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six socks  作者: AI子
29/61

さりげないペアコーデ

 晴也は今日も、シンプルな黒のジャージを羽織って大学へ向かっていた。


 朝の空気はまだ少し冷たい。だけど、ジャージの下に着たロンTがちょうどいい具合に温度調節をしてくれて、特に不自由はない。晴也にとってジャージは、機能的で楽に動ける最高の服だった。


 隼哉はそんな晴也の隣を歩きながら、スマホで天気予報を確認していた。


「今日は昼から気温上がるらしいぜ」


「そうか。まぁ、脱げばいいし」


 晴也はそう言ってジャージのファスナーを少し下げた。


 一見、バラバラな二人。


 晴也は運動部の学生みたいなジャージスタイルで、隼哉はヴィンテージの古着を好む。今日も隼哉は、色褪せたバンドTシャツに、ダメージ加工のジーンズ、そしてデニムのブルゾンを羽織っている。


 ぱっと見、全く違うテイストの服を着ているのに、なぜか並んで歩いていると違和感がない。それどころか、不思議とバランスが取れているように見える。


 実は、それにはちょっとした理由があった。


 ***


 隼哉は、自分の服装を決めるとき、ほんの少しだけ晴也の格好を気にしていた。


 晴也は派手な服を着ない。動きやすさを重視して、シンプルで機能的な服を選ぶ。だからこそ、隼哉は自分のコーディネートにちょっとした「調整」を加えていた。


 例えば、晴也が黒のジャージなら、自分は同じ黒のブルゾンを選ぶ。晴也が白Tシャツなら、自分のTシャツにも白のプリントが入ったものを選ぶ。直接おそろいにするのは照れくさいし、自分らしさも大事にしたい。だからこそ、さりげなく「リンク」させるのがポイントだった。


(晴也はたぶん、気づいてないだろうけど)


 それでいい。


 何か言われたら、それこそ恥ずかしい。でも、無意識のうちに「こいつとは並んで歩いても変じゃないな」って思ってくれたら、それで十分だった。


 ***


「なぁ、隼哉」


「ん?」


「お前のそのブルゾン、新しいやつ?」


 ふと、晴也が隼哉の服に目を向けた。


「いや、ヴィンテージ。前から持ってたやつ」


「そうか。でも、なんか今日のは特にしっくりきてる気がするな」


 晴也が、ふとそんなことを言った。


 隼哉は一瞬ドキッとしたが、何食わぬ顔で肩をすくめる。


「まあな、俺は着るもので雰囲気変わるタイプだから」


「へぇ」


 晴也はそれ以上突っ込まなかったが、隼哉は少し安心しながらも、どこか嬉しくなっていた。


 自分のやっていたことは、ほんの些細な工夫だ。それに、リンクコーデを意識しているとはいえ、偶然そう見えるだけといえばそうとも言える。


 けれど、晴也に「しっくりきてる」と言われたことが、なんだか少し誇らしかった。


 (まぁ、俺がちょっと調整してるって気づいたら、なんて言うかな)


 隼哉は、晴也が驚く顔を想像して、少しだけ笑った。


「なあ、今日の昼飯、どうする?」


「あー……学食、混んでるかな」


「たぶんな。適当にコンビニで買って、どっかで食うか」


「それでいいか」


 二人は並んで歩きながら、さりげなく会話を続けた。


 今日も、いつも通り。


 でも、さりげないリンクコーデは、ひっそりと続いていくのだった。




 授業が二人とも終わり、シェアハウスに帰った。するとすでに颯がソファに寝転がり、スマホをいじっていた。


「あれ、お前ら、一緒に帰ってきたのか」


「まあな」


「つーか、その服、前にも見た気がするんだけど」


 颯が何気なくそう言うと、隼哉は肩をすくめる。


「晴也がジャージ好きだからな。俺もそれに合わせてるだけだよ」


「……は?」


 颯がスマホから視線を上げて、訝しげな顔をした。


「合わせてる? お前、わざと晴也の格好に寄せてるのか?」


「んー……まぁ、完全なおそろいはダサいし、俺なりに調整してるって感じ?」


 隼哉は悪びれもせず答えながら、買ってきたおにぎりの包装を剥がした。


 颯は、それを聞いてさらに眉をひそめる。


「お前、もしかして……晴也の服、全部把握してんの?」


「いや、全部ってわけじゃ……」


「昨日はグレーのジャージで、その前は黒のパーカー。中はいつも無地Tシャツ。夏になると、ナイロンのハーフパンツを履き始める」


「うわっ、気持ち悪っ!!」


 颯が思わず身震いして、ソファから起き上がった。


「なにその観察力! ストーカーじゃん!」


「いやいや、一緒に住んでるから、自然と目に入るんだよ」


 隼哉は苦笑しながら肩をすくめる。


 晴也は、というと、黙々と帰りに買ってきた唐揚げ弁当を食べていた。まるで自分の話ではないかのように。


「なあ、晴也、お前はどう思うんだよ? 隼哉がそんなにお前の服を把握してるって」


 颯がツッコミを入れると、晴也は箸を動かす手を止めて、少し考え込んだ。


「……まぁ、別にいいんじゃないか?」


「えっ、気にしないの?」


「そもそも俺、自分の服なんてそんなに気にしてないし。隼哉の方が俺より覚えてるなら、それはそれで助かる」


「助かる!? 何それ、お前らの関係、どうなってんの!?」


 颯が叫ぶと、隼哉がケラケラと笑った。


「いやいや、俺はただ、晴也のジャージ姿がしっくりきてるから、どうやったら並んで歩いたときに違和感なくなるかなって考えてるだけだよ」


「それがもう気持ち悪いんだって……!」


 颯は頭を抱えたが、隼哉はどこ吹く風だった。


「それに、お前だって、自分の服装にはこだわってるだろ?」


「まあな」


「だったら、俺が晴也と並んで違和感ないようにするのも、別に変じゃなくね?」


「……うーん……」


 確かに、言われてみれば颯自身も、自分の服にはかなりこだわっている。だが、それを他人に合わせるという感覚はあまりなかった。


 しかし、隼哉の「さりげないペアコーデ」は、何かしらのポリシーを持ってやっているようにも見える。


「まあ……お前がいいならいいけどさ」


「だろ?」


 隼哉が得意げに笑い、颯は微妙な表情のままソファに倒れ込んだ。


 晴也はその様子を見ながら、淡々と弁当を食べ続けていたが、ふと、ぽつりと呟いた。


「でも、俺の服に合わせるってことは、お前のコーディネートの幅、狭くなってないか?」


「……は?」


「お前、いろんな古着持ってるのに、俺に合わせるために選択肢減ってるんじゃないかって」


 隼哉は箸を止めた。


「……あー……」


 言われてみれば、確かに。


 本当なら、もっと派手なヴィンテージシャツや、柄物のパンツも履きたいときがある。けれど、それだと晴也と並んだときにちぐはぐになりすぎるから、自然と抑えめなデザインを選ぶようになっていた。


 今まで特に意識していなかったけれど、改めて指摘されると、確かにそうだ。


「……まあ、いいんだけどな」


「いいの?」


「だって、俺は俺で、こういうのも楽しいし」


 隼哉はそう言って、晴也の着ているジャージを指さした。


「晴也の服がどうこうじゃなくて、俺が ‘調整’ するのが好きなんだよな。ファッションってそういうもんだろ?」


 それを聞いて、颯は呆れながらも、どこか納得したように頷いた。


「……まあ、お前が楽しんでるなら、好きにしろよ」


「そうするわ」


 隼哉はそう言って、これも、一緒に買ってきたおにぎりを一口食べた。


 晴也は「なら、いいんだけど」とだけ言い、また黙々と弁当を食べ始める。


 結局のところ、二人の関係は、これまでと何も変わらない。


 けれど、颯は心のどこかで、これからも隼哉がさりげなく「晴也に合わせる」ことを続けていくのだろうなと確信していた。


 きっとそれは、本人にとって自然なことなのだろう。

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