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さよならの季節④ 夜々の家の邑珠姫Side

 春はもうすぐだ。

 桜の蕾に雪が積もっている。 




 私はまだかろうじて生きていた。

 わずかに息ができるのを感じたが、動けない。


 とても怖かった。

 目を閉じたかったが、あまりに美しい竜がいて、目をそらすことができなかった。


 花武(けいむ)皇子は福仙竜の主だった。

 知らなかった……。


 

 福仙竜は煌めく美しい鱗を持ち、空を自由に飛び、万霊を掌握すると言う。特に赤と白の鱗を持つ竜は最上格とされ、赤い煌めく竜、正式には帝王紅碧火薔薇宝(こうへきかばらほう)と呼ばれる。


 黄色い竜は太陽のように輝き、赤い竜より格下だが、存在自体は非常に珍しく、過去の歴史を振り替えっても稀な存在だ。


 

 鋭い視線で奏山を睨む彼が両腕を広げると、桜の花びらが舞うような後光が差し込んだ。煌めく黄色い鱗を持つ竜が舞うように宙を縦横無尽に動いた。



 すぐ横に茉莉(まあり)姫が横たわっていて、私には彼女の綺麗で整った横顔だけが見えた。


 花武皇子が黄色い竜を呼び出して私を救おうとしてくれたのは分かった。


 茉莉(まあり)姫が生きているのか、生きていたとしても助かるものなのか、全く分からなかった。



茉莉(まあり)、いったい何があったの……?」



 私の目から涙が溢れて頬をつたった。


 私たち2人は鷹宮さまをお守りしたかった。

 永鷹さまをお守りしたかった。

 時鷹さまも。

 なのに。


 報われず、認められず、犬死にするのか。


 好きな人には一度も振り向いてもらえない。

 こんなに命懸けでお守りしようとして、自分があっけなく死んでしまう。


 私たちはそういうことのために懸命に生きてきたわけじゃない!

 

 私は泣いた。

 涙が止まらなかった。



「よ!待たせたなっ!花武(けいむ)!」



 渋い大人の魅力を漂わせた美丈夫の柳武皇子(りいむおうじ)が走り込んできて、花武皇子に謝った。



柳武(りいむ)、遅いぞ」

「わりい。五色の兵の法術を来る途中で全部解いてやってきたんだから許してくれよ」



 柳武皇子は優雅に笑った。悪いと心底思っているのか眉尻が八の字に下がっている。人の良さそうなお方だ。



 柳武皇子も法術がとけるの……?


 

 優琳姫が弓矢をはなち、柳武皇子(りいむおうじ)が秦の術を使った。黒い立体文字が五色の兵に降り注ぐのを私は見た。かなり強烈なようで、大量の五色の兵の動きが止まり、ぐったりとして床に伏せた。 



 私は何とか動こうとしたが、無理だった。

 

 体がうまく動かない。

 やっぱり死ぬのかなぁ。

 まだやりたいことが沢山あったの……になぁ。



 くよくよとそんな事を想っていると、突然、赤い煌めく竜が突然現れた。



 花蓮姫だ!



 最上格の帝王紅碧火薔薇宝(こうへきかばらほう)の威力は凄まじかった。私の胸の痛が消えたのだ。


 気付けば、私は呵楪(かちょう)姫に抱かれていたようだ。彼女の柔らかい胸を頭と首の後ろに感じて、思わず恥ずかしくなって起きあがった。姫に強い色香を感じてしまい、思わずこちらが恥じらうほどに力が満ちてきた。



「もう、大丈夫」



 呵楪(かちょう)姫はなぜか肩をむき出しだった。だが、彼女の衣の切れ端が茉莉(まあり)姫の止血に使われたのだとすぐに悟った。



「大丈夫?まあり?」



 私は真っ青な顔の茉莉(まあり)にささやいたが、彼女はぴくりとも動かず、ただただ眠るように目を瞑っていた。


 

 極華禁城には621もの部屋があるという。茉莉(まあり)姫は、どこかの部屋に最後の切り札として匿われていたのかもしれない。倒れる瞬間に、茉莉(まあり)姫の口から黒い文字が落ちたのを見た。あれが、茉莉(まあり)姫に向かったものが全て私に押し寄せる忌々しい悪の術だったのだろう。


 

 激奈龍の奇襲攻撃のことは、茉莉姫は真実を語れないようにされていたのかもしれない。



 かわいそうに……。



「なぜここに彼女が!?」



 赤い竜から降りた鷹宮さまは、床の上に死んだように横たわる茉莉(まあり)姫を見つめて、絶句した。冥々の家の茉莉(まあり)姫は牢に入れられた後に流刑にされたはずだった。それが急に、宮中の、しかも皇帝の居住に現れたのだから、驚くのも無理はない。


「なぜ茉莉(まあり)姫がっ!?」


赤い竜から飛び降りた花蓮姫と美梨の君は、絶叫するほど驚いて叫んだ。



 床に真っ青になって仰向けになって倒れている茉莉(まあり)姫に皆が気を取られているうちに、奏山が立ち上がってよろよろと逃げ出した。



「奏山の正体は激奈龍(げきなんりゅう)楊飛皇子(ようひおうじ)の可能性があるわっ!茉莉(まあり)姫に短剣を投げて殺そうとしたのよ!」

 


 私は指さして叫んだ。


 悔しかった。

 色んな思いが込み上げてきて涙が溢れた。


 彼女は激奈龍の皇帝の愛人に嫌々なったのだろう。意に染まぬ相手にわざと体を許してでも、敵の攻撃から御咲の国の鷹宮さまたちを守りたかったのだろう。

 


「少なくとも、茉莉(まあり)姫と邑珠(ゆじゅ)姫をこのような状態にしたのは奏山です!」



 泣きながら優琳姫が言った。彼女は弓矢を持って奏山を追って行こうとした。



「待って!1人で行ってはダメよ。奏山はとんでもない術を使えるのよ」



 私は優琳姫を止めた。彼女は悔しそうに涙を拭って、私の顔をきっと見た。



 言いたいことは分かるわ……。

 優琳姫。

 私も同じだから。



「光基!父上は無事か!?」



 気づけばいつも鷹宮さまにぴったりくっついている五色の兵の光基が姿を現していた。



 光基と花蓮姫の兄の理衣の君と、美梨の君によく似た若者がテキパキと五色の兵の面倒を見ていた。


「先帝、皇帝、共にご無事です!燕琉(えんる)の君がもたらした情報を皇帝に報告しに行きました。皇帝の元には先に冥々の家の茉莉(まあり)姫もいらしていました。茉莉(まあり)姫は何も話せないようでしたが、とにかく逃げてくれと先帝と皇帝を説き伏せたかったらしいのです。先帝は『言いたいことは分かった』と茉莉(まあり)姫に告げて、『姫も気をつけろ』と仰っていました。済々の家の昌隆さんを探しにきた小袖さんが先に松明を持って地下通路に潜り、その後先帝と皇帝には地下通路を辿って逃げてもらいました」



 光基は鷹宮さまに報告した。



 そうか。

 やはり、茉莉(まあり)姫は自分が盾になるつもりだったのか……。



「わかった。助かった」



 鷹宮さまは茉莉(まあり)姫の横わたる姿を見つめて、床に膝をつき、「なんとかならないのか?」とうめいた。



 だが、次の瞬間に花武皇子(けいむおうじ)にやっと気付いたご様子だった。どさくさに紛れて、それまでは花武皇子は大人しくしていた。



「俺にそっくりなお前は誰だ?お前は黄色い福仙竜の主だな?」


「秦野谷国の花武(けいむ)だ。この顔のおかげで、鷹宮として俺は極華禁城を自由に歩き回れた」

「わかった。今回、助けてくれて大変助かった。激奈龍の計画を察知したから来てくれたのだろう?」

「そうだ」


 

 花武皇子と鷹宮さまは見合った。

 沈黙が続いた。

 先に口を開いたのは花武皇子の方だった。


 季節外れの雪が積もった宮中はそこ冷えがして、私は寒気を感じて自分の体をこすった。




「彼女を助ける方法はある」

「どうやって?」

「お前が死ぬことだっ!」



 それは誰もが油断していない時で、誰も予想出来なかったことだった。赤い竜ですら反応できなかったのだ。



 煌めく黄色い竜は尻尾を振り回して、一撃で鷹宮さまを吹き飛ばした。


 天井を突き抜けて鷹宮さまは空の遥か高くまで吹き飛ばされた行った。


 っ!!


 なぜっ!?



 私はすぐに法術を使って飛び上がって空まで追った。花蓮姫の赤い竜も後を追った。



 何だか分からない青い煌めきが空の向こうに見えた。



 私たちは天蝶節のこの日、皇帝の世継ぎを秦野谷国に奪われたのだ。



 凛々しく美しい鷹宮さまは22歳だった。

 

 私の入内は、予期せぬ展開になった。




 


 

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