大学の昼下がり
昼飯の買い出しのため、大学の郊外に出ていた凌生は、コンビニで適当にサンドイッチやお茶を手に取ると、レジに向かおうとした。そのとき——
「あれ、凌生?」
聞き覚えのある声に振り返ると、颯がいた。
颯は予備校の帰りらしく、手にはテキストの詰まったバッグを下げている。目元は少し眠たそうだったが、それを隠すように軽く前髪を指で整えていた。
「お前も買い出し?」
「んー、まあな。ちょっと昼飯調達」
「偶然だな。俺もこれから昼飯食うとこ」
そんな流れで、一緒に昼を取ることになった。
凌生は大学のゼミ室に向かうことを提案する。颯は一瞬迷ったものの、「部外者が入っても大丈夫か?」と確認すると、凌生はあっさり「まあ、普通に入れるし」と答えた。
「俺のとこ、けっこう外から来るやつもいるし。気にしなくていいよ」
「そうなの?」
「うん。知り合いさえいれば大丈夫」
そう言われて、颯は少し安心したように頷いた。
***
大学のキャンパス内を歩く。颯は、普段の颯らしい服装だった。黒の細身のパンツに、ブランドロゴの入ったオーバーサイズのパーカー。足元は派手めなスニーカーで、アクセサリーもちらほらつけている。
だが、凌生のゼミ棟に近づくにつれ、颯は少し周囲を気にし始めた。大学の学生たちは、どこか落ち着いた雰囲気の服装が多い。特に凌生のゼミがある学部のあたりは、比較的シンプルな格好の学生が多く、黒やグレーの服ばかりが目に入る。
それらと対照的に、自分の服装は目立っているような気がした。悪目立ちして、いるのかもしれない。知らない場所に足を踏み入れる不安と、場違いな感覚が少しだけ胸を締めつけた。
「……ちょっと派手すぎたか」
何気なく呟いた言葉を、凌生は聞き逃さなかった。
「ん?」
「いや……なんでもねぇ、けど」
ごまかそうとする颯だったが、凌生は察したようで、ふっと笑った。
「颯、服のことちょっと気にしてる?」
「……まあ、ちょっと。ここ、なんかみんな同じような格好してるし、俺の服だけ浮いてる感じ?」
颯が言葉を濁しながらそう言うと、凌生はほんの少し首を傾げた。
「気にしなくていいだろ。颯のファッション、いつもかっこいいんだから堂々としてれば?」
さらっと言われた言葉に、颯は一瞬動きを止めた。
「……そうか?」
「そうだよ。つーか、俺の知り合いに、服装でとやかく言うやつなんていないし。そんなこと言われたって、俺も気にしないし」
凌生は当たり前のように言ったが、その言葉に颯は少し驚いた。
普通なら「派手じゃない?」とか「ちょっと浮いてるかもな」とか、遠回しに言われたりするかもしれない。でも、凌生は最初から否定しなかった。
「颯は颯なんだから、それでいいんだよ」
その言葉に、胸の奥が少しくすぐったくなる。
堂々としていていい。颯は、自分のファッションを気に入っているし、誰かに強制されて着ているわけじゃない。分かってはいるけれども、でも、こうして肯定されると、なんだか嬉しくなってしまう。
「……まあ、そう言ってくれるなら、堂々と入るわ」
「うん、それがいいよ」
そう言って凌生が軽く笑うと、颯も少し笑った。
ゼミ室に入ると、すでに何人かが昼食を広げていた。
「お、凌生、戻ったか」
「ん、ただいま。こいつ、颯。前に話したことあるシェアハウス仲間」
「お邪魔しまーす」
簡単な挨拶を交わしながら、二人は席についた。やはり周りの学生は地味めな服装が多かったが、颯はもう気にしなかった。凌生が「いい」と言ったのなら、それでいいのだ。
「ほら、飯食おうぜ」
「おう!」
そうして、昼の穏やかな時間が過ぎていった。




