恋は実らないけれど 蓬々の家の璃音姫Side
天蝶節の花火はとても艶やかだ。
今宵の花火は格別だ。
爛々の家の優琳姫が用意した特別なお酒を、磁丹と優琳姫の侍女の寧凪がいそいそと運んできてくれた。今日亡くなった人を弔うためもあって静かな宴だったが、花火だけは次から次に真っ暗な夜空に色鮮やかに広がり、華やかで綺麗だった。
私は酔っている。
やりきれない思いで一気に美味しいお酒を飲んでいる。
鷹宮が青い竜の福仙竜の主だと判明し、やはりあの二人は番であったかと、落胆するような嬉しいような思いで、どうしたら良いのか分からない。
あぁ、モヤモヤする。
この気持ちはなんなんだ……。
赤い竜の主である花蓮と鷹宮が番に思えて仕方がないのだ。
運命の相手というやつだ……。
私につけ入る隙がないのはそりゃ分かっている。
私がつけ入ろうなどとは思ってもいないが、親友と最愛の人が番だとは、喜んでいいのか泣いていいのか分からない。
複雑だよ……。
ドドン!
パーッ!
花火の音と共に、私の盃は進んだ。
「綺麗ねぇ」
蓬々の家の璃音姫として私は宴に参加していた。皇帝の粋な計らいで、その夜は私たちも前宮から移動が許された。
天守閣ではなく5階だ。
大きく張り出した窓から花火を眺めることができる温かい部屋だ。お酒を運ぶのが磁丹たちは大変だったとは思うが、それはそれは美しい眺めを堪能できた。
優琳姫と呵楪姫も幸せそうにお酒を飲んで花火を眺めていた。
誰にとっても特別な夜だった。
冥々の茉莉姫の参加も認められた。彼女の衣は今世最高美女の邑珠姫がいそいそと汐乃と一緒に用意した。肌の露出が多い衣装を脱ぎ去り、彼女は私たちがよく知る茉莉姫の姿に戻ったが、茉莉姫はずっと泣いていた。
「美梨の君になんと謝れば良いか……」
茉莉姫は先ほどまで美梨の君と一緒にいた時は、奏山を追い詰めるのに無我夢中で、謝るどころではなかったようだ。彼女は、今目の前にいる私が美梨の君だとは気づかない。
そんなに泣かなくてもいいって。
それにしても明日、私の父上と母上が宮廷まで急ぎ駆けつけてくるらしい。私は鷹宮と一緒に説教を喰らうことになっていた。
最近、兄である燕琉が羅国で不穏な噂を聞きつけて留学から戻ってきていた。激奈龍が近々何か攻撃を仕掛けてくるという噂を聞きつけたらしい。しかも、かなり確かな噂だということだった。
そこに唐突に、邑珠姫から天蝶節の花火のお誘いの文が美梨の君宛の文で届いたらしい。
兄は文を見ていよいよ変だとなった。
そもそも、美梨の君として私が前宮を動き回っているのは蓬々の家には秘密だった。選抜の儀第1位で鷹宮に恋焦がれているはずの邑珠姫が美梨の君をなぜ慕うのかということも怪しまれた。
私の兄の燕琉が花蓮姫の兄の理衣の君に相談したところ、理衣の君は今世最高美女と誉高い邑珠姫に夢中だったことから、邑珠姫が選抜の儀の最中にそのように他の殿方に心を移すなどといったことがあるはずがない、何かの陰謀であると断じたそうだ。
今回、美梨の君を邑珠姫が想っている想定で……そこは信じ難いのだが……。私の兄の燕琉が美梨の君だと信じて疑わない激奈龍側は兄を拉致しようとして失敗したらしい。
兄である燕琉は、私が美梨の君だと当然知っているわけである。何か国を揺るがす騒ぎに私が巻き込まれたのではないかと心配でたまらず、急ぎ鷹宮に大変なことが起きていると告げにやってきたらしい。
当の私は急な頭痛で寝込んでいる設定だったので、会えなかった。とは言っても入内した姫は兄といえども簡単には会えないのであるが。
先ほど清宮でお会いしたが、兄の燕琉には散々嫌味を言われた。
美梨の君として兄と対面するのは気恥ずかしかったが、兄は私の正体を黙ってはいてくれた。ただ、他の皆は燕琉こそが美梨の君の正体だと思っていたために、よく考えればおかしいと思ったはずだが、起きた事件が事件だっただけにそれどころではなかったのか誰も何も言わなかった。
しかし、先ほど、私と鷹宮は皇后に呼び出されて説教されたのだ。
「私も見ぬふりをしておりましたが、蓬々の家に嫁いだあなたの母である春音はそれはもう立腹しています」
春音とは皇后の妹で、私の母上だ。
「璃音は入内する時に、鷹宮の妻になると宣言して入内したのでしょう?ならば、男装などしてあちこちフラフラ彷徨くことなどせず、選抜の儀第3位の姫らしく役目を全うすべきです。美梨の君などと名乗って男装しているから、羅国の企みに巻き込まれた冥々の茉莉姫に天守閣から突き落とされるなどと……云々。鷹宮も美梨の君として歩き回るのを許しているのもおかしい、云々」
皇后の説教はかなりの時間続いた。
というわけで、明日父上と母上の激しい雷が明私に落ちるのは避けられず、私のやけ酒はさらにすすんだ。
はは……。
梅香の事はバレていはいない。
だから、侍女として歩き回ることはできるわけで……。
「当分、おとなしくしていた方がいいぞ」
花武皇子と柳武皇子が私に囁いた。
特別に、秦野谷国の柳武皇子と花武皇子も宴への参加が許されたのだ。異例中の異例だが、貢献度から考えると、御咲の国から招待当然の立場であった。
あぁ、私の正体を知る人が一気に増えたな……。
秦野谷国の皇子2人に正体がバレたことを思い出すと、さらに大きなため息が出た。
だいたい、今日あったあの秀麗な顔つきの激奈龍のやつにも正体がバレたし……。
あいつはなんなんだ。
柳武皇子は呵楪姫のことをいたく気に入ったようで、何かと世話を焼きたがっていた。彼は嫌味もなく、さっぱりとした性格のようで、良いお方だということは分かっていた。今までなぜ婚姻をなさらなかったのかをさりげなく聞いてみると、良い方に出会わなかったのと、振られたからといっていた。花武王子もその通りと静かに肯定していた。
選抜の儀失格となり、明日去ることになった邑珠姫と、既に失格になっていた茉莉姫も今宵の花火を一緒に楽しんだ。
結局、私はひどく酔っ払って泣いた。
今世最高美女ともお別れだ。