お腹に優しいお菓子
「なあ、慎一」
リビングのソファでくつろいでいた慎一は、ダイニングテーブルに座る隼哉の声に顔を上げた。
「ん?」
「こないだ風邪ひいて寝込んだときさ、なんか甘いもの食べたくなったんだよな。でも、市販のお菓子って結構胃に負担かかるの多いじゃん」
「あー、確かに。バターとかクリームとか、濃いの多いってイメージがあるな」
「そうそう。だからさ、お腹に優しい甘いものがあったらいいなって思って」
「ほう。それ、俺に何か作れって話?」
慎一がニヤリと笑うと、隼哉は少し気まずそうに目をそらした。
「……いや、まあ、そういうわけじゃないけど」
「つまり、そういうことだろ」
慎一はクックッと笑いながら立ち上がった。シェアハウスのキッチンへ向かいながら、ぽんぽんと軽く手を叩く。
「お腹に優しくて甘いもの……とりあえず、冷蔵庫と棚に何があるかチェックだ」
「え、今作るの?」
「話してたら食いたくなってきた」
隼哉は一瞬驚いたようだったが、すぐに口角を上げて笑った。
「……ま、確かに」
キッチンにある材料をざっと確認すると、慎一は少し考え込んだ。
「バターは……使わないほうがいいよな。牛乳はあるけど、できれば豆乳とかのほうがいいかもな」
「おう、いいね、豆乳」
「……じゃあ、米粉ときなこを使って、簡単な蒸しパンなんてどうだ?」
「蒸しパン?」
「うん。ベーキングパウダーでふくらませるから発酵いらないし、消化もいい。甘さはハチミツと、ちょっと黒糖を足してみるか」
「いいじゃん、それ」
「じゃあ作るか」
慎一は手際よくボウルを用意し、米粉、きなこ、ベーキングパウダーを計量しながら混ぜていく。そこにハチミツと黒糖を加え、豆乳を少しずつ注ぎながらゴムベラでなめらかに混ぜていく。
「おお、結構いい感じの生地」
「だろ? あと、ちょっと栄養も足したいから、バナナを潰して混ぜよう」
「バナナ入り! それ絶対うまいやつじゃん!」
「風邪ひいてるときって、バナナくらいしか食べられないときあるだろ?」
「あー、あるある」
バナナをフォークで丁寧に潰し、米粉の生地に混ぜ込むと、優しい甘い香りがふわりと漂った。慎一は小さな耐熱カップに生地を流し込み、蒸し器に並べて火をつけた。
「だいたい10分くらい蒸したら完成だ」
「おお……なんか楽しみ」
湯気の立ちのぼる蒸し器の中で、ふんわりと膨らんでいく蒸しパン。慎一が竹串を刺して、生地がくっつかないのを確認すると、ふわふわの蒸しパンをそっと取り出した。
「できたぞ。熱いうちに食べてみろ」
慎一が差し出すと、隼哉は嬉しそうにそれを受け取り、そっと手で割ってみる。ふわっと優しく裂けた断面から、バナナと黒糖の甘い香りがふわりと立ち上った。
「……うわ、めっちゃいい匂いする」
隼哉は蒸しパンを一口かじる。口の中に広がるのは、ほんのり甘くて、優しい味。米粉のもっちり感と、きなこの香ばしさ、バナナの自然な甘みが絶妙に調和している。
「……うん、めっちゃうまい。さっすが慎一」
「だろ?」
「甘いけど、全然しつこくないし、喉通りもいい。風邪ひいてるときでもこれなら食えそう」
「お腹にも優しいし、栄養もあるからな。あとで冷凍しとけば、いざというときにすぐ食べられるぞ」
「それめっちゃいいな。俺、次風邪ひいたときのためにストックしときたい」
「風邪をひく前提で言うな。体調には気をつけろよ」
「はは、まあ、そーだよな」
隼哉は笑いながら、もう一口頬張った。その横で、慎一はどこか満足そうに腕を組む。
「お前が喜ぶなら、また作ってやる」
「……うん、ありがと」
優しい甘さが広がるキッチンの片隅で、二人はふんわりとした蒸しパンを頬張りながら、穏やかな時間を過ごしていた。
夕方、シェアハウスの玄関が勢いよく開き、颯の元気な声が響いた。
「ただいまー!……って、うわ、なんかいい匂いする!」
後ろから続いたのは、大翔のもっと元気な声。
「本当だ!なんだろう……バナナ?」
リビングでは、隼哉が慎一の作った蒸しパンを頬張っている最中だった。蒸しパンの温かい湯気と甘い香りが、まだキッチンのあたりに漂っている。
「おお、颯、大翔。おかえり」
隼哉が手をひらひらと振ると、颯はその手元にあるふわふわの蒸しパンに視線をロックオンした。
「なにそれ、めっちゃうまそうじゃん!!」
「隼哉が食べてるのって、もしかして、慎一が作ったやつ?」
大翔が冷静に推測し、慎一は「正解」と軽く指を鳴らした。
「お腹に優しい甘いものがほしいって隼哉が言うからな。米粉ときなこの蒸しパン、バナナ入り」
「おおおお! それ絶対うまいやつじゃん!」
颯はすぐさまテーブルにつくと、期待に満ちた目で慎一を見た。
「俺も食べていい?」
「俺もー!」
「お前ら……」
慎一は苦笑しつつも、キッチンへ向かい、まだ蒸し器の中に残っている蒸しパンを取り出した。ふわっと立ちのぼる湯気が、また一段と甘い香りを漂わせる。
「ほら」
「やった!」
颯と大翔はそれぞれ手に取り、そっと割ってみる。
「うわ、すげえ……ふわふわじゃん!」
颯が感動したように指で触れると、大翔も興味深そうに断面を見つめる。
「いただきます!!」
二人が同時に口に入れると、瞬間、表情がほころんだ。
「うまっ!!」
「……うん、すっごく優しい味!うまっ!」
颯は勢いよくもう一口頬張りながら感想を続ける。
「甘いけど、くどくないし、きなこの香ばしさがめっちゃいい! あと、なんかもっちりしてる!」
「米粉だからな。小麦粉よりも消化にいいし、もちっとした食感になる」
「ふーん…」
大翔が納得したように頷くと、隼哉が蒸しパンを片手に持ちながら笑った。
「そうなんだよ。俺がこの前寝込んでたときに、こういうのあったらよかったなーって慎一に言ったら、ちゃちゃっと作ってくれた」
「慎一、やっぱりすごいな。簡単に作れちゃうんだもん」
大翔の称賛に慎一は肩をすくめた。
「材料さえあればな。米粉、きなこ、ベーキングパウダー、ハチミツと黒糖、あとはバナナと豆乳。混ぜて蒸すだけ」
「え、そんなもんなの?」
颯が驚いたように目を見開く。
「お前らでも作れるぞ」
「いやいや、慎一だからうまいんだって!」
「そうだよなー。俺らがやったら絶対失敗する」
そんなやり取りをしながらも、二人はすっかり蒸しパンに夢中になっている。
「これさ、もうちょっと作って冷凍しとけば?」
「それ、俺も思ってて、ちょうど提案してたんだよ」
隼哉が共感し、大翔も頷く。
「風邪ひいたときだけじゃなくて、小腹空いたときにもいいかも」
「冷凍しといて、食べるときにレンチンしたらすぐ食べられるし」
慎一は「まあ、それくらいなら作ってやってもいいけどな」と、少し面倒くさそうに言いながらも、どこか嬉しそうだった。
「うおー、やった!また作るとき呼んでくれ!」
「俺も!また食べたい!」
颯と大翔が期待に満ちた笑顔を向けると、慎一は「お前らが食うなら次は手伝えよ?」と軽く釘を刺した。
「おう!」
「もちろん!」
そうして、シェアハウスのキッチンには、また新しい習慣が生まれるのかもしれない。優しい甘さの蒸しパンと、賑やかな会話が、これからも繰り返されるのだろう。