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姫が消えた ① 蓬々の家の璃音姫Side

「あの護符はまだ持っているんだな」


 私は独り言を言いんがら、浮かない気分で賑やかな街を歩いていた。



 はぁ……っ。



 ため息が止まらない。


 道ゆく女性陣が私のことをチラチラと艶やかな期待を込めて盗み見ているが、それにすら心浮き立たない。私の磨き上げた男っぷりの良さは、たった一人の姫のためのものだ。


 だが、その姫には手が届かない。

 済々の姫は妃になった。



 通りの梅の花が満開だ。

 実に美しい花びらが街に彩りを与えていた。風も心なしか暖かい。日差しも明るく、そろそろ春だという高揚した気分に人々をさせていた。



 3月3日に売られた菱餅はもう街からは消えて、皆の心は次の花見の祭りに向かっているようだ。



 つまらんのぅ……。



 宮廷の曲水の宴も終わり、4日ほど経った。妃候補も全員参加して行われた宴には、もちろん鷹宮と花蓮も出席して、仲睦まじい様子を見せていた。



 そこはかとない色気も出てきた花蓮は、頬を上気させて鷹宮といちゃついていた……。


 つらっ……。

 なんで愛してやまない姫が他の男の手によりさらに美しく花開くさまを見せつけられなければならんのだ……。


 

 雪がとっくに溶けて春の息吹を感じる清流に向かい、浮き立つ心で詩を詠み、盃を巡らす宴。



 曲水の宴は、毎年宮中では盛大に行われる。春の訪れを予感させる賑やかな宴なのだ。



 やってられるかぁっ!!


 だいたい、あの2人の相思相愛っぷりは、たとえ雪が残っていたとしても溶け出す程の熱さだ。



 人の気も知らず、アツアツな2人に私は腰が砕けそうにだるいっ!


 あんなアツアツの2人を見せつけられたら、気落ちするっ!




 前宮から街にこっそり抜け出てきたのに、気分が晴れない。前宮の梅の花も見事だが、琴を弾いても、何をしても気分が晴れない。



 私はため息をついた。妖術が使える花蓮をついに鷹に取られた。


 長年、それだけはと思っていたことだった。それは本当に心が痛むことではあったのだ。



 一時は私だって……。



 一時は先の皇帝『時鷹』さまを救った花蓮に感動して、鷹宮の妻になるのは仕方がないことと諦めようとした。私が付け入る隙がないほど、いつの間にか二人は相思相愛になっていたのだし。



 でもだ。

 この数ヶ月の間に、花蓮はすっかり鷹のものになってしまっているのを目の当たりにするたびにモヤモヤとしてしまうのだ。



 誰かに気持ちを聞いてもらえたら。


 それすら、無理なことだな……。

 そもそも、心がひりつくほどの痛みなら、出会わない方が良かったんじゃなかろうか。


 

 私は子供の頃からずっと花蓮が好きだった。だから、大金持ちの家の姫なのに、男の子の格好をして何度も何度も済々の家に遊びに行った。



 鷹も花蓮が好きだと気づいたのは、だいぶ後になってからだ。はっきりと悟ったのは、花蓮が誘拐された時だった。


 

 花蓮を助けるために鷹が血相を変えて走り回る姿に、私は悟ったのだ。


 鷹も花蓮が好きなのだ、と。

 


 花蓮は鷹に助けてもらったことを覚えておらず、鷹は皇帝代がわりに巻き込まれて、そのうち私も鷹も済々の家に近づけなくなった。



 ただですら傷物の噂が根強い花蓮に、年頃の2人の若者が訪ねていけば、よからぬ噂に拍車がかかりそうだったからだ。


 

 それにしてもだ。


 花蓮自身も、自分が妖術が使えることには気づいていない。周りの誰も気づいていないようだ。



 私はため息をつきながら、ぼんやりと袂の護符を手にして眺めた。



 綺麗な護符だが、7年持ち歩いたので、色は褪せてきている。




 姫が猪や熊の出る山に酔って入り込んで無傷でいられるわけがないだろう?

 頭上から狙い撃ちされた壺が落ちてきて、これまたかわせるなんてただの偶然ではないだろう?



 相手は時の皇帝を暗殺しようとした輩だぞ?



 瀕死の時鷹皇帝を救えたことですら、驚異的だよ……?

 誘拐された時だって、鷹は花蓮の救出に奇跡的に間に合ったんだ。



 みんななぜ、気づかないのだ……?

 花蓮は恐ろしい程の強運の持ち主だとしても、そんな奇跡が4回も続くはずがないだろう?


 いくら強運でも、普通の姫ならとっくに死んでしまっているはずだ。



 鷹はおそらく気付いていない。


 でも、花蓮の本当の力を知ったら、鷹はますます花蓮にのめり込むに違いないだろう。



 あぁ、気が重い……。



 

 そもそも、花蓮は、自分が子供の頃に何をしたかもおそらく忘れていると思う。



 私は振り返って、宮廷のある方角を見た。


 男装に磨きをかけたのも、花蓮に振り向いてほしかったからだ。


 俺に足りないもの、私に足りないもの。それはきっと性別だとは思いたくないが、いや、間違いなく性別だろう……。



 私の足取りはぐんと重くなった。



 性別だけでなく、私は完全に出遅れた。


 鷹が皇帝を説得して花蓮の入内にこぎつけられるとは思えなかった。だから、昔のよしみで、鷹にとっては面白くもなんともない、むしろ地獄であろう、選抜の儀に友として参加して気休めになろうとしたのだ。



 1年の間、姫君たちに囲まれて前宮で過ごして、時には鷹の話相手にでもなろうと思ったのだ。



 迂闊だった。

 予想もしない速さで、私の目論見は崩れた。



 いまや、花蓮は妃に決まり、最近は鷹に心を奪われている。2年前に誘拐されてしまった花蓮を救ったのも鷹で、私より鷹の方が早く花蓮に辿り着いた。



 入内して1月(ひとつき)で薬を混ぜた酒に酔った花蓮が山に入ったという話を聞きつけた鷹は、宴席を抜け出し、五色の兵を大量に引き連れて山を駆け巡って花蓮を見つけ出した。



 花蓮の危機的状況については、私は常に出遅れている。



 妃候補として前宮で足止めされている私は、後宮入りした花蓮が襲われても、救うことは愚か、慰めに駆けつけることもできない。



 私はくさくさした気持ちをなんとか払拭しようと、男装して前宮を抜け出したのに、街を歩いていても、花蓮のことを忘れられなかった。



 選抜の儀に参加する姫としては、重大な違反事項だ。


 私は、蓬々の家の璃音(りおん)姫。



 選抜の儀3位である、れっきとした妃候補の姫だ。父上も母上も、姫である私に第2位から第4位の妃のいずれかになってほしいと願っている。


 それなのに、今日、私は妃候補失格となる危険を冒して前宮をこっそり抜け出し、街に出てきてしまった。



 私が冷静な判断力を失っているのは、間違いない。



 私は今後の身の振り方を決めなければならないと歩きながら考えた。


 恋心を貫くために、鷹と花蓮のそばにいるために後宮入りを決めるか、それとも一生独身を貫くことを決めて、蓬々の家に戻るか。


 どっちだ?



 こんな男装癖のある姫など、自由に生きられるわけがあるまい。何もかも承知の鷹と花蓮のそばにいた方が幸せだと思うのだが、心が追いつかない。



 私が恋してやまない姫は、最高の親友の妻となることが決まった。親友に、恋する人の初めてを奪われたのだ。



 くっそ……。

 

 前宮を抜け出したことがバレたら、即刻宮廷から追われるのだから、早く戻るべきだ。だが、賑やかな街を歩いていても、私の気持ちがおさまらないのだ。



 私はどうすべきか?



 選抜の儀の第一位である、今世最高美女と誉高い夜々の家の邑珠姫(ゆじゅひめ)は、鷹一筋だ。第二位の冥々の家の茉莉姫(まありひめ)の方が病んでいるほど鷹に惚れていると思うのは気のせいだろうか?



 二人とも一言、二言目には、鷹宮様の好みは云々と始まるので、今日はもう、青桃菊棟(せいとうぎくとう)の姫様たちの相手をする気力がなかった。



 棟に帰れば、2人と顔を合わせる機会が増える。愛嬌だけは取り柄の璃音(りおん)としても、今日は自分の気分にお手上げなのだ。あの2人の相手はできない。



 じゃあ、あの第4位の酒蔵の姫はどうだろう……。



 そうだ。

 あの太めの姫……。

 恐ろしく頭の回転の速いあの爛々(らんらん)の家の優琳姫(ゆうりんひめ)となら、私は気分を晴らすことができるだろうか?


 美味い酒でも酌み交わして、少しくどいてみる……?


 うーん、戻ってあの姫のところにでも遊びに行く?



 賑やかな魚屋の前でウロウロしていたところを、私は奇妙な娘にぶつかった。



 ボーっとしていたのか、銀子の入った財布を取られた。


 懐に手を入れた娘は、一瞬、ビクッとしたが、すっと私の財布を取って走って逃げた。



「待てっ!」



 私は娘を追った。


 ボロボロの衣にぼさぼさの髪の毛をして、うっすらと泥がついた顔をしていたが、娘が可愛い顔立ちなのを一瞬で認めた。


 娘の手を握り、私は捻り上げた。



「返せ。腹が空いているなら、食わせてやるから、一旦財布は返せっ!」


 娘はハラハラと涙をこぼして泣いた。



「弟がっ!申し訳ありませぬっ!弟が弱っておりまして…」


「分かった!弟にも食わせてやろう。必要であれば医師にも連れて行こう。薬も買ってやろう」



 私はもうやけくそだった。

 人助けになんでもしてやるから、財布を返せと迫った。


 娘はオズオズと財布を差し出した。



「この財布は、昔大事な人からもらった財布なんだ。銀子はやる。弟はどこだ?案内せいっ!」



 私は泣く娘にすぐ近くの店で甘い菓子を買って持たせてやり、娘の案内に従って歩いた。


 むしゃくしゃしていたので、もう誰かを助けることで、憂さを晴したかった。


 そして、薄暗い路地に入ったところで、後ろから思いっきり頭を殴られて、倒れたのだ。


 まずいっ!

 

 殴られて崩れ落ちる瞬間に思ったが、目の前が真っ暗になった。



書き溜めていましたが、少しずつ足していきます。よろしくお願いいたします。

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