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six socks  作者: AI子
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ランニングの理由

 春の気配が濃くなってきた最近、井田晴也は新たな習慣を始めていた。


 もともと、彼は毎朝のストレッチを欠かさないタイプだった。シェアハウスのリビングや自室で、黙々と体をほぐし、筋肉を目覚めさせるのが日課。だが、それだけでは物足りなくなってきた。


「……そろそろ外走るのもいいかもな。」


 そう思い立ち、ある朝、ランニングウェアに身を包んで外へ出た。


 最初は軽く近所を回る程度だったが、徐々に距離を伸ばし、今では遠くの公園まで足を延ばすのが定番になっていた。公園の中を走ると、木々の新芽が日に日に膨らんでいくのがわかる。朝の冷たい空気が心地よく、体が温まると自然と気持ちも引き締まる。


 それだけでも十分に良い習慣なのだが、晴也にはもうひとつ、この公園に来る理由があった。


「……今日もいるか?」


 公園の片隅、ちょうどベンチの近くにある茂みのあたり。そこに、たまに顔を出す猫がいる。


 最初に気づいたのは、一週間ほど前のことだった。


 ランニングの途中、水を飲もうと立ち止まったとき、ベンチの下でじっとこちらを見つめる視線に気づいた。灰色と白のまだら模様をした猫が、丸まってこちらを見上げていたのだ。


「……お前、ここに住んでんのか?」


 猫は返事をするわけもなく、ただじっと瞬きをしただけだった。だが、敵意がある様子もなく、そのままのんびりと座っている。少し離れたところに誰かが用意したらしい小さなエサ皿と水の器が置かれているのを見て、地域猫なのだろうと察した。


 それ以来、ランニングのたびにその猫の姿を探してしまう。日によって姿が見えないこともあるが、出会えたときはなんとなく得をした気分になった。


 そんな話を、ある日シェアハウスで何気なく話したところ——


「えっ、猫? 俺も会いたい!」


 と、鳴渡颯が目を輝かせた。


「……お前、走れるのか?」


「走るくらい余裕だろ!」


 颯の自信に満ちた言葉を聞き、晴也は「まあ、いいか」と一緒に走ることを承諾した。


 そして翌朝——


「おい、颯、ペース大丈夫か?」


「だ、大丈夫……っ! ぜぇ……はぁ……!」


 言葉とは裏腹に、颯はすでに息を切らしていた。


「一応初心者向けにペース落としてるんだが……」


「いや、俺もそう思ってた……けど、意外とキツいな……!」


 普段、颯は活発な性格だが、運動習慣があるわけではない。特に長距離走は苦手だった。


「もうちょいで公園だ、頑張れ。」


「うぉぉ、猫のために……!」


 最後の力を振り絞るように、颯は必死に走った。


 ようやく目的の公園にたどり着くと、颯は膝に手をついてゼェゼェと息を整える。


「……で、猫は?」


 颯が周囲を見回すが、肝心の猫の姿がない。


「……いねぇな。」


「えっ!? なんで!? いつもいるんじゃないのか!?」


「猫は気まぐれだからな。」


 颯の落胆する顔を見て、晴也は肩をすくめる。


「そんな……! せっかく走ってきたのに……!」


「まあ、こればっかりは仕方ない。」


「いや、諦めたくない!俺、探す!」


 颯は勢いよく立ち上がり、公園の中を歩き回り始めた。


「おい、疲れてんじゃねえのかよ。」


「猫に会えるなら、疲れなんて吹っ飛ぶ!」


 晴也は呆れつつも、付き合うことにした。


 二人で公園の隅々を探し、茂みの間やベンチの下を覗き込む。だが、猫の姿は見当たらない。


 諦めかけたそのとき——


「……晴也! いた!!」


 颯の声が響いた。


 彼の指差す先を見ると、奥まった場所に小さな猫の集団、密会、会議中。日向でのんびりと毛づくろいをしているもの、うとうとしているもの、じゃれ合って遊んでいるもの——など、数匹の猫が自由気ままに過ごしていた。


「すげぇ……!こんなにいたのか……!」


 颯は目を輝かせ、嬉しそうにその場にしゃがみ込む。


「よかったな。」


「うん! これなら走った甲斐があった!」


 颯の喜ぶ顔を見て、晴也は少しだけ口元を緩める。


「さて、じゃあそろそろ戻るぞ。次はもうちょい鍛えとけ。」


「え、次も行っていいの!?」


「颯が体力がついたらな。」


 颯は「それはちょっと、時間がかかるな」と、嬉しそうに笑い、再び猫たちの方を振り返る。


 こうして、晴也のランニング習慣には、時折颯が加わることとなったのだった。


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