敵と花武① 蓬々の家の璃音姫Side
「そなた、女だな?」
私は首筋に短剣を突きつけられて、動きを封じ込められた。
しまった!
花蓮と鷹が激奈龍の赤劉虎将軍と雅羅減鹿に相対することを心配して、例の激奈龍の隠れ家の館まで馬で戻ってきた所だった。
この館は一見して酒楼に見えるが、奥には激奈龍の輩ががウヨウヨいた。先ほど邑珠姫をなんとか助け出したが、危うかった。
邑珠姫が法術を使えるとは誰も知らなかったことだ。だが、彼女は今世最高美女の法術使いだった。スラリとした脚を丸出しにして裸足で馬に乗って勇ましく駆ける姿には、私にはぐっと来るものがあった。
あれは花武のやつ、本気で惚れたな……。
私は一瞬油断したのだと思う。花武皇子と邑珠姫のことを考えていて、敵のアジトだと言うことを一瞬忘れていた。
私は五色の帯を締めた黒装束の男に捕まえられて、いきなり体に触られた。
あっ!
いやだっ!
うっ!
私は暴れて逃れようとしたが、若い男に体を確認されてしまった。
溺れるような感覚に陥った。
私の体は誰にもそんなに乱暴に触られて良いものではないっ!
あぅっ!!
んっ
「羅国の奴らの間で噂になっていたんだ。鷹宮の親友は女だとな。なるほどな。本当だったのだな。失礼した」
品の良い秀麗な顔立ちの若い男は、私に一応体に触れたことを謝ったが、私は両腕を後ろ手に縛り上げられた。
あの時砂漠で私を襲った者たちは、誰1人解放されていない。御咲の国で捉えられ、罪人の村で働かされているはずだ。
どこから私が女である情報が漏れた?
砂漠に拉致されるきっかけになった、都の通りで私の銀子の入った財布を盗んだ小娘のことを思い出した。
そうか。あの小娘は野放しだったなぁ。
あの小娘が情報源か……。
くっそ。
そんなことより、こいつは誰だ?
「お前は誰だっ!」
私は目の前の秀麗な顔つきの男が唇を歪めて自虐的に笑うのを見た。そんな様子にもどこか品がある。
「俺の正体は知らない方がいい。秦野谷国の奴らとつるんで、俺たちの邪魔をするなら、そなたの命はないぞ。それとも激奈龍を一度見てみるか?そなたなら連れて行ってやっても良いが」
私は黙って男を睨んだ。
私の腕を縄で縛り上げた男は、私の全身を値踏みするように見た。
「ふうん。そなたもどこぞの姫か?しかし、綺麗な顔をしているなぁ。ただの女じゃないな」
「俺の正体は知らない方がいい。秦野谷国の奴らとつるんで、俺たちの邪魔をするなら、そなたの命はないぞ。それとも激奈龍を一度見てみるか?そなたなら連れて行ってやっても良いが」
この勘の良すぎる秀麗な顔つきの男は、一体誰なのだ!?
私の正体にジリジリと近づく若者に、私はたじたじとなった。
「さっきも思ったが、どっかで見た顔なんだよなぁ。可愛らしい唇。凛々しい顔なのに愛嬌がある。そなたと私は会ったことがあるな?」
目の前の男は目を細めて私の顔をしげしげと見つめて、首をかしげている。
私は愛する花蓮のことが心配なのだ。
花蓮が赤劉虎将軍と雅羅減鹿にやられるとは思えないが、いや、だが、花蓮は……分からないっ!
私は一刻も早く助けに行かねば……。
「激奈龍は何がしたい?こんなことをしても勝ち目はないぞ。秦野谷国には激奈龍が何をしようとしているのか情報が漏れていたようだぞ」
私の正体に男が気づく前に、私は別の話題に切り替えようとした。
まさか、貞門を抜ける前に荷車から落ちた碧い石のついた櫛を追ってきたとは言えまい。侍女の梅香が美梨の君だと判明してはならない。そうなれば。どこの家の侍女かを調べ上げられて、きっと本当の正体である蓬々の家の璃音姫だとバレるだろうから……。
賑わう街の喧騒が耳元から消えた。
男がふっと私の耳元で囁いたからだ。
「そなたには兄がいるか?そなたに似た者を知っている。だが、蓬々の家の公子である燕琉の君が女だということはないだろう。もしや妹姫か?選抜の儀第1位の邑珠姫は鷹宮の親友である美梨の君に惚れていた。だが、邑珠姫はそなたが女だとは知らないで惚れていたんだな。面白い」
男は私を舐め回すような目で見た。そしてついに、正体がバレた。
私はカラダがぞくりとするのを感じた。今世最高美女の邑珠姫は鷹宮に惚れているはずだ。私に惚れているはずがない。
「知っているか?美梨の君に会えると言って、青桃菊棟で邑珠姫を拉致した。そなたによって逃げられてしまったがな。そなたが女であることをバラしたくなければ、いっそのこと俺の愛人になれ」
私は情報が多すぎて処理できない状況に陥った。邑珠姫は私に会えると言われてこの五色の装束の男について行ったのか?
そんな邑珠姫……。
私が好きなのは、花蓮だ。
それに目の前の激奈龍の正体不明の若い男は、私の正体を見破った上で、バラされたくなければ愛人になれと言った。
全身の血が逆撫でされたような感覚になった。
「簡単な法術なら、俺だって使えるんだ。邑珠姫は宮中に戻して役目を果たしてもらう必要があったから俺は何もしなかったんだが、そなたは違うだろう?そなたの命を奪うか、もしくは激奈龍に連れて行って俺の愛人にするかだ」
私は顎に手をかけられて、そのまま若い男の瞳が私を見つめるのを感じた。
「私の国に来ても結構な暮らしができる。俺はそなたのような者なら大事にする。どうだ?」
私はぐうっと身を寄せられて、しっかりと顔を両手で包まれて自分の瞳が動かせなくなるのを感じた。
しまった!
まずいっ!
私に法術をかけている?
「そなたは今日から私のものになれ」
目をしっかりと見つめられて体がすくんだ。
彼の手が肌に触れている!
危険だ……。
なのに、体が動かないっ!
私は目をつぶった。
気をしっかり持って集中しろ。
私は花蓮が好きで、この男の愛人になどなるつもりは毛頭ない。
涙が溢れた。
男の唇が私の唇に重なり、私はその瞬間、男の股間を思いっきり蹴った。
嫌なものは嫌なのよっ!
秀麗な顔を歪めてもんどり打って転がる男の体を飛び越えて、手を縛られたまま外に飛び出した。
花武がくれた薄餅が、私が法術にかかるのを食い止めてくれたのだろうか。
私は奴の法術から逃げることができた。
今日の京都は天蝶節のために通りに人が溢れていた。賑やか過ぎて、私が逃げてくるのに気づいてくれる人はいない。
「おばちゃんっ!ちょっと助けて」
私はすぐさま汁屋に飛び込み、汁屋の厨房で湯気に包まれながら鍋の大量の汁をかきまぜていたおばちゃんに縛られた腕を見せた。
「あら、こんな凛々しいお方が大変だわっ!ちょい、お待ちっ!」
私は後ろ手に縛られた腕の縄を汁屋の女将に包丁で切ってもらった。すぐに私は礼を言って店を飛び出した。
「今度俺に食べに来る!ありがとう!」
私が通りに飛び出した瞬間、赤い煌めく美しい龍の尻尾が頭上に見えた。
「お前、何をしたのかわかっているな?」
すぐそばで花蓮の冷たい声が響いた。
あぁ、花蓮だっ!
無事だったんだぁ!
次の瞬間、赤劉虎将軍と雅羅減鹿が酒楼の3階から突き落とされてきた。
落下寸前で、赤い煌めく龍の尾がまた2人を払いのけた。衝撃は吸収されただろうが、2人の骨ぐらいは折れたかもしれない。動けないで情けない悲鳴をあげている2人に鷹宮が突進して行き、磨崖で赤劉虎将軍と雅羅減鹿をぐるぐる巻きにした。
「美梨!」
鷹宮は私の姿に驚いた表情をした。
なんだ、鷹宮も花蓮についてきてくれていたか……。
相思相愛だから。
鷹宮は花蓮を1人で立ち向かわせたくなかったんだな。




