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さよならの季節 楊飛皇子Side

 流石にまずい!

 これはないっ!



 俺は額に滲む脂汗を拭って、雪が溶けた石畳みを必死に走った。



 なぜバレたのだろう。

 今世最高美女は頭が良すぎなのではないだろうか。



 噂とまるで違った。

 夜々の家の邑珠(ゆじゅ)姫は気位が高いという評判と、信じがたいほどに美しいという評判しかなかった。



 だが、今世最高美女は法術が使えた。

 御咲の国は皇族の妃に花法術を使うことを断じて認めていない。つまり、あの選抜の儀第1位の邑珠(ゆじゅ)姫は違反をしていたことになる。



 選抜の儀は失格となるだろう。

 邑珠(ゆじゅ)姫はそれでも構わぬとばかりに法術を繰り出した。



月季(こうしんばら)の誓いね?』



 最後に確かに邑珠(ゆじゅ)姫は茉莉(まあり)姫にそう聞いていた。俺には何か全く分からないが、その時邑珠(ゆじゅ)姫には全てのからくりが読めたようだった。



 茉莉(まあり)姫と邑珠(ゆじゅ)姫の間で無言の合図がかわされたと思う。


 数十年に一年だけ開かれる青桃菊棟に住める姫君はただ者ではない。それは宦官として前宮に潜入した俺にもよく分かる。


 だが、『月季(こうしんばら)の誓いね?』の意味はさっぱり分からなかった。



 おかげで計画は全て台無しになった。

 失敗した。



 気が動転して行き先が分からない。

 立ち止まることは恐怖を生む。

 追手は絶対に俺を許さないだろうから。

 俺の計画は完璧で正体はバレないように入念に潜入したはずだ。


 賭場通いは悪かったが、言葉も完璧で誰にも怪しまれずに極華禁城に潜り混んでいたはず……。




 正面切って攻めるだけがやり方ではないと父上を説得して進めたのに、死にものぐるいの敵に追われる羽目になった。



 俺は振り向いた。

 不気味なほど鎮まり返っていた。

 とにかくここから一刻も早く逃げるんだ。

 だが、城がデカすぎて道が分からない……。



 俺は焦って走った。

 全身から汗が溢れ出た。

 極華禁城は門が多い。

 通行を阻む門が多すぎる。

 門ではどこに行くにも通行証を問われた。

 部屋数の総数は620を超えるというが、まるで巨大な迷路のようだ。



 迷路は赤い屋根と白い壁の組み合わせで同じような通路が広がり、夢の中で焦って逃げているかのように行けども行けども抜け出せないように見えた。



どこかの門で止められる可能性はあるが、まだ俺が犯人だとは通達が来ていないのだろう。



 門では慌てふためいて急いでいる宦官として通過できた。門番は選抜の儀に関して丞相に報告があるので支部尚書を探していると言うと通してくれた。



 ただ、清宮で上がった紫の狼煙のせいで、どこもかしこも厳戒体制で兵の数が多い。



 俺を捕えろという指令が届く前に逃げきらなければならない。



 焦って足がもつれて勝手に転んだ。

 俺は必死で立ち上がって走った。

 


 くっそ。

 この宦官の服が邪魔だ。

 歩きにくい靴も邪魔くさい。


 この極花禁城が迷路すぎる。

 巨大すぎる。

 なぜこれほどまでにデカい迷路が必要なのか……疑問がある。


 俺みたいな謀反を起こすやつを簡単に取り逃さないためか?



 時鷹と永鷹は地下通路から逃げたのだろう。

 今日は影も形も見えなかった。

 皇帝にとってあらゆる意味で都合良くできているのが、この迷路ということか。



 しっかし……。

 茉莉(まあり)姫のやつ、うまくやりやがった。



 あいつの根性は見上げたものではあったぞ。褒めてやろう。


俺のモノになるのは拒んだ癖に、御咲をモノにする計画には積極的だった。それも全て計算ずくだったというわけか。



 大体親父を骨抜きにして手玉に取った高貴な姫だ。普通の姫ではないことに気づくべきだった。


 俺の計画では鷹宮をあっさり殺せるはずだったのに。

 

 それも俺の手をよこさずに。



 あぁ、結果は散々だった。

 今日はことごとく邪魔された。

 俺が皇子でありながらわざわざ宦官になりすまして耐えていたのに、なぜこんなことになるのか。


 天蝶節を狙って全てを計画したのは俺の案だ。直接は俺は手を下さない案だ。仮に失敗しても俺は安全なはずだった。鷹宮の傷物妃が殺される。時鷹と永鷹が鷹宮の五色の兵に不意を突かれて殺される。法術で指令を仕込まれた今世最高美女が傷心の鷹宮に近づくのは必然だ。そのうち油断している夜の鷹宮の隙をついて鷹宮を殺める。計画が発動したら俺は全てにおいて傍観者で、直接手を下す必要がない。誰も俺の正体を知らないし、誰も俺を疑わない。既に俺は御咲の国の前宮に出入りを許されている宦官として数ヶ月過ごしているから。


 こんな完璧な計画が全て台無しにされた。


 ったく選抜の儀といものは!

 御咲の国の真の巨大さはああいう所にあるのかもしれない。


 幼い頃からの教育の積み上げというべきか。4か月ほどの潜入でしかなかったが、計画には半年あまりを要した。都合よく選抜の儀第2位の美しい姫が羅国と手を組んで鷹宮を籠絡しようとした事がバレて牢に入れられたと聞いた時は小躍りして喜んだものを。


 羅国が目をつけた選抜の儀第2位の姫を利用して、最後に美味しい所だけ頂こうとしたのだが、羅国以上に踏み込んだ計画を激奈龍にさせてしまった。皇子としては最悪にまずい立場なのは間違いない。



 あぁ、まずい。


そもそも父上は反対していた。

 この失敗は相当まずい。



 額の汗を拭った。


 よし、外和殿の次の養宮を抜けた。

 次は右に行くんだ!

 蔵を目指すんだ。

 頑張れ。

 楊飛、がんばるんだ、あと一息だ。



 いざという時のために色々仕込んでおいた。とにかく衣蔵を抜けて酒蔵まで辿り着ければ、なんとか……。



 俺の進退をかけて赤目将軍やら雅羅(がらあ)らを投入したのに。

 大体、俺自身が宦官として過ごしたのになぁ。聞いた事もないぞ。皇子自ら隣国の宦官として数ヶ月も潜入した話は。



 そういえば!


 俺は秦野谷国の皇子の事を思い出してハッとした。


 花武(けいむ)のやつを俺は前宮に通した記憶があるぞ?

 頭巾被った鷹宮を見たのは今日が初めてじゃない。あれが、全部秦の術を使える皇子だったとは、危なかった。しかも黄色い竜の主だった。秦野谷国を攻めるのは無理だろう。世継ぎがあのレベルに達しているならば、国に乗っ取りは諦めるべきだ。



 しかし、出生の秘密でもあるのか。

 鷹宮と花武は驚愕レベルを超えて、腰が抜けるほど瓜二つだった。

 あいつらどう見ても双子か何かだろう。

 いや、それはないな。

 そもそも年齢が違う。

 じゃあ、兄弟だな。

 そうだ、父親が両方永鷹なのか……?

 秦野谷国の妃が浮気した……?

 いやいや、そんなことできるの?


 

 いやぁ、わからん。


何故あの次元までにそっくりな奴が存在するのだ?

 


 計算違いがたくさんあった。

 もう、俺はもう長くは生きられない気がしてきたが、諦めない。


 大体赤い竜。

 あいつなんだよ……。

 間近で見たら心底怖かった。

 

 いや、女はそもそも怖い。


 茉莉(まあり)のやつ、肝が据わってたなぁ。

 完璧に俺らを騙したことになるが、激奈龍の皇帝を騙すかなぁ。信じられない。

 異常なほどに鷹宮への忠誠心が半端なかった。

 だって、御咲の牢にぶち込まれていたのにだ。

 茉莉(まあり)姫を激奈龍が助け出してやったのに、自分を牢にぶち込んだ奴らを救うのだから、普通では考えられない。

 それも自分の命をかけてだ。



 どう振り替えっても茉莉(まあり)姫はいい女だったなぁ。とっくに死んだだろうが。

 梅香の奴もいい女だったなぁ。


 今世最高美女も信じがたいほに綺麗だった。



 蔵まであと一息だ。



 うわっ!


 

 急に目の前に茉莉(まあり)姫本人が現れて、俺は驚いた。

 

 思わず法術を使っつ飛び上がったが、赤い竜が尻尾を振り回したので、勢いよく地面に落下して激しく尻を打った。


 まだ生きていたのか?

 『月季(こうしんばら)の誓い』とやらを胸に無念の死を遂げたはずでは?




 くっそくっそくっそ!


 俺はすかさず法術で攻撃した。激奈龍の最高レベルの法術の訓練を受けた俺が負けるはずがない。吹き出す汗で視界がかすむほどだったが、俺は構わず攻撃を続けた。

 今世最高美女も法術を繰り出してきた。強すぎる。



 赤い竜が本気で俺をどうにかしようとしてきた。極華禁城の赤い屋根に赤い煌めく竜はよく似合っていた。




 綺麗な姫たちは強過ぎた。御咲の国に攻撃を仕掛けてはならぬというのが良く分かった。


 父上、反省していますから、許してください……。


 俺は突然目の前に現れた姫たちに次々と法術をかけた。死に物狂いで最高級の法術をかけた。



 のたうち回って皆死ぬがいい。


 俺の手中に収まれば、いい暮らしをさせてやったものをな!


 一人ぐらい、俺の手中に……。



 巨大な外和殿の門を姫君たちの頭上に倒した。凄まじい地響きがして、一気に聳え立つ門が倒れた。


 赤い竜は間に合ったか分からなかった。



 ざまぁ。

 俺は激奈龍の楊飛皇子だ。

 簡単には捕まらない。



 なんとか準備した蔵から逃げおおせよう。

 茉莉(まあり)姫は今度こそ死んだろう。

 

 

 次の瞬間、俺の体は赤い竜によって吹き飛ばされた。



 雪を被る極華禁城の姿は、空から見ても幻想的でとても美しかった。城は巨大でどこまでも整然と広がって見えた。



 その先の都は今日は賑わいが格別だろう。屋台もいいし、賭場通いをしてのんびり過ごしたかった。




 俺の前宮潜入は、予期せぬ展開となった。




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