チキンの照り焼き
慎一は仕事を終えた後、シェアハウスの近くにあるスーパーに立ち寄ることにした。今日の夕飯は少し手の込んだ料理にしようと決めていたからだ。必要な食材をリストアップしてあるので、どんどん買い物カゴに詰めていく。普段はシンプルな食事を心掛けているが、今日は何となく特別な気分だった。
そして、この人は一体誰やねん?と関西弁が飛んできそうだが、彼もシェアハウスの住人。唯一の社会人。数少ない常識人で、ツッコミ担当かと思いきや、意外とボケもできる器用者。スマートに着こなしたスーツで、夕方のスーパーマーケットを闊歩する。何人かの主婦が振り向くが、気に留めていなかった。
気がつけばカゴにはあれもこれもと色々な食材が増えて、予想以上に荷物が多くなってしまった。冷蔵庫にあるもので十分だと思っていたが、つい色々なものに手を伸ばしてしまう。
「これはちょっと厳しいな」
慎一はふと思い立ち、スマートフォンを取り出して颯にメッセージを送る。
『颯、今スーパーにいるけど、荷物持ってもらえる?』
すぐに返信が届く。
『何だよ、晴也とか力持ちのヤツに頼めばいいじゃん』
慎一は思わず笑ってしまった。颯の返信はいつも通りの調子だ。何度もこんなやり取りをしてきているが、颯は結局、必ず手伝ってくれることを知っている。
そして、彼こそが、このシェアハウス最後の住人。慎一の幼馴染にして、おしゃれ大好きのワガママで少し気が強いところもあるが、仲間思いの優しい子。まあ、このシェアハウスの住人はみんな優しいのですが。
『晴也は今日予定があるって言ってたからね、颯に頼みたいんだ』
またすぐに、颯からの返信が届く。
『もー!結局俺がやる羽目になるんだよな』
と、半ば愚痴っぽく書かれていたが、それでも『分かった、すぐ行く』と続いているメッセージを見て慎一が微笑む。
颯はいろいろ文句を言いながらも、きっと手伝ってくれるだろうと思っていたからだ。案の定、数分もしないうちに、颯の姿が見えた。ダッシュで来てくれたのであろうか、少し額に汗をかいていた。
颯は、シェアハウスの中ではいつも気まぐれで、少し自分勝手に見えることもあるが、こういう時には必ず手を貸してくれる。なので頼りにしているところも多い。軽く手を振りながら、慎一の方へ近づいてきた。
「本当に重そう」
「予想外に買いすぎてしまって」
慎一は笑って言う。
「来てくれてありがとう、助かるよ」
颯は荷物を受け取り、さっと両手で袋を持った。
「ほら、まあ、俺だって頼られたら悪い気はしないからな」
そう言いながら、颯は歩き始めた。慎一もその後に続く。
二人が歩いていると、颯が急に顔を向けて言った。
「で、今晩の夕飯は何?豚肉?それとも鶏肉?」
「お前、肉しか選択肢がないじゃないか」
慎一は苦笑いしながら言った。
「まあ、鶏肉は正解。今日はチキンを使った料理を作ろうと思ってる」
「チキンか…」
颯は少し考えるように言った。
「うーん、まあ悪くはないけど、もう少しなんつーか、オシャレな感じが良かったな」
慎一は思わず吹き出しそうになった。
「お前、何がオシャレだよ」
「まあ、俺のオシャレセンスがわからないのは仕方ないか」
颯は軽く肩をすくめて言った。
「でも、チキンって言ってもどうせまたシンプルなやつだろ?」
慎一はその言葉に思わず笑いを浮かべた。颯の好みは大体分かっていたが、今日はちょっとだけ凝った料理を作りたかったのだ。
「今日はちょっとだけ凝ったやつにするよ、チキンの照り焼きに、付け合わせでサラダとスープも用意するから」
慎一は自信を持って答える。
颯はそれを聞いて少し満足げに頷いた。
「お、いいじゃん。やっと俺のレベルに合った料理が出てきたか」
「お前のレベルは分かりずらいな」
慎一は軽くつっこみながらも、颯の言葉に少し嬉しさを感じていた。頑固で少しだけわがままな颯だが、こうやって自分の作った料理に少しでも喜んでくれると、やっぱり嬉しいものだ。
二人はシェアハウスに戻ると、すぐにキッチンに向かう。颯は荷物をテーブルに置き、慣れた手つきで食材を仕舞い始めた。慎一もその横で、早速料理の準備を始める。料理を作る際の慣れた動きが、どこか落ち着いていて、颯との共同作業はなんとも心地よかった。
「よし、これで準備は完了」
慎一は最後の仕上げをしながら、颯に声をかけた。
颯はキッチンの端に寄りかかって、慎一の手際を見守っている。
「俺も手伝ってやろうか?」
「もうすぐ終わるから、ゆっくりしてていいよ」
慎一は微笑んで答える。
夕食が出来上がる頃、シェアハウスのリビングには、チキンの照り焼きの甘い香りと、スープの温かい匂いが広がっていた。颯は一口食べて、満足そうに目を細めた。
「うーん、これ、最高!」
颯は言葉を漏らし、再びおかわりを取るために立ち上がった。
「お前、文句言ってたくせに結局、それだもんな」
慎一は笑いながら言う。颯は満足げに頷きながら、
「まあ、文句は愛嬌の一つだと思って受け取ってくれよ」
と冗談を言った。