もうすぐ定年
さっきまで、」何を考えていたのか、思い出すために、一つ前のエピソードを読み直してみようかとの考えが、チラリと胸をよぎった。
やっぱり面倒なので、思いとどまって、うっすらした記憶を頼りに自分の名前が、なんであったかを思い出そうと努力する。と、亀太郎かもしれない。
亀太郎は、中々進まない時計の針を見上げ、中々進まないとあれほど歯がゆい思いを募らせていたはずなのに、こうして、文章に、針は中々進まないと、書き出した途端に、針は飛ぶように進みだしてギョッとする。
もう、仕事終えて帰り支度をしなければならない、時刻になった。
天気は回復するという予報だったが、いかんせん、ビルの壁を通して、グオウ、グオウという低い風のうなり声が耳に入ってくる。威嚇音に逆におびきよせられ、椅子から立ち上がり、亀太郎は窓辺に近づいた。
ブラインドを薄く、つまみ下げて、3階の窓から、前の駐車場の様子をうかがう。
常夜灯のオレンジに照らされた、アスファルトの黒光りのそこかしこに、水たまりが震えている。ように見えたのは、横殴りのみぞれがたたきつけているせいだろう。
このような、風景描写を続けている間にも、時計の秒針は、容赦なく歩みを進めている。
亀太郎が指を離すと、ブラインドはシャカンと閉じた。