さよならの季節② 夜々の家の邑珠姫Side
茉莉姫の剥き出しの長い足が私を蹴り上げて、私は床を転がった。
茉莉姫は長いまつ毛を震わせて、唇を噛み締めるようにして小さな声で言った。
「今世最高美女が隠法術使いだったんなんて、飛んだお笑いぐさだこと」
茉莉姫は私にグッと顔を近づけて囁いた。
「でも、あなたのその心意気は買うわ。鷹宮さまはなんとしてもお守りしなくてはならないもの」
私はハッとして茉莉姫を見た。
一瞬、昔のよく知る茉莉姫が戻ってきたように見えた。
気立と美しさの塩梅が最高だと絶賛されていた、あのたおやかな姫に見えた。
茉莉姫が選抜の儀第2位に選ばれて入内したあの日、私と茉莉姫は一緒に手を取り合って誓った。
青桃菊棟から第1妃と第2妃が選出されて、共に御咲の国を支えようと誓い合った。
皇家の妃とは、62家に生まれた姫としては、生涯をかけて挑む価値のある高貴でこの上なくやりがいのある仕事だ。私たちは互いのうちに、その胸に秘めたその闘志があることを認めていたのだ。
以前の茉莉姫が一瞬見えたと思ったが、すぐに以前の面影は再び消えた。
「あなたにはある物で法術をかけたのよ。昨夜、あなたは美梨の君を求めて……」
嘲笑うような笑みを浮かべて茉莉姫がとんでもないことを言い出した。
私は唖然とした。
なぜっ!?
誓ったでしょう?
私たちは共に御咲の国を支える62家の中でも選ばれし姫ではなかったの……?
本当にあなたなの?
私の中に激しい怒りが湧き起こった。勢いよく天井近くまで飛び上がった。清宮の天井は高い。なぜなら御咲の国の皇帝の居住だからだ。
あなたは、自分の気持ちが実らないからといって、御咲の国を危険に晒すような姫ではなかったでしょう?
選抜の儀第2位の矜持はどこに消えたの?
茉莉?
私たちの国の皇帝の居住で……。
「まがりなりにもあなたも62家の姫でしょう?」
私の声は怒りに掠れて、茉莉姫にはよく聞こえなかったようだ。
「なんなの?聞こえないわよ」
茉莉姫は私の声にならない叫びに気づかないフリをしているようだ。
この……裏切りものっ!
一緒に選抜の儀で1位と2位でしのぎを削って教室で学んだ中なのに。
8ヶ月もの間一緒の青桃菊棟の住人として切磋琢磨した仲間だったのに。
あなたは私の同志だったはずなのよっ!?
私が鷹宮さまに選ばれなくてどれほど傷ついたか知っているかしら。
あなただけじゃない。
私も今世最高美女と言われながら、失恋したのよ。
私の失恋だって、国中の民に知れ渡ったわ。
あなたは第2位だけど、私は第1位だったのよ。
「あなたは、あなたは、あなたは……っ!」
「邑珠姫、待って!」
私は怒りと悲しみのあまりに我を忘れて、法術を茉莉姫に向けようとしたが、優琳姫に止められた。彼女は可愛らしい童顔を般若のような形相にして、私を止めようとした。呵楪姫も思わず駆け寄ってこようとした。
その瞬間、私の体はとてつもない激しい衝撃を受けて危うく床に叩きつけられそうになった。ギリギリの所で花武皇子に体ごと受け止められた。
強い閃光のような黄色い光が煌めいて、床に落ちる寸前で私は花武皇子に抱き抱えられたのだ。
「そこまでだ」
「た、鷹宮さまっ!?」
初めて花武皇子の存在に気づいた様子の茉莉姫は後ずさった。
「お前に向けた術が、術を仕掛けた側に跳ね返るのだな?」
花武皇子は私を優しく立たせて、ゆっくりと頭巾を取ってみせた。鷹宮さまそっくりのこの世に2つとないと思われる美しいお顔が現れた。銀髪だ。
「あなたは……!?」
「秦野谷国の花武だ。世継ぎだ」
茉莉姫は唇を噛み締めて青ざめた。
「お前は激奈龍とつるみ、皇帝の愛人になったのだな?それで、鷹宮の妃になり損ねたお前は激奈龍に御咲を制圧させて御咲と激奈龍の両方の主人となろうとした。そうだな?」
花武皇子は厳しい声で言った。
「あなたはここにいてはだめよ。な、な、なぜこんなに鷹宮さまに似てらっしゃるのか分からないけど、今すぐに極華禁城から出るべきだわ」
茉莉姫は掠れた声で花武皇子に言って、後退った。
「秦の術が使えるの!?」
震える声で花武皇子に聞いている。
もしや?
ち……違う……きっと茉莉姫は計算づくだ……。
これは……。
見えているものと真実が違うのでは?
だって。
皇帝陛下はどこなの?
清宮には倒れた宦官と敵しかい。
永鷹皇帝付きの宦官である磁山の姿すら見えない。
私はとんでもないことに気づいたのかもしれなかった。




