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伝説の御咲の宝 花蓮Side

 庭先の梅の木にミヤマヒヨドリがいる。首が紅色のタイヨウチョウが杏の木の枝に止まっている。



 そう、季節は春なのだ。


 今朝方、鷹宮は牢にとらえた羅国の者たちを尋問するために光基を従えて、早くに出発した。



 はぁ……。

 それにしても信じがたい……。



 私は昨晩美梨の君が襲われていたことを思い出して、怒りが込み上げてくるのを抑えきれなかった。



 いつまでも庭の梅の花を見つめていても、答えが出ない。



 私は今、小袖と吉乃に今日の予定を説明されていた。今日は午後から妃候補の詩吟の教室と刺繍の教室に顔を出す予定だ。



 春の宮に一人こもるのも退屈だし、妃候補の他の姫と一緒に教室で学ぶのは楽しいこともあるのだ。



 小凛棟で仲の良かった能々の家の喜里(きり)姫に会えるし、最近はあざと可愛さを強調してくる蓬々の家の璃音姫にもすっかり心打ち解けた。彼女は美梨の君なのだから……。



「花蓮様、他のことを考えていらっしゃませんかっ!?」



 事情を知らない吉乃は、私が集中して話を聞いていないと目ざとく気づいて詰め寄ってきた。


 吉乃は何があったか知らない。小袖もだ。ことが重大なだけにまだ確かめるまでは話せないのだ。


 冥々の家も柳々の家も処罰されるはずだ。


 豊かなはずの羅国と手を組んで、時期皇帝である鷹宮を手中に収めようとするのは、羅国が何を目的にしているのか知る必要がある……。



「姫様っ!?」



 小袖も詰め寄ってきた。



「何かお悩みごとでらっしゃますか?」



 吉乃と小袖は顔を見合わせている。私はその二人の顔をぼーっと見つめた。



 だってまだ話せないから、なんと言うべきか……。



「あっ!もしや……」

「胸がムカムカするとか……?御気分が優れないのでしょうか」

「きゃっ……!そうなんでございますか?」



 2人が勝手に盛り上がって何を言っているのか、私には分からない。



「いや?気分はすぐれないけど、ムカムカはしないかなぁ?」



 ため息をついてポツンと言うと、2人は互いの両手を絡めて握り合い、キャッと喜んで跳ね上がるほどだった。



「そうでございますね」

「そうでございますかっ!姫さま」



 うんうんと互いの顔を見つめあって頷き合う2人を尻目に、私はヨイショっと立ち上がった。



 こうしてはいられない。



 美梨の君の様子が気になる。男装が趣味の蓬々(ほうぼう)の家の三の姫、璃音(りおん)姫の様子が気になる。美梨の君が璃音姫の姿のままでいてくれるならば、敵に正体が気づかれていないのだから当分は大丈夫のはずだ。



 そう。

 私はこうしちゃいられない。

 前宮に偵察に行こう……。



 前回は、謎解きに一役買ったのは、あの豊満な体に可愛らしい顔を持つ爛々(らんらん)の家の二の姫である優琳姫(ゆうりんひめ)だ。


 たわわな胸を強調している衣を羽織り、長い髪を靡かせて得意の刺繍を見せてくれたあの姫は賢かった。



 そうだ。

 白蘭梅(はくらんばい)棟の爛々の家に行ってみよう。



 吉乃と小袖は、うるうるとした瞳で私を見つめて感極まっている。

 


 なによ……。

 勝手に盛り上がっていてっ! 

 2人ともごめんっ。


 私はちょっと忙しいの。



 私は走って春の宮を飛び出した。



「姫様っ!そんなに走ってはっ!」

「お待ちくださいましっ!」



 吉乃と小袖の叫ぶ声が背中を追いかけてきたが、私は後宮の車置き場に辿り着き、車に飛び乗った。



「前宮の白蘭梅(はくらんばい)棟までお願い」



 いつものごとく、いつの間にか五色の兵が現れて、車の周りを取り囲んで一緒に走り始めた。


 今や公然と鷹宮の妃と認められている私には、鷹宮専属の五色の兵が警護についているのだ。


 

 今日も晴れていて、青く澄み渡った空が見えた。風も優しく穏やかに吹き、陽が暖かい春の日だ。



 後宮から前宮への道のりには、桃の木と梅の木が植えられており、同時に梅の花と桃の花が美しく咲いていて極めて心ときめく光景だった。



 片側は桜の木なので、まだ蕾のままだ。桜の木の前には黄色い黄梅(おうばい)の木が咲いており、私たちの置かれている状況とは正反対でなんとも艶やかな道のりだった。

 


 前宮の白蘭梅(はくらんばい)棟の蘭の花が咲くのは少し先だ。今頃は、杏の花と梅の花が咲いているだろう。



 青桃菊棟には行きたくなかった。

 本当に冥々の家の茉莉(まあり)姫が計画を主導していたとなると、私は騙されていたことになる。



 見た目は可愛らしく美しく、気立も優しいと思わせておいて、冥々の家の茉莉(まあり)姫は悪意を隠していたのだろうか……。


 私は一瞬見た茉莉(まあり)姫の能面のような表情を思い出した。



 鷹宮が冥々家の部屋を訪れた際、『花蓮は俺の妻で確定だ。花蓮の心は必ず俺に振り向かせるつもりだ。俺が花蓮に惚れているから』と告げると、恋するいじましい表情を見せていた茉莉(まあり)姫が、一瞬能面のような表情になった瞬間だ。



 違和感はある……。



 今思えば、訪れた姫の中では、ダントツに違和感を感じた表情だった。



 柳々の家の翠蘭(すいらん)姫には感じなかった。どちらかと言うと、20位の翠蘭(すいらん)姫より、21位の盧々(ろんろん)の家の明玉姫(めいぎょくひめ)の方が激しい敵意を宿した瞳で私を見ていたと想う。



 ただ、違和感で言うと、ダントツで茉莉(まあり)姫の能面のような表情が圧倒的だった。入内以来、あれほど優しく何かにつけて面倒を見てくれていたのに、一度として彼女が見せたことのない表情を私は見てしまったのだと想う。



 五色の兵に囲まれて前宮乗り入れて、白蘭梅(はくらんばい)棟の前に車が止められた。丁度、庭に姫たちが集まっているところに私は車を乗り入れたようだ。



「まあ!花蓮様っ!」



 真っ先にふくよかな胸を揺らして小走りに走ってきたのは、優琳姫(ゆうりんひめ)だった。


 21位の明玉姫もいて、キッとした表情で私を一瞬睨んだ。


 あどけない表情の喜里(きり)姫が私の姿を見つめて、一気に幼女のようにはしゃいだ顔になり、私の方目掛けて走り寄ってきた。


 彼女の走ってくるふっくらとした顔の横に淡い杏の花の花びらが落ちてきた。はらはらと落ちる花びらに一瞬見惚れたあと、私の袂が熱く熱く唸るように痛んだ。



 な……に……?



 その瞬間、喜里(きり)姫の頭上に僅かに影がさした。私は車から降りかけて足を地面に下ろす瞬間、喜里(きり)姫の頭上を見上げた。



 人!?



 どこまでもすみわたる空と、杏の木や梅の木の花が咲き誇る上空の間に、青い鮮やかな衣を着た人が不自然に見えた。



 誰かがものすごい速さで落下してきている……。


 落ちてくるっ!?

 美梨の君っ!?


 そこからは一瞬だった。


 煌めくような鱗を持つ美しい赤い竜が姿を現し、落下速度に合わせて青い衣を着た人を救いとり、赤い竜の背に乗せて衝撃を吸収した後にぐうんと上昇して飛んだのだ。



 あぁっ!

 また赤い竜っ!?



 私は遥か上の天守閣の方に人影を認めた。



 あそこから美梨の君を突き落としたということ……!?



 悲鳴のような、感嘆のようなどよめきが一気に起こり、各家々の者が飛び出してきて、姫たちも群がり、前宮は大騒ぎになった。



 五色の兵も唖然として口を開けて赤い竜が空飛ぶ様子を眺めた。


「赤い竜っ!?」

「あの伝説の御咲(ごさき)の宝と言われる竜かしらっ!?」


「実在したのか……」

「いや、生まれて初めて見たよ……」



「爺さまには聞いたことがあったが……」

「いやあ、格好いいなぁ、痺れるよぉっ!」

「綺麗だわぁ……」

「竜はあの人を救ってくれたのね?」



 口々に皆が言う言葉は、私の耳の奥で流れて行った。


 私は、ただただ、ひたすらに天守閣を見つめた。


「竜、お前には見えるのか?天守閣に犯人がいる」


 私は腕組みをしたまま、竜に囁いていた。


 福仙竜は煌めく美しい鱗を持ち、空を自由に飛び、万霊を掌握すると言う。特に赤と白の鱗を持つ竜は、最上格とされ、赤い煌めく竜、正式には帝王紅碧火薔薇宝(こうへきかばらほう)と呼ばれる。



 竜が高く天守閣まで空を駆け上がり、たじろいだように欄干から離れようとする姫の姿を見た。


 この匂い……羅国の香だわ。なぜ今まで気づかなかったのだろう?



 ストールからはほのかに羅国の貴重な香が漂い、赤い竜の宝石のような煌めく瞳を見つめるのは、長い髪を靡かせている冥々の茉莉(まあり)姫!



 私は犯人を悟ったのだ。

 選抜の儀、2位の冥々の家の美しい茉莉(まあり)姫は、たった今、殺人を犯そうとしたようだ。


 私の後宮での花嫁生活は、予期せぬ展開になったようだ。





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