表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

トオル アカギ(G t C外伝 )

頂点を目指す


君を

貴女を

最高峰で見つける

宿命と運命

君と会ったのはいつ頃だったかな。

仕事を辞めて趣味だった山にのめり込んで、120座を迎える頃…だったろうか。

君は黙々と、淡々と頂を目指していた。

目前を歩く君を追いかけるように同じ頂を目指して、そのうち歩みも呼吸も同調していた。一息付く度に距離は縮まっていき、肩を並べる頃には山頂の壮大な景色が広がっていた。

大きく深呼吸し、声をかける。

「素晴らしい。景色も、空気も。貴女も」

隣に立ち、彼女は息を整えながら豪快に笑う。

「あははは、嘘でしょ。初対面よ。ここでそんな口説き方、あり?」

笑顔の爽やかな女性だった。澄んだ空と輝く緑に溶け込んでいっそ美しい、化粧もしていないがよく日焼けした顔は山に映えて魅力的だ。

彼女との出会いは…山の上だ。

多分、一生に一度しか出会えない女性なのだろう。

直感がそう言っているようで、手放したくないと初めて思った。


「谷川奈緒。趣味は山登り。23歳。貴方は?」

真っ直ぐ正面の青空と雲しかない景色を眺めながら、彼女は言う。

「僕は…赤城明。明治の明でトオル。アキラではなく、トオル。趣味は同じく山登り。31歳」

「赤城さん、ね。この山は?初めてかしら?」

少しはにかみながら振り返り、躊躇なく尋ねる。

「谷川さん…山の名だね。この山は初めてだよ。でも、ここは…そうだな、気に入った。近いうちにまた、来よう」

「ふふ、赤城山と谷川岳。私はどちらも好きな山、最近は登頂できてないけどね。ここの所、この山ばかりだから。違うルートで何度でも、ここまで来るの。だから景色も空気もいつも違うのよ。なかなかやんちゃな山だから…人気はあまりない山だけどね」

いつもなら、他の登山客とは会話はあまりしない。一人で黙々とゴールを目指す。その方が気が楽だ。

でも、今日は彼女と話しをするのが楽しいと思った。

「谷川さんはなぜ、この山ばかりアタックするの?良い山だと思うけど…何か特別な何かあるのかな?」

ちょっとした好奇心だった。


「探してるんです。私の半身を…」


呟くように、囁くように彼女は答える。

「は、んしん?とは?」

「いえ、何でもないです。ここから見る景色が気に入ってるんですよ。心が洗われるようで…好きなんです。ただ、それだけ」

少し悲しげな笑顔をこちらに向けると、私は降りますねともと来た道を辿ってゆっくりと歩き出した。

「貴女が降りるなら、私も。ご一緒させてもらっても?」

一度だけ振り向いて頷く。心地良い返事の仕方だった。何も言わず、ただ後をついて、呼吸と足音だけが重なる。

しばらく、そうして歩いていた彼女が不意に立ち止まった。何かに耳を澄ましている。

「?何か…?」

声をかけようとすると人差し指を口に当て静かにと目配せをしてくる。自分には何も、聞こえない。

この時は何か居ると言う気配は感じていたが、音までは聞き取れず、『彼等』の声は自分には届いていなかった。

「あ、かぎさん。は、何か聞こえていますか?」

しばらくの沈黙の後、彼女は少しだけ不安気に聞いてくる。

「いえ、聞こえてはいない。けれど、何か…居ますね。獣?…いや、違うな。」

彼女の方を見ずに気配のする方を見つめている。

彼女は驚いたように振り返り、見上げると少しだけ嬉しそうに笑った。

「分かるんですね。私には声しか届かない。姿を理解する人が居ないと出て来てくれない。赤城さん。私の半身を見せてくれませんか?」

彼女の言葉がしばらく理解できなかった。不思議な事やいわゆる怪奇現象のような物は特に信じているわけではないが、無いものとも思っていない。ただ、出会った事がないだけで。

「僕は霊的なものには鈍感ですよ。貴女の願いが叶うかどうか…」

「いえ、大丈夫です。赤城さんはこちら側の人のようなので。彼等がそう言っています。やっと、やっと会えるんです」

穏やかに、そして幸せそうに空を見上げる。

つられて見上げると、ふいに光が遮られ、大きな羽音と共に自分より一回りは大きい何か、が舞い降りてきた。


あれは…てん、ぐ、か。


子供の頃に絵本で見た赤ら顔の鼻の長い天狗とは少し違う。顔は青く…嘴のようなものがある。漆黒の大きな翼を持ち、修験僧のような白装束を身に纏っている。


「青葉!やっと、会えた。青葉!」

最後の方は羽音にかき消されてしまったが、彼女は異形の者を青葉と呼んだ。青葉と言う名のようだ。

「あれは、子天狗。鴉天狗とも呼ばれています。わたしの半身…なんです」

彼女の言う半身の意味が分からなかった。パートナーと言う意味なのか、まさか兄妹とか…と思いを巡らせながらその生き物を見る。目はギラギラとしているが、決して恐ろしいわけではない。彼女を見つめるそれはむしろ温かい。

「私は出自が分からないのです。物心ついた頃には彼等がそばに居て、この山で幾時も過ごしました。本当の年齢も分かりません。彼等が姿を消した後、山に登山客として入った方に保護されて…」

大きな羽に包まれるような形で守られている彼女の語るそれは、衝撃的ではあったが目の前に居る異形の者が真実であると語っている。

「赤城、さん。ありがとう。この偶然は奇跡、かもしれません。いずれまた貴方にはお会いする事があると…思います。彼等も貴方なら大丈夫と」

彼女の言葉を聞き、傍にいる鴉天狗に目を向けると、ゆっくりこちらに視線を落とし、静かに頷く。


しばらくして、彼女は静かに彼等の元へ向かって行った。いつの間にか青葉と呼ばれた鴉天狗の後ろに幾つかの影があった。青葉よりも少し小さい鴉天狗達が彼女を迎えている。

私は何もする事ができず、ただ彼女の背中を見ているだけだった。


行くな。


「待ってくれ。私はまだ貴女の事を知らない。このまま、知らないままで何を…」


彼女を引き留めようとしていた。

伸ばした手は届かない。


「ごめんなさい。赤城さん。また」

鴉天狗の腕の中で彼女は微笑み、空を見上げる。

バサリ、バサリと翼がはためく音が聞こえ、空気が動く。鴉天狗と、彼に抱えられた彼女はゆっくりと空を舞う。大きな翼が羽ばたき宙に浮かぶと、鴉天狗は風に乗り上昇していく。周りには数十羽の鴉天狗がまるで二人を守るかのように囲み、一緒に彼方へ消えていった。


あれから彼女を探している。

もうすぐ300座を超える。



赤城明外伝

本編と少し違う話し。

書きたかっただけ。

赤城と奈緒の出会いは赤城の能力開花に関係がある。

外伝の続編はまたいずれ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ