昔と変わらず、美しくて痺れますっ! 花蓮Side
「護符が割れた?」
私の言葉に鷹宮はハッとして私を見た。
私と鷹宮は後宮の春の宮で一緒にお茶を飲んでいたところだった。私は自分の直感に震えた。
なんで今?
どういうこと……?
美梨の君に昔もらった護符が割れた。美しい梅の花が静かに咲く後宮の庭は、既に薄暗くなっている。暗闇から何かが飛び出して来そうなほど、不気味だった。
「美梨の君に何かが起きたのかもしれません。昔、美梨の君にもらった護符です。覚えていますか?」
「覚えている。美梨が花蓮にあげた護符のことは覚えている。俺はもらえなかったからな」
美梨の君が危ないということでは?
璃音姫に何か起きたのでは!?
私は不安のあまりに手が震えた。
「蓬々の家の璃音姫の無事を確認したいのですが」
「光基!頼む!」
どこからともなくまたいつもの影のように鷹宮につきそう若い従者が現れて、「はっ!」と言うなり、姿を消した。
私は手の中で割れた護符を見つめた。
護符は2つに割れたものがさらに、4つに割れた。
だめだ。
私の直感は……。
非常にまずい事態な気がする。
あの11歳のあの日、美梨の君はなんと言って私にこの護符をくれたんだっけ?
『花蓮、この護符はお前を守ってくれる。俺とお揃いだから大事にしてくれ。お前に何かあれば、これが知らせてくれる』
『俺のは?』
『鷹にはまたやるからっ!』
そうだ。鷹宮にはくれず、私にだけ護符をくれたのだ。美梨の君と対になった護符だったはずだ。美梨の君のは青。私のは桃色の護符だった。
それが見事に私の手のひらの中で割れていた。気付いたのは、袂に入れていた護符が熱を帯びて熱いように感じたからだ。手のひらに出して見た時に2つに割れた。
またたく間に4つに割れたそれは、無惨な状態で私の手のひらの上にある。
光基が素早く戻ってきて、鷹宮に報告した。
「宮、蓬々の家の璃音姫、行方がわからず、家の者どもが探しております。ご自宅にも帰宅されていないとのこと。宮中のどこにも姿が見えず、ここ数時探し回っているとのことです」
私は唇を噛み締めた。とんでもないことが起きたに違いない。
部屋を飛び出した。
走った。
とにかく走った。
後宮の長くて広い廊下を私は走った。
「花蓮!どこに行く?」
鷹宮が追ってきた。
私は無我夢中でよく考えていなかった。ただ、ひたすらに美梨の君の無事を念じた。
私の手のひらに護符を押し付けてきたあの日の美梨の君の笑顔だけを思い浮かべた。
体の奥がカッと熱くなり、鷹宮が私の左手をつかんだのと、私の体が宙を舞ったのは同時だった。私の割れた護符を持った右手はどこかに強く引っ張られ、次の瞬間、私たちは見知らぬ場所に立っていた。
何やら、幌布を張った方が騒がしい。
半月が輝く月夜に、私と鷹宮は砂漠の上にポツンと召喚されていた。池の辺りに梅やあんずの花が美しく咲き誇る宮中から、何もない砂漠に突然召喚されていたのだ。
女人の悲鳴のような声と荒くれどもの声がする。
私の目の前で布が一気に吹き飛んだ。火の竜が、一瞬で現れた。
竜がのたうち回る下に、美梨の君が板の上で押さえつけられ、服を脱いだ男が多いかぶさろうとしているのが見えた。
鷹宮が即座に駆け寄り、一瞬で男を蹴飛ばした。
美梨の君を押さえつけていた男どもに赤い火の竜が飛び掛かるのを見た。尾で男たちをめった打にした竜は、震え上がって逃げようとした男たちに炎を吹きつけた。
誰の妖術!?
一瞬、そう思ったが、私は鷹宮と一緒に美梨の君の腕を肩にかけて、板の上から砂漠の砂の上に飛び降りた。
「何もされていない?」
私は震える声で美梨の君に聞いた。
「危なかった……。大丈夫、ギリギリ間に合ったよ。花蓮が来てくれるなんて……」
美梨の君は肩を震わせて泣いた。
「俺も来たぞ!」
鷹宮が泣く美梨の肩を抱いた。
「しっかし、あの赤い竜、見覚えがあるんだけど?」
美しい竜が猛り狂って、メラメラと赤い炎を吐いている。それはとても格好良くて、綺麗で、痺れるほど美しかった。
「痺れるねぇ、相変わらず」
美梨の君と鷹宮がうっとりとしたため息をついた。
「えへ、それほどでも……」
赤い竜は照れた。
は!?
カリスマ性溢れる赤い竜は、はっきりと鷹宮と美梨の君が目を輝かせて自分を見つめる様に少し酔いしれるかのように、照れた、のだ。
私は真っ赤になった。
なんで、私が恥ずかしいのか分からないけれども……。
「昔と変わらず、美しくて痺れますっ!」
美梨の君が惚けたようなうっとりした表情でささやいた。
「久しぶりだな……。やばい。ドキドキする……」
鷹宮が胸を抑えていた。
「前にも見たことがあったのですね?」
私は呆然としながらつぶやいた。
美梨の君は完全に恋する乙女のような煌めく瞳で、頬を上気させて恥じらうように私を見つめた。
「ある」
は?
何この感じ……?
赤い竜に恋している!?
「俺もある……」
鷹宮も頬を上気させて凛々しく強い赤い竜の動きに見惚れていた。
赤い竜にひれ伏す荒くれ男どもは、震えながら私たちの様子を伺っている。
「すみませんっ!申し訳ないっ!金に目が眩んだんだっ!」
「許すとでも?」
私は怒り心頭のあまり、腕組みすらしてしまっていた。
赤い竜はビシッと尾を叩きつけるようにして、荒くれ男どもはすくみ上がって飛び上がった。
「許してくだせぇ!」
荒くれ男どもはむせび泣いて許しを請うた。
「ほほう?許すわけなかろう?」
私は厳しく低い声でささやいた。
砂漠の上を拭く風が冷たく頬を撫でる。私の髪が砂漠の風になびき、赤い竜まで髪がかかりそうだ。
「竜、私どもは御咲の宮廷に戻ります」
鷹宮と美梨の君が私を惚れ惚れするような視線で見たが、なんのことか私は分からなかった。
目をつぶると、鷹宮の温かい唇が私の唇に重なったかのような気がしたが、ゆっくり目を開くと、後宮の廊下に立っていた。
「申し訳ないっ!」
声がして、ハッと気づいた。
荒くれ男どもと、一人の女性が後宮の庭に出現して、ひれ伏していたのだ。
えっ!?
あっ……。
はい。
そりゃ連れてこないと真相は分からないわけで……。
赤い竜は消えていた。
美梨の君の護符が赤い竜を出したのであろうか?
それとも鷹宮さまの力?
私は惚けたように、鷹宮を見つめた。
鷹宮は恥じらうように微笑み、私を見つめた。
あぁ……!
鷹宮さまの術ですかっ!?
やっぱりっ!
「花蓮っ!ありがとう!」
ひしっと私の手を両手で握りしめた美梨の君がぶんぶんっと私の両手を振った。かと思うと美梨の君に抱きつかれた。
「あっ護符が引っ張って行ってくれたのです」
私は袂から4つに割れた護符を取り出して美梨の君に見せた。
「ずっと護符を持っていてくれて、助けに来てくれて、ありがとうっ!」
美梨の君が泣いて私に礼を言うそばで、鷹宮は厳しい声でテキパキと五色の兵と光基に指示を出していた。
「光基!この者捉えて牢にぶち込んでおいてくれ。術が使えぬよう、磨崖で縛って欲しい」
あっという間に出現した五色の兵と光基により、特別な磨崖縄で捕らえられた荒くれ者と女人は、引ったてられるようにして連れて行かれた。
「花蓮、見事だ……」
鷹宮が頬を上気させて、私の頬を手のひらで包んだ。
美梨の君は、両手を振り絞らんばかりにして胸の前に手を組んでいる。
二人に艶っぽい表情で見つめられ、私はたじたじとなった。
「何がでしょう?護符が私を導いたのでございます……」
私は様子がおかしな2人に熱烈に抱きしめらた。
「愛してるっ!」
「おかしなことを申すなっ!花蓮は俺の妻だっ!」
「それでも愛してるっ!」
はぁ……っ。
今宵の月は見事な月だった。
美しい梅の咲く後宮で密かに悪巧みが進んでいたようだが、詳しい話はまだ聞けていない。
「美梨の君、蓬々の家の方たちが探してらっしゃるのでは?」
私の言葉にハッとした美梨の君は、「まずい!」と叫んで、鷹宮の手を引っ張って車が待機している場所に急ごうとした。
「鷹、話があるっ!」
「だろうな」
美梨の君と鷹宮はそう言い合って、車が待つ場所に急ごうとして、私を振り返った。
「花蓮には明日話すから、前宮を訪ねてきてくれないか?」
美梨の君は私を熱っぽい視線で見た。
「わかりました」
私は小袖と吉乃が私を見つけてやってきたのを目にして、素早くうなずいた。
先程の話は口外できない話だ。
美梨の君が今宵襲われたなんて、誰にも話せない。
陰謀が進んでいるようだ。
私の後宮での花嫁生活は、予期せぬ展開になりそうだ。




