挙動不審の行方
シェアハウスの朝はいつも賑やかだ。
特に、颯と大翔が揃っているときは、リビングが一気に活気づく。朝食の時間には颯の笑い声が響き、大翔の軽快なツッコミが飛び交い、他の住人たちはその勢いに巻き込まれるのが日常だった。
だが、今日の二人は違った。
朝食の席に着いても、ろくに口を開かない。目が合うとサッと逸らし、そそくさと食べ終えると、誰よりも早く席を立った。
「……おい、なんか今日のあいつら、変じゃね?」
最初に違和感を口にしたのは隼哉だった。コーヒーカップを傾けながら、二人の去った方向をじっと見つめる。
「確かに。いつもの元気がないというか……コソコソしているというか。」
晴也も頷き、食事を続けながら考え込む。
「いや、アレは何か隠してる顔だろ。」
慎一が新聞をめくりながら呟いた。
「何かって……悪いことじゃないよな?」
凌生が少し不安げに眼鏡を押し上げる。
「悪いことなら、もっとバレないようにするんじゃない?」
慎一が肩をすくめる。確かに、あの二人は何かを隠すのが下手だ。だが、ここまで露骨に挙動不審となると、逆に気になる。
「問い詰める?」
「いや、しばらく様子を見よう。どうせ隠し通せないだろうし。」
そう結論づけ、住人たちはそれぞれの日常へと戻った。
しかし、その日の午後。
廊下を通りかかった慎一は、微かに聞こえるヒソヒソ声に足を止めた。
「それ、ほんとに大丈夫か?」
「わかんねぇ……でも、たぶんイケる!」
どう聞いても怪しい会話だった。慎一は静かにドアの前へと歩み寄り、そっと耳を澄ます。
「いや、やっぱりバレる前にどうにかしないと……!」
「うおっ!? 針刺した! いてぇぇぇ!!」
何やら裁縫に関する単語が飛び交っている。
「……針?」
慎一はドアを軽くノックした。
「お前ら、何やってんだ?」
「!!!」
室内で何かがバタバタと慌てる音がした。
「い、いや、何も!? 何もしてません!!」
「お前らがそう言うときは絶対に何かあるんだよ。」
慎一が呆れながらドアを開けると、そこには——
「……なんだ、それ?」
テーブルの上に広げられた色とりどりの布切れや糸。毛糸、針、ボタン。
そして——編みかけの小さな靴下。
「……手編み?」
慎一が目を丸くする。
「う……見られたか……」
颯が頭を抱える。
「これ、もしかして……?」
「……実は、凌生のために作ってんだ。」
大翔が気まずそうに打ち明けた。
「凌生がこの前、寒そうにしてただろ? もう春も近いってのに、まだまだ冷え込むじゃん?それ見て、なんかしてやれねぇかなって。」
「……それで靴下?」
「うん。既製品買うのもいいけど、せっかくなら手作りしてみようかなって思って。」
「……それで、初心者二人で?」
「……うん。」
慎一は呆れたようにため息をついた。
「そりゃ、挙動不審にもなるわ。」
「笑うなよ! 真剣なんだぞ!」
「いや、むしろ感心してる。お前ら、案外優しいところあるよな。知ってたけど。」
その後、騒ぎを聞きつけた住人たちが続々と集まり、結局、秘密はあっという間にバレてしまった。
「いやー、お前らがこんなことするなんて意外!」
「うるせぇ! バカにすんな!」
「バカにしてないよ! でも、出来上がりが楽しみ。」
「ちょっと待て、完成したら俺らのも頼んでいい?」
「無理無理無理!! これだけで手一杯!!」
てんやわんやの末、手作り靴下は無事に凌生の手に渡った。
「……ありがとう。大事にする。」
照れくさそうに呟く凌生を見て、颯と大翔はどこか満足げな顔をしていた。