Japanese apricot Sweets
「春告草か……」
慎一は、リビングのソファにもたれながら呟いた。
昨日の夜、凌生が話してくれた「梅の異名」の数々が、頭の中でふわりと漂っている。春を告げる梅の花、風を待つ梅の木、衣を通して香るほどの梅の匂い……言葉の奥に広がる風景が、どこか心地よかった。
「そういえば、梅ってお菓子にもよく使われるよな」
ぼんやりと呟くと、ちょうどキッチンにいた隼哉が振り向いた。
「お、慎一、お菓子の話?」
「いや、なんとなく」
「梅のお菓子って言うと、何があるかなぁ。羊羹? ゼリー?」
「梅干しの入ったおかきとか?」
颯がソファに寝転がりながら言う。
「和菓子なら、梅が枝餅とか?」
凌生が冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出しながら口を挟んだ。
「梅が枝餅?」
「福岡の名物。薄皮のお餅にあんこが入ってて、表面に梅の焼き印が押してあるんだ」
「へぇ、それ美味しそう」
「俺、梅ジャム使ったクッキーとか食べてみたいかも」
隼哉が目を輝かせる。
「クッキー?」
「ほら、梅の酸味と甘さを活かしてさ、サクサクのクッキーに挟んだり、練り込んだり……」
「そういうのもアリか」
慎一は腕を組んで考え込んだ。せっかくだから、梅を使ったお菓子を作るのもいいかもしれない。春を告げる味を、自分たちの手で形にするのは楽しそうだ。
***
翌日、慎一たちはスーパーに集まった。
「とりあえず、梅ジャムは確保したいよな」
「ゼリーにするなら寒天とかもいる?」
「クッキー生地は小麦粉とバターと……」
「和菓子なら白玉粉とかもいるかも」
思いつくままに買い物カゴに入れていく。こうやって材料を集めていると、不思議と気分が盛り上がってくる。
「慎一、今回はちゃんと作り方考えてる?」
「……まあ、なんとかなるだろ」
「出たよ、慎一のアドリブ料理」
颯が呆れたように笑う。
「慎一の料理、うまいからきっと何とかなるって」
隼哉はすでにやる気満々だ。
「いや、レシピ通りに作らないと失敗する可能性もあるぞ」
凌生が冷静に指摘する。
「その時はその時だ」
「えぇ……」
慎一の適当な返しに、凌生は肩をすくめた。
***
シェアハウスのキッチンに戻ると、早速作業が始まる。
まず、颯が梅ジャムを使ったクッキーを作ることになった。
「バターを柔らかくして……」
「粉と混ぜて……」
生地をまとめる手つきもどこか楽しげだ。
一方、慎一と隼哉は、梅寒天ゼリーを作ることになった。
「寒天を溶かして、梅シロップと混ぜるだけだから、簡単そうだな」
「でも、固めるのに時間かかるよな?」
「まあ、冷やしてる間に他のものを作るか」
冷蔵庫にゼリーの容器を入れると、今度は梅の白玉団子を作ることにした。
「白玉粉に梅ジャムを混ぜたら、ほんのりピンク色になった!」
「おお、春っぽい」
生地をこねながら、隼也が目を輝かせる。
「丸めて茹でれば完成だな」
慎一は湯を沸かしながら、なんとなく梅の香りを感じていた。
***
数時間後、テーブルには色とりどりの梅スイーツが並んでいた。
ほんのり甘酸っぱいジャムをサンドしたサクサク梅ジャムクッキー、透明感のある寒天の中に、梅の香りが広がる涼しげな梅寒天ゼリー、ピンク色の可愛らしい白玉団子、黒蜜をかけると絶品な梅白玉。
「おおー、めっちゃ春っぽい!」
颯が嬉しそうに言った。
「色合いがいい。春告草にぴったりのデザートって感じがする」
慎一も満足そうだ。
「じゃ、試食タイムいきますか!」
隼哉が手を伸ばす。
それぞれ好きなものを取り、口に運ぶ。
「……ん、梅の酸味と甘さがいい感じ」
「寒天ゼリー、さっぱりしてて美味しい!」
「白玉、もちもちでうまいな」
「慎一、これ成功じゃん」
「まあ、なんとかなるって言ったろ?」
慎一はクッキーを一口かじりながら、ふっと笑った。
梅の花が春を告げるように、このスイーツも、なんとなく春の訪れを感じさせる。
季節を味わうって、案外こういうことなのかもしれない。
「……また違う季節の味も、こうやって作るってのもいいかもな」
慎一の言葉に、みんなが笑顔で頷いた。
春は、まだ始まったばかり。




