恋は実らないけれど② 蓬々の家の璃音姫Side
私たちは数ヶ月一緒に青桃菊棟に暮らした仲なのに……。
最後をこんな風に迎えるなんて、思いもよらなかった。よりにもよって、私だけが青桃菊棟では残るのだ。
私たちは泣きながら、別れを惜しみ、再会を誓った。
「月季の誓いは永遠よ」
邑珠姫と茉莉姫は互いに言い合って泣いていた。
入内した頃、私たちが青桃菊棟で初めて会った頃、前宮の庭には美しく鮮やかなピンク色の月季が咲いていた。
「入内した頃に青桃菊棟の庭に咲いていた月季のこと?」
私は泣きながら2人に抱きついて泣いた。
茉莉姫のしぶとさにはまいった。だが、見上げた根性をしているのは認める。
赤い竜に乗って清宮に戻ったとき、彼女を見た時の衝撃はとてつもなかった。しかも格好がかなりスケスケだったし……。
あれが激奈龍を騙すための一つの方策だったとは……。
ドン!
ドドン!
ドドン!
夜空の向こうで星が降るような花火が上がっていた。
とても艶やかで、雪の積もる極華禁城が美しく浮かび上がった。幻想的だ。
だが、私の恋心は実らない。
皇帝と先帝は亡くなった人を弔う意味で宴は開かず、静かに冥福を祈っていた。
私たちの宴に花蓮と鷹宮がやってきて、お似合いの2人を見ていたらだんだんさらに腹が立ってきた。
泣きながらやけ酒が進む。
明日は、洗濯場に酒臭い状態で行く羽目になるな……。
私がやけ酒を飲んでいる横で、茉莉姫と今世最高美女がやりとりしていた。
「邑珠あのお方のことは本気ですの?」
「ここでそのことは……」
「だってあなた選抜の儀は失格なのでしょう?明日にはここを去るのよ。もう会えないわよ」
「茉莉、あなたって人は」
「花武皇子、邑珠は明日前宮を引き払います。あなたの本気で惚れたと言うのは……」
「まあり!」
「今世最高美女は引く手あまたですのよ?鷹宮さまは花蓮さまにぞっこんでいらしていて、何も邑珠がだめだったという話ではないのですわ」
「まあり!」
そうそう。
鷹宮は花蓮にぞっこんだ。
花蓮もね。
私は一人で酒を煽った。
今日は皆が無事で本当に良かった。
奇跡の連続のようにうまく行った。
私の胸にあの秀麗な顔の激奈龍の若者のことがよぎった。彼はなんと鷹宮に磨崖で縛り上げられたのに、そこから逃げ出したらしいのだ。雅羅減鹿と赤目の赤劉虎将軍は大丈夫だったのに。
あいつ、最低なやつだったな。
二度と会いたくない。
あんなやつに会わぬよう、私はこのまま洗濯場と前宮だけを行き来して選抜の儀をやり過ごそう。
恋は人をおかしくする。
茉莉姫が私を天守閣から突き落としたのは間違いない。
彼女は牢に入れられた。
彼女はものすごく反省していた。
許せるか許せないかで言うと、許せるかは微妙だが、少なくとも茉莉姫は反省していて、私は無事だったということだ。
茉莉姫はお子をみごもっていると思う、と花蓮がこっそり私に囁いた時は驚いた。
赤い竜はそう言うのが分かるようだ。激奈龍の皇帝の血を引く子を茉莉姫がみごもると言うのは、予想外過ぎた。茉莉姫の咎が残っていて、処遇について皇帝と皇后が話し合うとしていたが、明日父上と母上が私に苦言を呈しにやってきた時に彼女のことも相談しよう。刑が終われば尼寺に行くつもりだという茉莉姫を止めて、うちで面倒が見れないかを相談するのだ。
直感的に茉莉姫は先が長くないのではないかと私は思った。こういう私の直感はよく当たる。
「璃音姫、今日は具合が悪くてずっと寝ていらしたのでしょう?」
優琳姫が私を気遣ってくれた。彼女は頭の回転が早い。いつか私が美梨の君と同一人物だと気づくかもしれない。ついでに、梅香であることも。
少し離れた席から花武皇子が声をかけた。
「邑珠姫!」
意を決した様子の花武皇子は今世最高美女の手を取った。
彼はひざまずいた。
えっ!
うそっ!
そこにそっと鷹宮が私の横にきて囁いた。
「本気だな、あれは」
すぐそばに花蓮もやってきて、私たちは一緒に見守った。
「あなたに結婚を申し込みたい。邑珠姫」
今世最高美女は顔が真っ赤になった。少しお酒に酔っていたので、目がトロンとしているが、驚きで何度も目をしばたいている。
可愛いな、邑珠姫……。
「え、え……そ……の、わた、しは……!」
「私と結婚をしてください。あなたは秦野谷国の時期皇帝である私の妃となっていただけますか。私と共に秦野谷国で生涯を過ごしてください。あなたをどうしようもなく愛しているのです」
邑珠姫は泣き出した。
「私のことをお好きなのですか?」
「もちろん、大好きだ。私の妃はあなた以外に考えられない」
「そんなことが許されるのですか?私は法術を使います……」
「秦野谷国はそんなあなたを妃に迎えたいと考えています。法術を使おうと、あなたはあなただ。邑珠」
邑珠姫は泣きながら、小さな声で「はい」と答えた。
「いいのですね?私の妃で」
「はい、私は花武皇子の元に嫁ぎます」
二人が口付けを交わした。
私たちは胸が震える思いでその光景を見ていた。
茉莉が泣いていた。嬉しそうだった。
とにかく、今日はとても長い一日だった。
「前宮で天蝶節を迎えることができる姫たちは、あと何十年かたたなければ存在しないのよ。私たちには二度とこの機会がないのね……ちょっと寂しいような晴れがましいような……」
そうだ。
このとても格別なひとときを私はこの姫たちと過ごしたのだ。それはとても幸せなひとときだった。
前宮で天蝶節の花火を見るのは、流れ星を見るより難しくて確率が低いことだ。
まもなく淡いピンク色の桜が咲くだろう。
雪の帽子うっすらとかぶった極華禁城と花火は、想像した以上の美しさだった。桃の木やレンギョウの木に積もったままの雪は明日には消えるだろう。
桜が咲き、桜が散るだろう。季節が巡り、新たな恋が私に訪れることはあるのだろうか。
私の入内は、恋は実らなくても予期せぬ展開となった。




