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姫様っ!?私の言葉を聞いていますか?

 あの誘拐事件で私を助けてくれた人は一体誰なんだろう?


 

 昌俊はその人を見たが、決して詳しく話してくれない。

 そのお方と正体を明かさないと約束をしたのだそうだ。



 蓬々の家の誰かだと思うが、美梨の君ではないと思う……。



 記憶の奥底で、何かがざわざわとするのだが、それがなんだか分からない。怖くて怖くて、思い出したくもない記憶だったから、今まで思い出そうともしなかった。



「私が誘拐された時……」



 黙り込んでいた瞬間に、不意に私が話し始めたら、鷹宮も美梨の君もギョッとした表情で私を見た。



 その話を私がし出すとは2人とも思わなかったようだ。




「蓬々の家の沢山の方たちが、必死に探してくれたと聞きました。美梨の君、あなたのおかげだったんですね?礼を今まで言えず、大変申し訳ございませんでした。ありがとうございました」



 美梨の君は一瞬鷹宮の顔をハッとして見たが、鷹宮は無表情のままだ。



「だって、花蓮が誘拐されたって、昌俊が半狂乱で騒いでいたのを偶然知って、じっとしてなんかいられなんかったから。当たり前だ。誰に助け出されたのか、思い出したか?」



 鷹宮も美梨の君も私の顔をじっと見た。


 私は力無く首を振った。



「その時のことは本当に覚えていないの……。ごめんなさい。思い出したくもないことだったから考えるのをやめていたのもある……」



 私の言葉に、なぜかその場が重苦しい雰囲気になった。



「ご……ごめんさいっ!でも、他に思い出したことあって……」



 私が言った瞬間に、鷹宮が身を乗り出して聞いてきた。



「なんだ!申せっ!話してみよっ!」



 美梨の君も身を乗り出している。



「誘拐される三月(みつき)ほど前、近くの寺の境内で、血だらけのおじいさんを助けたの。私が誘拐されたのと同じ広恩寺の境内の隅よ。大雄宝殿の裏の、ほら古い井戸がある辺りよ」



 鷹宮は絞り出すような乾いた声で私に聞いた。



「その時、誰かを見たのか?おじいさんという人は助かったのか?」



 美梨の君も何かを悟ったらしく、目を見開いて私の顔を見ている。鷹宮は眼光鋭く私を見た。



「その……他人の空似だと思うけれど……選抜の儀の吏部尚書を担当する芦杏(ろあん)という人に似ていたの。その人が血だらけのおじいさんを井戸に落とそうとして、おじいさんと揉み合っていたの。結局境内の方で声がして、その芦杏(ろあん)という人は去って行って……。私は落ちかけていたおじいさんを井戸から引っ張り上げて済々の家が寄贈した家におじいさんを匿ったの。街の医者に見せて、結局おじいさんは助かった。三月(みつき)ほどおじいさんの面倒を昌俊と小袖と一緒に見たの。『時じい』と名乗っていたわ。そのあと、おじいさんは置き手紙をしていなくなったけど」



 鷹宮は目を見開いて私の顔を見つめていた。本当に驚いた顔だ。



「その手紙を今も持っているか?」

「持って来てはいないと思う……済々の家にはありますから、昌俊に持って来させましょうか?」



 私の言葉に鷹宮は泣き笑いを始めた。



「花蓮っ!」

「はい」


「でかしたっ!」

「ほんとだよっ花蓮!さすがだ!だから、お前は誘拐されたんだな?」



 鷹宮と美梨の君はよく分からないが、泣き笑いしながら変わるがわるに私を抱きしめてくれた。



「ちがっ!美梨、お前は離れろっ!」

「いや違わないっ!俺が昌俊の異変に気づいたから、花蓮はあの時助かったんだろ?」


「それはそうだがっ!花蓮に触れるなっ!」



 2人はそう言い合いながらも、泣きながら私を抱きしめてくれた。



 いや?

 なんか。


 私だけ事態がよく分かっていませんが……!?



 どういう状況なんだろう……。



 今宵、鷹宮に寝殿で教えてもらえるのだろうか……。



 いやーん。

 寝殿……。

 不謹慎な期待をしないでっ、私!



 

「姫様っ!?私の言葉を聞いていますか?今、違うことを今考えていらっしゃいません?」



 湯殿に向かう道すがら、吉乃の厳しい説教は続いた。




 私の入内は予期せぬ展開になったようだ。



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