渉猟のひととき
50にも上る応募作品を全部精読していたら、いくら時間があっても足りない。選考のプロとして、効率よく審査を進めなければならない。
亀太郎は、手始めに50作品のタイトルが並んだリストを眺めた。なにはともあれ、タイトルの第一印象というのが、やっぱり一番大事なのだ。ここでピンと来るものがなければ、作品として中身がどんなに優れていようとも、選ばれることもなく、本の大海に埋もれてしまう。
今の時代、書店などに足を運ぶ好事家は少なくなってきているが、店内をぶらぶら歩きながら、背表紙の文字を追っていくのは、読書人の楽しみとして非常に大事な部分ではないだろうか。というか、それこそが読書の「前戯」として最も大切にしなければならないプレイといって過言ではない。
近所の大型書店「知遊堂」で折々、タイトルの妙を感じさせる本との出合いを求めて渉猟を楽しむ亀太郎。最近、名タイトルとの邂逅がとんとご無沙汰になっていることに一抹の寂しさを覚えていた。店内で一番目立つ新刊コーナーに平積みされた本どもを眺めれば、ただただダラダラと長いだけの訴求力に欠ける代物であふれかえっている。店に一体何冊の本が並んでいるのか確たる数字は知らないが、まあ、99パーセントはこけおどしの糞本で間違いあるまい。
というような考察を展開しながら、タイトルリストに並んだ50の作品名を目で追っていく。
ついでに作者名にも、注意を払う。ずばり本名を書いてきている自信家がいる。人気作家をもじったようなペンネームもある。これは覚えのある名前だな……あれっ? この名前は、かつて亀太郎が「小説家になろう」でペンネームに使っていた名前とちょっと似てるじゃん。
作者名は「ヴィルヘルム秀夫」。作品名は「跳んで、コンスタンティノーブル」。
亀太郎は、名前をしっかり確認して、胸がズキュンと高鳴っちゃった。テヘへ。