春、緑、そして俺
「春だし、新しいこと始めたいよなぁ……」
沢弥隼哉は、リビングのソファに寝転がりながらぼんやりと呟いた。
「ほう、珍しいな。何かやりたいことあるのか?」
高宮慎一がコーヒーを飲みながら聞く。
「それが、特に思いつかなくて」
「何か趣味でも増やせばいいんじゃないか?」
「そう思って考えてるんだけど、スポーツ系は続かなそうだし、楽器とかはハードル高いし……」
「じゃあ、なんか適当に出かけてみたら? 意外とふらっと行った先で見つかるかもよ」
慎一の助言に「確かに」と思った隼哉は、そのまま適当に外へ出ることにした。
特に目的もなく歩いていると、大きなホームセンターが目に入った。
「ホームセンターとか、久々に来た……」
工具やDIYコーナーを眺めつつ、店内を歩いていると、ふと「観葉植物コーナー」という看板が目に入った。
「へぇ、観葉植物……」
なんとなく足を向けてみると、小さな鉢植えから大きなものまで、さまざまな植物が並んでいた。
(部屋に緑があったら、ちょっと雰囲気変わるかな……?)
そんなことを考えながら、いくつかの植物を眺める。
「初心者におすすめ! 丈夫で育てやすい観葉植物」
と書かれたポップが目に入り、そこには「ポトス」「サンスベリア」「ガジュマル」などが並んでいた。
「ポトス……なんか、つるが伸びる感じがいい」
「サンスベリア、シュッとしててかっこいい」
「ガジュマル? なんか幹が面白い形してる……幸運を呼ぶって書いてある、縁起良さそー」
しばらく悩んだ末、隼也はポトスの小さな鉢を手に取った。
「これなら俺でも育てられるかも」
こうして、隼也は春の新しいチャレンジとして、観葉植物を育てることを決めたのだった。
「ただいまー」
シェアハウスに帰ると、ちょうど井田晴也と鳴渡颯がリビングにいた。
「お、何買ってきたの?」
颯が興味津々で袋を覗き込む。
「観葉植物」
「おぉ、マジか! そういうの始めるタイプだったっけ?」
「いや、ホームセンター行ったらなんか良さそうだなって思って」
「ポトスか。育てやすいし、いい選択だな」
晴也が鉢をじっと見て、そう言った。
「へぇ、晴也詳しいな」
「まぁな。俺も小さいの育ててるし」
「マジか! どんなの?」
「サボテン。基本放置でいい」
「それこそ、俺向きかもしれん……」
「ポトスも水やり適当でも結構丈夫だから、たぶん大丈夫」
「そうか、なら安心だ」
すると、奥から安堂凌生がひょっこり顔を出した。
「ん? 隼哉が植物育てるの?」
「ああ、ポトス買ってみたんだー」
「へぇ、意外。てか、俺も部屋で多肉植物育ててるよ」
「マジで!?」
晴也と凌生との思わぬ共通点に、隼哉の目が輝いた。
「どんなの育ててんの?」
「ちょっと待ってて」
凌生は自室へ戻り、しばらくして小さな鉢を両手に持って戻ってきた。
「これ、ハオルチア」
「おお、透明っぽくて綺麗だな!」
「で、こっちはエケベリア、ロゼット状に広がるやつ」
「なんかオシャレ……!」
「多肉植物は種類多いから、集めるのも楽しいぞ」
「へぇー、面白そうだな」
「ポトスはつるが伸びるから、吊るしてもいいし、伸びたところを切って増やすこともできるんだぜ」
「え、そうなの?」
「水に挿しとくと根が出てくる。そこから新しい鉢に植えれば、どんどん増える」
「すげぇ……!」
「こういうの、ハマると楽しいぞ」
「うわぁ、ちょっとずつ増やしてみようかな……」
こうして、隼哉は凌生と植物談義で盛り上がり、新たな趣味の世界へ一歩踏み出したのだった。
最初は「部屋に緑があるとちょっと雰囲気変わるかな」くらいの軽い気持ちだったのに、育てていくうちにどんどん興味が湧いてきた。
隼哉はもともと、ハマるととことん突き詰めるタイプ。ポトスの成長を観察しながら、「もっといろんな植物を育ててみたい」と思い始めるのに時間はかからなかった。
「ポトスが増やせるなら、他のも増やせるよな……」
そうして彼は、またホームセンターへ足を運んだ。
「おい、隼也。お前の部屋、なんかジャングルになってないか?」
ある日、鳴渡颯が驚いたように言った。
「そうか? まだまだ余裕あるけど」
「いや、どこが余裕あんだよ。ベッドの横にも、デスクの端にも、棚の上にも植物あるじゃん」
「まぁ、気づいたら増えてた」
隼也の部屋には、いつの間にか観葉植物がずらりと並んでいた。
ポトスだけでなく、シュッとした葉がかっこいいサンスベリア、丸い葉っぱが可愛いペペロミア、独特なフォルムのモンステラ、さらには凌生に影響されて買ったハオルチアやエケベリアのような多肉植物まで……。
「これは、もう完全にハマってるな」
「でもさ、さすがにちょっと多すぎない?」
「……まぁ、うーん、そうかも」
植物たちを愛でるのは楽しい。しかし、増えれば増えるほど、当然ながら世話が大変になる。
「水やりのタイミングも種類によって違うし、日当たりや湿度も気にしないといけないし……」
最初は「簡単そう」と思っていた植物の世話も、種類が増えると話は別だった。
「それに、部屋に置ききれなくなってきたから、いくつかリビングに置かせてもらったんだけど……」
「リビングのあれ、お前のだったのか!」
颯が指をさした先には、リビングの棚の上に並べられた数鉢の植物。
「まぁな。共用スペースにちょっと緑があると、雰囲気いいだろ?」
「まぁ、確かに。けど、これ誰が世話してんの?」
「……それがさ」
「隼哉、お前、リビングの植物ちゃんと世話してんのか?」
ある日、高宮慎一にそう言われた。
「いや、してる……つもりだったんだけど……」
「これ、土がカラカラになってたぞ。あと、このモンステラの葉、ちょっと元気なくなってる」
「マジか」
どうやら、水やりや日当たりの管理が行き届いていなかったらしい。
「お前、部屋の植物の世話で手いっぱいなんじゃない?」
「……かも、しれん」
「なら、リビングのやつは俺が面倒見る」
「え、マジで?」
「世話するの嫌いじゃないしな」
そう言って、慎一は慣れた手つきで植物の葉を拭き、水をやり始めた。
「このサンスベリアは乾燥気味でいいけど、モンステラはもうちょい湿度があったほうがいいな。あと、このポトス、つるが伸びてるからそろそろ剪定しとくか」
「すげぇ、詳しい……」
「まぁな。出張先のホテルとかでも、観葉植物の手入れしてるのを見てると、つい気になっちゃうんだよ」
慎一は器用にポトスの伸びたつるをカットし、水差し用の瓶に入れた。
「こうやって増やして、また鉢に植えたらいい感じになるぞ」
「へぇー……いや、でも、それまた増えるってことだよな?」
「まぁ」
「……いや、これ以上増やすのはちょっと」
「そうだな、適正量ってやつを考えていかなきゃいけないな」
「はい……」
こうして、隼哉の観葉植物コレクションは落ち着きを見せた。
が、リビングの植物たちは、いつの間にか慎一の管理下に置かれることとなったのだった。
「しかし、リビングに植物増えてから、なんか落ち着く」
ある日、隼哉は改めてリビングの植物たちを見ながら言った。
「まぁな。緑があると、空間が柔らかくなるというか」
慎一が頷く。
「結果的にいい感じになったってことか」
「そういうことだな」
「……まぁ、これ以上は増やさないようにする!」
「そうしてくれ」
とは言え、植物の魅力にハマった隼哉のことだ。また新しい種類に興味を持ち、こっそり増やしてしまう日も、そう遠くないのかもしれない。