陰謀① 爛々の優琳姫Side
鷹宮さまは花蓮姫がお好き。
美梨の君も花蓮姫がお好き。
おそらく……。
あぁ、多分そうよ。きっと美梨の君も花蓮姫に惚れていらっしゃるわ。
ほぼ間違いないわ……。
私は美味しい酒のことを思ってため息が出た。いや、恋が実らないことを思ってため息が出たのだ。
長く美しい髪を持ってしても、自慢の刺繍をこれみよがしに見せびらかしても、爛々の家の二の姫である私には、勝ち目がない。
おそらく……。
おそらく……。
私は美梨の君にも全く愛されないのよ。
鷹宮さまにはお情けで娶っていただけるだろうか?
いや、無理だろう。
花蓮姫にぞっこんでらっしゃるのだから。
「優琳姫さま。今宵のお支度のお酒でございますが」
物憂げに恋の病に伏せる風の私に、侍女の寧凪が話しかけてきた。まあるい顔にエクボを浮かべて、私の様子を見つめている。
今、切ないため息をついている真っ最中の私に聞いてきているわけ?
いい度胸をしているわ。
「今宵は花蓮さまとお約束したので、お酒は極上のものでもてなすわ」
「ならば、鷹宮さまも今宵はこちらにいらっしゃいますでしょうか」
「それは……は……あぁ、あの2人はいとも簡単に相思相愛になりやがって」
「はい?今なんとおっしゃいました?」
あっいけない!
心の声がダダ漏れだわ。
「なんでもないわ。鷹宮さまもいらっしゃるかしら?どうでしょうねぇ」
私は首をかしげた。
「美梨の君をお呼びしますでしょうか?」
「いいわねぇ、いいわ!」
寧凪の提案に私は載った。
どうせ美梨の君は、心の中にいらっしゃる花蓮さまのことが忘れられないでしょうし、私が極上のお酒でお誘いすれば、傷心の美梨の方は来てくださるかもしれないわ……。
我が爛々の家の醸造蔵は御咲の国随一だ。
肉厚な体。
この可愛らしい童顔。
ぽってりとした唇。
完璧な化粧。
胸元が大きく開いた美しい衣。
そして。
極上のお酒!
そこに花火。
月夜に輝く雪。
完璧だわ……!
美梨の君をお慰めするには、完璧な天蝶節の夜だわ。
完璧過ぎるかも……。
あとで、後宮の春の宮に極上のお酒を私から届けさせましょう。
少し前だが。選抜の儀の吏部尚書を担当していた髭面の芦杏が酒を振る舞って、死に追いやろうとした事件もあることだから、花蓮姫はきっと吏部尚書が配給する酒は飲まないはずだ。
花蓮さまへのお酒は、私の使いが直接届けた方が良いだろう。
鷹宮さまと花蓮姫は、きっと春の宮で2人っきりで花火を見て素晴らしい夜を過ごすでしょ?
なら、私は美梨の君と……。
そうね、そうね、それが良いわ。
私はウキウキした気持ちになり、失意の美梨の君をお慰めするために、今宵の花火の席を準備することにした。
なぜか選抜の儀の最中であっても、美梨の君との飲食は皇帝より許されていたのだ。
鷹宮さまのご親友だからかしら?
私はその理由をよく知らない。
だが深く突っ込んで聞き回って、美梨の君が前宮から出禁になっては困る。
私は頭をふるふると振って気を取り直して、花火がよく見える場所を探そうと、白蘭梅棟の中を歩き回ることにした。
私は選抜の儀第4位だ。
爛々の家の優琳姫だ。
選抜の儀第5位は少々年増の猛々の家の呵楪姫だ。広々とした白蘭梅棟は、爛々の家と猛々の家が使っている。
私は18歳で、第5位の呵楪姫は26歳だ。
8つも違う立派なお姉様である呵楪姫は癖の強い姫で、色気だけなら優勝という姫だ。
どこもかしこも艶かしくて大人っぽい。
いや、もう大人なのだけれど……。
何せ、本気で鷹宮さまに惚れている。
前宮は鷹宮さまに本気で惚れている姫ばかりで溢れているが、その姫たちの中にあっても彼女は格別な姫だ。機会さえがあれば、呵楪姫は肌の露出で誘惑しようとするのだから。
非常に上品な露出ではあるのだけれど。
とにかく、何がなんでも第4妃までのいずれかに選ばれたいと躍起になっているのが、呵楪姫だ。
「いちゃいちゃしちゃって……頭にくるわ」
小さな声が聞こえて、ビクッとして立ち止まった私は周囲を見渡した。
どこから声がした?
私の心の中が漏れた?
きょろきょろ周囲を見渡す私に声が再び聞こえた。
「ここよ」
艶っぽい気だるそうな声がして、私は見上げた。張り出した二階の欄干から両肩を露わにして長い髪を風に靡かせた呵楪姫の姿を見つけた。
「お寒くないですかっ!?」
私は慌てて二階に走るようにして廊下を移動して、階段を上がった。
私は少々体が丸く重いので、階段を上がると息が切れた。
「まったくこれほど色っぽい姫をないがしろにするとはね……」
呵楪姫は流し目で私を見つめて微笑んだ。
「私を誘惑してどうするんですかっ!?早く肩を隠してくださいましっ!誰かに見られたらどうするのですっ!そのお体は鷹宮様だけにお見せするもので……」
「あぁん、どうせ見てくれないじゃないっ!」
間髪入れずに、膨れっ面で呵楪姫は私に言った。いらいらされているようだ。
私にスッと近づいてきて、私の二重顎を指で持ち上げて囁いた。
「鷹宮さまは末席の姫に夢中だわ。私はここでこの美しい体を持て余してこの春を待ちわびているのよ。ちょっとぐらい誰かに見られたっていいじゃない?」
私はビクッとして後ろに後ずさった。
「だからって私に見せつけなくても。呵楪様の色気にはドギマギしますわ……」
「あはっ」
呵楪姫は笑うと欄干に斜めに体を預けて挑発的な姿勢で私を見つめていたのをやめてくれた。そして、両肩を羽衣のような鮮やかな衣で包んで隠した。
私はほっとしてためい息をついた。
「嬉しいわ。優琳姫は本当のことを言ってくれて」
少し頬を赤らめて私を見つめて言った呵楪姫を不覚にも可愛らしいと思ってしまった。いや、元から美しい人なのだ。
色気が凄過ぎるのだけれど。
だが、こんなに艶っぽくて色っぽいのに、鷹宮さまは呵楪姫には見向きもしなかった。
「残酷よねぇ」
呵楪姫はゆっくりとそう呟くと、静かに雪の積もった桃の花を見つめた。鮮やかなピンク色の花に真っ白い雪が重なり、美しく清純な体を真っ白い貞操観念で包む姫たちの姿と重なる。
「あなた、5月まで無事に乗り切ったら、何をするおつもり?」
唐突に呵楪姫に聞かれて、私は正直に答えた。
「鷹宮さまの第4位に選ばれるのが私の目標なのです」
「まぁ、可愛い」
「だから、呵楪さまと私は揃って後宮入りですよ。そうなったら、私たちはずっと一生後宮で共に過ごすのです。お子をもうけて……鷹宮さまが振り向いてくださらない時は私がお慰めいたしますわ」
「それ本気?」
私は迫ってきた呵楪姫の艶っぽさにドギマギしながら、うなずいた。
「可愛いいこと言うじゃない」
私はふわりと抱きしめられた。いい匂いで何だか良い気分だ。
「一緒に今晩お酒を飲みますか?」
「いいわよ。花火を愛でましょ。あなた、本気で可愛いわよ」
きゃっ!
ど……っどういう色気でそんなセリフを?
いやっ……。
ちょっとこっちが恥ずかしいじゃない。
長い髪を風に靡かせて、ふっと笑みを浮かべて私に微笑んだ呵楪姫は、くどいているように私に接近して囁いた。




