空き時間
大学の広い構内を歩く後ろ姿が二つ見える。
ヒョロくて少しチャカついた格好とジャージ姿の二人組。
隼哉と晴也だ。二人の紹介はのちのちに、少しずつ、徐々に解き明かされていくし、解き明かされないかもしれません。
講義が終わった後、次の講義までには約一時間の空き時間があった。二人は普段ならそのままカフェに行くか、図書館で勉強することが多いが、今日はなんとなく気分が違った。違うというよりは、気分が乗らなかった。やる気が起きないのだ。今までどこから湧いてきたのか、やる気が行方不明なのだ。
「さて、どうする?」
晴也が時計を見ながら言った。
「まだ一時間もあるし、どこかで時間潰さないと」
隼哉はカバンを肩にかけたまま、視線を無駄に動かして周りを見渡す。講義に間に合うように小走りで駆けていく者。早い昼食を食べている者。まじで何をしているのか分からない者など、いろんな人を見渡した。
「うーん、図書館行くのもつまんないし、カフェも混んでるしな…」と、何も決まらない様子で隼哉が言った。
晴也は少し考え込み、
「じゃあ、外のベンチでも座ってボーっとするか?たまには、何も考えずに過ごすのもアリかも」
と言った。
晴也からの提案に隼哉はすぐに賛成した。
「おお、いいね!どこかのベンチで座ってダラダラするかー」
二人は大学構内の芝生広場へ向かって歩き出した。春の陽射しが心地よく、風が肌を撫でる。その場には他の学生たちもちらほらと見かけるが、全体的にゆったりとした雰囲気が漂っていた。
ベンチに座ると、隼哉はすぐに両手を頭の後ろに組んで背もたれに寄りかかる。
「なんか、こういうのって心が落ち着く」
「そうだな」
晴也もベンチに腰掛けると、少し遠くを見つめた。
「たまにはこうやってただボーっとして過ごすのもいいかも、普段はついつい時間に追われてる感じがする」
隼哉は晴也を横目で見ながら、にやりと笑った。
「お前、意外と真面目だから、そんなに勉強ばっかしてると、疲れるだろ?」
晴也は苦笑して、少し照れたように顔を赤らめた。
「いや、別にそんなことは」
「いやいや、晴也がベンチに誘うなんてめっちゃ珍しいから、なんかあった?」
「なんか、か、とくにあるわけじゃないけど、新学期でいろいろバタバタしていたからボーっとする時間が欲しかった、ってのじゃダメかな?」
「いいんじゃない?無駄に思える時間が実は一番大事だったりするんだぞ!何も考えずに過ごすことで、頭もリフレッシュするし」
「まあ、確かに」
晴也は少しだけ考えた後、目を閉じて深呼吸をした。
「リラックスすることも大事だよな」
隼哉は空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「俺、たまに、たまーになんだけどさ、こうしてボーっとしてたりするんだけどさ、なんか色んなことを思い出すんだ」
「思い出す?」
晴也が質問すると、隼哉は目を細めて答えた。
「うん、昔のこととか、今のこととか、自分がやってきたこととか、やりたいこととか、んで結局はこんな時間も悪くないなって過ごすんだよ」
「お、それ、ちょっと哲学的」
晴也は笑いながら言った。
「でも、確かにたまには自分のことをじっくり考える時間も必要かもしれない」
隼哉はふっと笑って、肩をすくめた。
「そうだろ?それに、ただのんびりするのもいいもんだよ、お前も、そんなに毎日頑張りすぎなくていいんじゃないか?」
晴也は隼哉の言葉に少しだけ頷くと、横に座っている隼哉の顔を見た。
「…お前、実はいいい奴だよな」
隼哉は大げさに手を広げてみせた。
「当然だろ!俺、最高の相棒だもん!」
二人はそのまましばらく静かに座り、風の音や周りの学生たちの声を耳にしながら、何も考えずに過ごした。周りでは芝生に寝転がる学生や、友達と話しながら歩く学生たちが見受けられた。その景色を眺める隼哉と晴也も、だんだんとその中に溶け込んでいくような気がした。
「こういうの、悪くない」
晴也が改めて言った。
「無駄な時間に見えて、実は一番大事な時間だったりするのかもな」
隼哉はにっこりと笑って言った。
「そうだろ?じゃあ、次の講義まであと三十分くらいだし、ちょっと目瞑る、時間になったら起こして」
「分かった」
晴也は静かに頷くのを確認すると、準哉は静かに目を閉じた。心地よい風と陽射しを感じながら、何も考えずに過ごすひとときを満喫している。
その時、隼哉が目を開けて突然、ポケットから何かを取り出して言った。
「あ、そうだ!お前、これ食べる?」
「何だよ、それ」
晴也が目を開けて見ると、隼哉の手にあるのはコンビニで買ったお菓子だった。隼哉はふんわりと微笑んで、
「暇つぶしにっていうか、小腹にちょうどいいだろ?」と渡してきた。
晴也はしばらくそのお菓子を見つめた後、軽く笑って受け取った。
「ありがと、隼哉」
「いいってことよ」
隼哉は豪快に大きく伸びをしながら、満足げに空を見上げた。
「こういう時間が大事なんだよ」
晴也はお菓子を一口食べて、隼哉の言葉を噛みしめた。確かに、ムダに思える時間が、実は大切なことを教えてくれる瞬間かもしれない。