら、ヴィンテージ感のあるデザインが施されている。隼哉の古着コーデに馴染みそうなアイテムだった。
(颯には……これとか?)
視線を移した先に、少し派手なデザインのピアスがあった。チェーンが揺れるタイプで、ちょっと攻めたデザイン。颯の雰囲気なら、こういうのも似合うだろう。
(凌生には……)
大翔は目の前に並んでいるピアスの中から、シンプルなスタッドピアスを手に取る。装飾が控えめで、さりげなく輝くタイプ。凌生のシンプルな服装に、違和感なく馴染みそうだった。
(晴也には、どうだろ)
少し考えて、ブラックのピアスに目を留めた。マットな質感で、主張しすぎず、それでいて存在感がある。スポーツウェアにも違和感なく合わせられるし、晴也の雰囲気にも合っている気がする。
(慎一は……こういうの、いけるかな)
エレガントなデザインのピアスを見つけて、大翔は思わず頷いた。シンプルながら上品なゴールドのピアス。落ち着いた大人っぽい雰囲気の慎一に、しっくりきそうだ。
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気づけば、すっかり自分のピアス選びはそっちのけになっていた。
自分のを探しに来たはずなのに、気がつけば仲間たちに似合いそうなピアスばかり見ている。
(どんだけみんなのこと好きなんだ、俺……)
自分に呆れながら、それでも不思議と悪い気はしなかった。
みんなに似合いそうなものを考えるのは、単純に楽しい。
(……よし、そろそろ自分のも選ばなきゃな)
そう思いながら、大翔はまた店内を見渡した。
――けれど、ふとした瞬間、また誰かに似合いそうなピアスを見つけてしまうのだった。
結局、大翔はピアスを買わなかった。
いろいろ悩んで、仲間たちに似合いそうなものばかり考えていたせいで、自分の分を選ぶ時間がなくなってしまったのだ。
(まあ、また今度でいいか)
そう思いながら店を出て、ふと、すぐ近くのパン屋の甘い香りに気がついた。
このパン屋は、前に颯が「ここのクロワッサン、マジでうまい」と言っていた店だ。ガラス越しに見える店内は、焼き立てのパンがずらりと並んでいて、見ているだけで食欲をそそる。
(……今日はピアスの代わりに、パンでも買って帰るか)
そう決めて、店に入る。
***
中に入ると、ふんわりとした小麦の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
目の前に広がるパンの種類に、大翔は思わず「おお」と小さく感嘆の声を漏らした。
バターがたっぷり染み込んだクロワッサン、表面がパリッとしたバゲット、甘い香りのデニッシュ……どれもこれも美味しそうだ。
(さて、みんなの分、どれを買おうかな)
一人ひとりの顔を思い浮かべながら、トレーにパンをのせていく。
まずは、颯の分。
(やっぱりクロワッサンだな)
バターが香る大きなクロワッサンをトングでつまむ。颯は流行に敏感だけど、食の好みは意外とシンプルだ。サクサクの食感とバターの風味がしっかりしたこのパンなら、絶対に喜ぶだろう。
次に隼哉。
(古着好きの隼哉には……)
目に留まったのは、レトロな見た目のクリームパンだった。昔ながらの素朴なデザインで、ふっくらとした生地にたっぷりカスタードが詰まっている。隼哉なら、「これ、懐かしい味でうまいな」とか言いながら食べそうだ。
凌生はどうだろう。
(シンプルな味が好きそうだから、バゲットサンドとかいいかも)
ハムとチーズが挟まれたバゲットを選ぶ。外はカリッとしていて、中はもっちり。凌生なら、「食べ応えがあっていいな」と言いながら、ゆっくり噛み締めて食べそうだ。
晴也は……。
(がっつり食べられるやつがいいよな)
そう思って、ボリューム満点のカツサンドを選んだ。分厚いカツに、甘めのソースが絡んでいて、パンの柔らかさと相まって絶妙なバランスだ。晴也の食べっぷりを想像すると、つい笑みがこぼれる。
慎一は、落ち着いた雰囲気に合うパンがいい。
(紅茶の香るスコーンとか、好きそうじゃないか?)
シンプルなプレーンスコーンをトングでつまむ。控えめな甘さと、しっとりした食感が、慎一の上品な雰囲気にぴったりだ。紅茶と一緒に食べている姿が目に浮かぶ。
***
気がつけば、トレーの上にはパンが山盛りになっていた。
(……買いすぎ?)
いや、どうせみんなで食べるのだから、これくらいでちょうどいいだろう。
レジで会計を済ませ、大翔はパンの詰め合わせ袋を持って店を出た。
***
帰り道、袋の中のパンを思い浮かべながら歩く。
(誰がどれを食べるかなぁ)
それを考えるだけで、なんだか楽しくなってくる。
ピアスを買わなかったことは、もうどうでもよくなっていた。
(みんなの「美味しい」が聞けたら、それでいいか)
自然と笑みがこぼれた。
大翔は、ほんの少し足を速めて、シェアハウスへと帰っていった。
大翔は袋の中を覗き込みながら、ふと、自分用に買ったパンのことを思い出した。
(そういや、俺の分もちゃんと買ったんだった)
みんなの分を考えるのに夢中になっていたせいで、自分のパンを選んだ記憶がぼんやりしている。だけど、手を伸ばして袋の中から取り出したそれを見て、自然と口元が緩んだ。
選んだのは「塩バターロール」。
シンプルだけど、噛めば噛むほどバターのコクと塩気がじんわり広がる、素朴で飽きのこないパン。外はパリッとしていて、中はふんわり。食感のバランスが絶妙で、大翔のお気に入りだった。
ピアスを選ぶときと違って、これはほとんど迷わずに決めた気がする。
(結局、俺はこういうのが一番落ち着くんだよな)
そう思いながら、家に帰ってこのパンを食べるのが楽しみになってきた。みんながどのパンを選ぶかも気になるけれど、自分のパンを味わう時間もまた、ちょっとした贅沢だ。
袋を抱え直し、大翔は足取りを軽くしながらシェアハウスへと向かった。




