ゲームと現実
朝のシェアハウス。朝食も片付き、それぞれが出かける前の時間を過ごしていた。
大翔はソファに寝転がりながら、スマホをいじっている。画面には派手なエフェクトとともにキャラクターたちが駆け回る、アクションRPGのゲーム画面。親指を器用に動かし、次々と敵を倒していく。
「……よし、あとちょっとでボス撃破……」
集中しながら指を滑らせ、最後の一撃を叩き込もうとした、その瞬間――。
「お、何してんの?」
突然、背後から覗き込んできた隼哉の顔が視界の端に入った。
「うわっ!」
驚いた大翔の指が滑り、画面のキャラクターが一瞬棒立ちになる。次の瞬間、大技を叩き込まれてHPがゼロに。
【GAME OVER】の文字が、虚しく画面に浮かび上がった。
「……お前ー! 何してくれたんだよー!」
大翔は半目になりながら、スマホを持ち上げて隼哉を見上げた。
「いやいや、そんなことでミスる方が悪い、そんなんじゃダメダメだな」
「ダメダメって、お前のせいだろ!」
抗議する大翔を無視し、隼哉は興味津々といった顔でスマホをひょいと取り上げる。
「貸してみ? 俺がクリアしてやるから」
「は? 無理無理、結構難しいんだぞ」
大翔が不服そうに言うが、隼哉はニヤリと笑ってゲームを再開した。
彼の指が画面の上を滑る。的確な回避、無駄のない攻撃、ボスの行動パターンを熟知しているかのような動き。
「え……」
大翔が思わず口を開けるほど、隼哉のプレイは洗練されていた。スムーズにボスのHPを削り、あと一撃というところまで持っていく。
「そろそろトドメ」
隼哉が軽く指を動かすと、画面のキャラクターが必殺技を繰り出し、ボスを撃破した。
【STAGE CLEAR】の文字がキラキラと輝く。
「よし、完璧」
満足げにスマホを大翔に返しながら、隼哉はどや顔で言った。
「ゲームにかける時間と熱量が違うんだよ」
「……え、隼哉、もしかしてこのゲームめっちゃやり込んでる?」
「まぁな。新キャラのスキル回しまで研究済みよ」
「マジかよ……」
思わぬ隼哉のゲーマーっぷりに、大翔は呆れとも感心ともつかない顔をする。
「いやー、やっぱりゲームはこうじゃないと。極めてこそ、だよな」
鼻高々になっている隼哉の横で、キッチンでコーヒーを飲んでいた晴也がふと口を開いた。
「……そういや隼哉、今日取ってる講義、朝イチじゃなかったっけ?」
「ん?」
隼哉は自慢げな表情のまま固まり、数秒の沈黙のあと――。
「……あ゛っ」
一気に血の気が引いた。
慌ててスマホの時計を見る。
8:42
講義の開始は9:10。大学まではギリギリ間に合うかどうかのラインだった。
「ヤバいヤバいヤバい!! こんなことしてる場合じゃねぇ!!」
ソファから飛び上がり、バタバタと部屋を駆け回る。
「えーっと、カバン、カバン! ノートは……どこだっけ!? くそっ、筆箱が見つからねぇ!!」
「お前、前も同じことやってなかったか……」
大翔が呆れたように言うが、隼哉はそれどころではない。
「うるせぇ! とにかく行ってくる!!」
上着を羽織りながら靴を突っかけ、玄関へとダッシュする。
「行ってらっしゃい」
晴也がコーヒーを飲みながら淡々と見送り、大翔は「頑張れよー」と軽く手を振った。
玄関の扉が勢いよく閉まり、シェアハウスには再び静けさが戻る。
「隼哉って要領がいいのか悪いのかわかんなくなる時ない?」
「さぁ? どうなんだろうな」
晴也は肩をすくめ、コーヒーを一口。
いつもの朝。騒がしくも、どこか楽しい時間が流れていた。