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six socks  作者: AI子
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梅は幾つの名を持つ?

 朝の通学路で、ふとした気配に顔を上げた。


 どこからか、甘やかな香りが風に乗ってくる。見回すと、学校へ続く並木道の一角に、小ぶりな花を咲かせた木が立っていた。


 「梅、咲いてるんだ」


 立ち止まって見上げると、薄紅の花びらが青空を背景にほころんでいる。春の訪れを知らせるように、ほのかに匂うその姿は、どこか控えめで品があった。


 冬の寒さの中でも、誰に気づかれなくても、梅はこうして花を咲かせる。桜ほど派手ではないけれど、凛とした佇まいがある。


 ***


 シェアハウスに帰ると、リビングに何人か集まっていた。慎一がソファに腰掛けて新聞をめくり、颯がその隣でスマホをいじっている。キッチンからは、隼哉と凌生の話し声が聞こえた。


「梅が咲いてた」


 ふと思い出して言うと、颯がスマホから顔を上げた。


「もうそんな時期か」


「そろそろ春ってことだな」


 慎一が頷く。


 隼哉が興味を持ったようで、キッチンから顔を出した。


「梅ってさ、桜みたいに一斉に咲くわけじゃないけど、しっかり季節を知らせてくれるって感じがしていいよな」


「うん。桜よりちょっと早く咲くし、香りもいい」


 そう話していると、凌生がキッチンから出てきた。勉強用の眼鏡を押し上げながら、少し考えるような顔をしている。


「梅か。あれ、異名が多いんだよ」


「異名?」


 隼也が首をかしげる。


「そう。日本には昔から、植物にたくさんの名前をつける文化がある。特に梅は、平安時代から詩に詠まれてきたから、いろんな呼び名があるんだ」


「例えば?」


 隼哉が興味津々で尋ねる。


 凌生は少し間を置いて、それから静かに言った。


春告草はるつげぐさ


「おお……春を告げる草か」


 慎一が感心したように呟く。


「確かに、梅が咲くと春の訪れを感じるよな」


「他には?」


 凌生は少し笑って、さらに続けた。


風待草かぜまちぐさ


「風を待つ草?」


「そう。春風が吹くのを待って咲くって意味」


「風を待って……梅が咲く。なんか風情があるな」


 慎一が目を細める。


「もっとあるぞ。匂草においぐさ


「あー、それは分かる! 梅って香りがいいもんな」


 颯が納得したように頷いた。


衣通姫そとおりひめってのもある」


「なにそれ?」


「『衣を通して香るほど匂いが強い』って意味らしい」


「おしゃれー」


「異名って面白い」


「梅にこんなにたくさんの呼び方があるなんて知らなかった」


「昔の人は、花一つにもたくさんの言葉を与えたんだよ」


 凌生はそう言って、静かに微笑んだ。


「でも、それってすごいよな。『梅』って一言で言っちゃうと、それだけだけど、『春告草』って言えば、なんかこう、春の気配まで感じるっていうか……」


「分かる。『風待草』って言われたら、なんか、まだ肌寒い空気の中で、じっと風を待ってる梅の姿が思い浮かぶ感じがする」


「言葉の力ってすごいな」


 颯がしみじみと言った。


 シェアハウスのリビングには、いつの間にか梅の話題で温かい空気が流れていた。


「そういや、シェアハウスにも梅の木を植えたらいいんじゃね?」


 隼哉が突然言った。


「庭ないだろ」


 慎一が即座にツッコむ。


「鉢植えならいけるかも」


 凌生が笑う。


「でも、ちゃんと世話できるか?」


 慎一がちらりと隼也を見ると、隼哉は苦笑した。以前、観葉植物を増やしすぎて世話が追いつかなくなったことを思い出したのかもしれない。


「……鉢植えは慎一が管理するならいけるんじゃない?」


「なんで俺?」


「慎一、植物の世話上手いし」


「俺はお前の後始末係か」


 そう言いながらも、慎一はまんざらでもなさそうだった。


「まあ、春を感じるのも悪くないか」


「じゃあ、やっぱり『春告草』の名にふさわしく、春を告げる梅を置くか?」


「……鉢植えならな」


 慎一が苦笑する。


「じゃあ決まり!」


 隼哉が嬉しそうに笑った。


 春の訪れを、小さな鉢植えの梅とともに迎えるのも、悪くないかもしれない。


 そう思いながら、リビングにはまだ梅の香りがただよっているような気がした。

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