向き不向き
昼下がりのシェアハウス。リビングには、のんびりとした空気が流れていた。
ソファでは大翔がスマホを横向きにして、親指で器用に画面を操作している。その横では隼哉がゲーム画面を覗き込みながら、時折アドバイスを口にしていた。
「お、そこは回避! そうそう、そのタイミング!」
「わかってるって! ……うわ、ヤバッ、敵多すぎ!」
「よし、必殺技だ! 今だ!」
大翔が画面をタップすると、ド派手なエフェクトとともに、キャラクターが強力な技を繰り出した。敵が一掃され、画面の上には【STAGE CLEAR】の文字が浮かぶ。
「よっしゃー!」
「いいね、大翔! 今のは上手かった!」
ハイタッチを交わす二人を見て、テーブルに座っていた颯はなんとなく視線を向けた。
(そんなに面白いのか……?)
颯も小さい頃はテレビゲームをしていたが、最近はめっきり触れていない。スマホゲームに関しては「ちまちま小さい画面でやるのが面倒くさそう」というイメージがあって、あまり興味を持っていなかったのだ。
しかし、大翔や隼哉がこんなにも楽しそうにしているのを見ると、ちょっと気になってくる。
「なあ、それってそんなに面白い?」
ふと口にすると、大翔がぱっと顔を上げた。
「お? 颯もやってみる?」
「いや、別にそんなつもりじゃなくて……」
と、言いかけたものの、やはり気になる。
「……まぁ、少しなら」
颯が渋々といった様子で言うと、大翔は嬉しそうにスマホを差し出した。
「よし、じゃあまずは操作方法から。画面の左側で移動、右側で攻撃とスキルを使うんだ」
「ふーん……」
言われた通りに親指を動かしてみるが、キャラクターが思うように動かない。
「あれ? なんかカクカクする……」
「それ、移動が遅れがちになってるな。もうちょいスムーズに……」
「……クソ、攻撃が当たらねぇ」
颯が何度かタップするも、タイミングがズレて敵に反撃される。HPがどんどん減り、気づけば【GAME OVER】の文字が画面に表示されていた。
「うわっ、負けた……」
スマホを持ったまま、颯は深くため息をつく。
「まあまあ、最初はこんなもんだよ」
大翔がフォローするように言ったが、颯は悔しそうに唇を噛んだ。
「なんか納得いかねぇ……」
スマホゲームなんて楽勝だろうと思っていたのに、まさかここまで苦戦するとは思わなかった。
その様子を見ていた凌生が、ソファから身を乗り出した。
「颯、そんなにアクションゲームにこだわらなくてもいいんじゃない?」
「……どういう意味だ?」
「人には向き不向きがあるってこと」
そう言いながら、凌生は自分のスマホを取り出し、颯に見せた。
「これならどう?」
画面に映っていたのは、シンプルなデザインのパズルゲームだった。色とりどりのブロックを消していくもので、ルールは直感的に分かりやすい。
「こうやって、同じ色のブロックを揃えて消していくんだ。簡単な操作で、結構爽快感があるよ」
「ふーん……」
興味を持った颯がスマホを受け取り、指でブロックをなぞってみる。
すると、連鎖的にブロックが消えていき、画面いっぱいにカラフルなエフェクトが広がった。
「おおっ!?」
思わず声を上げる。スッとした心地よさがある。
「どう?」
「……悪くねぇな」
素直に認めると、凌生は満足そうに微笑んだ。
「ほら。ゲームって、向き不向きがあるものだから」
「確かに……」
颯はスマホを見つめながら、納得したように頷いた。
「ちまちましてるのはやっぱり性に合わねぇと思ってたけど、こういうのならアリかも」
「うんうん、それでいいんじゃない?」
隣で聞いていた大翔も、「確かに、颯って戦略的に考えるより、感覚で動くタイプだもんな」と頷く。
それを聞いて、颯は苦笑しながら、もう一度パズルを解き始めた。
人にはそれぞれ合うものがある。それを知れたのなら、今日の時間も無駄ではなかった。
パズルゲームにすっかり夢中になった颯は、指先で画面を滑らせながらブロックを消していた。連鎖が決まるたびに爽快な音が響き、カラフルなエフェクトが画面を彩る。
「……これ、思ったより面白い」
「でしょ?」
隣で微笑む凌生を、颯はちらりと見た。
「お前、もしかしてこのゲームかなりやってるのか?」
「うーん、まあ暇なときにちょこちょこと」
軽く言うものの、その言い方がどこか引っかかる。
「スコアどれくらいなんだ?」
「え?」
凌生が少し目を泳がせる。
「いや、そんなに大したことないよ?」
「そういうこと言うやつは大体やり込んでるんだよ」
颯は鋭い目をしてスマホの画面をホーム画面に戻し、マイスコアをタップした。スコアランキングのページを開くと、そこには途方もない数値が並んでいた。
「……は?」
颯の眉がピクリと動く。
「え、これ……お前のスコア?」
「うん」
「ランキング……入ってるけど?」
「まあ、そうだね」
凌生はどこか恥ずかしそうに笑った。
「やっぱりやり込んでんじゃねーか!!」
思わず大きな声を出した颯に、大翔と隼哉が何事かと顔を上げた。
「何? なんかすごいことあった?」
「いや、凌生のスコアがやばすぎるんだよ」
そう言いながら、颯はスマホを大翔の方に向けた。
画面に表示されたランキングには、凌生の名前が堂々と載っていた。
「え……なにこれ、ランキングTOP100入りしてるじゃん……!」
「嘘……」
大翔も驚愕し、隼哉は目を丸くする。
「いやいや、ゲーマー枠は俺のはずだろ!? お前、隠れゲーマーだったのか!?」
「いや、そんな大したことはないって……」
「十分大したことあるわ!!」
颯がズバッとツッコミを入れると、凌生は少し苦笑した。
「まあ……気づいたらこうなってたってだけだし」
「気づいたらじゃねぇよ」
「最初はただの暇つぶしだったんだけど、やってるうちにスコアを伸ばしたくなって……ちょっと研究したりして……」
「研究!? ガチ勢じゃねぇか!!」
「凝り性だから、極めたくなるんだよ」
凌生は困ったように笑った。
「隼哉だけじゃなくて、凌生もゲーマーだったとはな……」
颯がしみじみと言うと、隼哉は納得したように頷いた。
「くそっ、ゲーマーのライバルが増えたな」
「いや、別に競うつもりは……」
凌生が苦笑しながら言うと、颯が腕を組んで言った。
「俺はパズルゲームなら楽しめるけど、アクションは無理だし、お前はパズルなら極められるけど、隼哉みたいにいろんなゲームをやるタイプじゃない、さっき言ってた向き不向きってやつだな」
「そうだね、そういうこと」
「それにしても、お前がここまでやるとはな……」
再びランキングのスコアを眺めながら、颯は小さく息をついた。
「凌生、お前も隠れた猛者だったんだな」
「ははは……まあな」
照れたように笑う凌生を見て、颯はなんだか妙に納得してしまったのだった。