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そんなに昨晩のお酒は美味しかったか?

 姫君、姫君。


 声がして私は目を開けた。


 目の前に綺麗な瞳があって、私を見つめている。


 男?


 そのまま口づけをされて、私はよく分からないまま、抱き寄せられた。


 私の体は男に抱えあげられ、ずんずんと運ばれて行く。


「姫は無事かー!?」


 雷のような声がして、「まったく俊昌(まさとし)はうるさいよ」と思ったら、私は気を失った。



***


 朝日が私を包んでいた。華やぐ宮廷の奥の清らかな一室で、私はふわふわの布団で寝ている。小鳥の囀りが私の耳に聞こえてきて、朝の爽やかな風が私の頬を撫でる。



 うん?

 そよ風が直接頬にあたる。

 そうか、小袖が窓を開けてくれたか……。



「うわっ!お前、ここで何をしているっ!?」



 突然、驚いた低い声が私の耳に飛び込んできた。



 え!?


 目をパチリと開けた。


 眩しーっ!

 


 空の朝日が後光のように差し込む一人の男性の顔が見えた。眩しくてよく見えない。



 誰?……誰ですか?

  

 うん?

 姫の部屋に男子が入る!?

 


 く、く、く、く……曲者じゃーぁっ!



「曲者っ!何者じゃっ!」



 私は叫んだ。

 いや、掠れた声しか出なかったから、か弱い声で叫んだ。



「うわっ!酒くっ……さ。何が曲者だ。周りを見ろ!」



 私はハッとして目をしっかり開けて周りを見た。


 や……やま?

 やまですかっ?


 山の中の落ち葉の上に私はひっくり返って寝ていた。打掛やら何やら、ゼーっんぶおっぴろげだ。



 う。

 わ。

 うわーっ! 



「こんな朝っぱらから山の中で呑気に寝ているとは、何をしているっ!?」


「な……何をとは。こっちのセリフですが。ど……どうしてこうなったのか、さっぱり」



 私は起き上がった。見れば、そばに小袖(こそで)がひっくり返って寝ていた。切り株の上に羽織をおいて、そこを枕にしてしまっている。



「小袖っ!」



 私は小袖に飛び掛かるようにして、小袖の体をゆすった。

 


 も、もしや死んでいる!?



「姫様ぁ、もう飲めませぬ……」



 何を寝ぼけているっ!?

 こんな山の中で私たちは一体何をしていた?



「まさとしーっ!」



 私は当たりをキョロキョロ見渡して、忠実な僕、昌俊の姿を探した。熊のような巨体の彼は、ぐうぐうといびきをかいて近くの木にもたれて寝ていた。



「昌俊っ!起きなさいっ!まわりを見てください」


 私は必死に昌俊を起こそうとした。だが、びくともしなかった。



「薬だな」



 低い声がしてさっと振り向いた。さっき私を起こしたらしい若君が私たちの様子を睨むような瞳でジロジロ見ながら言った。



「あんたら、薬を盛られたんだ。よくこの状態で無事だったな。ったく悪運が強いとしか言いようがないな」



 呆れた物言いで吐き捨てるように言った若君は、立派な衣装を着ていた。絹の生地に刺繍がふんだんに施されていて、色鮮やかで朝日に眩しい紫の衣だ。



 こんな所に何しにきたんだろ?

 というか、この人も朝早くからここで何しているの?



「あの……若様はここで何をされていたの……」


 私の問いかけは最後まで言うことはできなかった。


「狩だっ!」


 少し頬を紅潮させてそっぽを向いて怒鳴るように言い返されたからだ。若君の凛々しいお顔はそう言うと、真一文字に唇を結ばれて、私を憎らしげに睨む瞳といい、明らかに不快なものを見る表情になった。



「せっかく爽やかな朝に猪狩りにでもと朝早くから出てくれば、こんな所で呑気にたぬきのように寝ているお主らを見つけて不快極まりないっ!酒臭いし、よー無事にこんな所で無傷でいたな!?」



 完全に喧嘩をふっかけられたような気がする。

 


 私は一応、頭を下げようと、怒りをおさめてもらおうと、跪いて頭を下げようとした。ふと視線を上げると、若君の靴が膝の辺りまで泥だらけで、後ろに続く黒装束の従者の軍団も、足元が泥だらけで真っ黒だ。しかも、疲弊している。



 うん?

 これは戦に行くつもりじゃない?

 

 なんであのような大層な軍団を引き連れて猪狩りに?


 一晩中山を越えてやってきたような……。



 私はここでピーンときた。

 このお方たちは、敵軍じゃっ!



 いつも父上が話していたではないか。

 いつか隣国の激奈龍(げきなんりゅう)が攻めてくると。



 美しいとも言える若君の顔を私は凝視した。

 


 あれ?

 どこかで見たことがある……ような?

 うん?


「どこかでお会いしましたか?」



 私は袂の短剣がまだそこにあることを右手で確かめながら聞いた。


 激奈龍の若君は、我が国、御咲ごさきに訪問したことがあったのではないか。


 御咲の国の宮廷は四方を山に囲まれた真ん中の平地にある。山に囲まれているということは、宮廷に忍び込むには、まず他国からはこの山を越えなければならぬ。一番近いが、一番危険な道筋だ。


 私に尋ねられた若君は、頬を紅潮させた顔をもっと真っ赤にさせた。


「な……ないっ!」


 

 ははん。

 さては正体を私に見破られそうになって、誤魔化そうとしているのね?

 その手に乗るかっ!



 私は覚悟を決めた。

 父上に、御咲の国の宮廷に輿入れするからには、命を宮に捧げるつもりで行くようにと諭されたのだ。



 この命、宮に捧げますっ!

 まだ、宮にはあったことなかったけど!



 私は覚悟を決めて真っ赤になってそっぽを向いた紫の素晴らしい衣装を着た若君に突進した。袂から短剣を取り出した。



「これ敵!そなたの不埒な振る舞い、見過ごすわけにはいかないっ!」



 私の不意打ちを見て、後ろの黒装束の軍団が一気に若君の前に突進してきた。


 だが、私の足がもつれた。昨晩の美味しいお酒が残っていたようだ。

 


 はて、あんなに美味しいお酒をどうやって私たちは手に入れたんだっけ?


 うん?



 私は意気込みだけは素晴らしかったと断言できるが、実態はよろよろと若君に駆け寄り、短剣をあっさり若君に取られて、足をふらつかせてよろめいたところを若君に抱えられた。



 唇がくっつくほど若君に接近した。



 その瞬間、ほんの一瞬だけ、彼がふっと笑った気がした。



「髪に葉っぱが付いている、姫。それに酒臭い!そんなに昨晩のお酒は美味しかったか?」



 口角を上げた彼が発した言葉を聞いて、私は敵に捕らえられたと悟り、気を失った。


 

「姫さまっ!」

「ひめーっ!」



 小袖と昌俊の絶叫が聞こえた気がしたが、私はもうダメだと意識を手放した。


 万事休す。

 

 父上、私、花蓮はお役に立てませんでした……。済々の皆様、どうぞお達者で。



 18歳、短い命でありました。


 役立たずの一の姫をお許した……。




 ***

 これは、32人の妃候補の中で選抜の儀32位の、傷物地味姫と皆に蔑まれる済々の家の花蓮姫が、下克上ならぬ最下層からてっぺんを獲る、未来の皇后である皇子第一妃となる物語である。


 美しさ、気立、いずれも順位でも圏外の地味な傷物姫がなんでてっぺん取れちゃうの……?


 31人の姫を抱えるそれぞれの家々の悲鳴もさることながら、31人の妃候補の声にならぬ絶叫が響き渡る、鷹宮の妃を決める選抜の儀は波乱含みの幕開けとなった。


 済々の家の一の姫、花蓮姫の入内は誰にとっても番狂わせの予期せぬ展開となった。



新しく始めました。珍しく中華風ファンタジーです。溺愛✖️陰謀です。よろしくお願いいたします。

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