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grasp 出動 浪川とヒロ

俺の記念すべき日だ。

ブックも解除完了。

準備は万端。


さあ、就業開始だ

きっちりやろうぜ

 ヤバいな、これ。俺、遅刻するじゃん。


 いつも通り、いつもの時間にいつもの電車の車両に乗って通勤。朝は結構ラッシュになるから少し早目の時間帯にしている。でも、この時間帯…出現率高いんだよな。それだけじゃない…時々、発生方法のパターンが違う物がいる。俺達が確認できる限りだけど、文字が鏡文字になっていなかったり、いきなり文字が現れるパターンもある。


 今、その場で文字をプリントしてる、そんな感じ。

 力のある奴が…居る。

 そんな感じだ。嫌な予感しかしない。



「うわ、何だかな〜呪文…だよなぁあれ」


 斜向かいに立つサラリーマンがスポーツ新聞を片手に持ち、ガタガタと震え出す。吊り革につかまっている手を離すと、スポーツ新聞の真ん中あたりをなぞり何かをぶつぶつと呟いている。

あれは、新しいパターンのやつだ。

最悪。


「青い目、赤い目、のらりくらり、にたりにたり、ひたりひたり。ゆらり、消える」



 SWS出現だ。でも、上手く見えない…と言うより、消えることがある…のか?

 俺の力不足かもしれないけど、姿は時折ブレて歪む。何だ?猫?たぬき?

 耳はかなり小さい、横に広がった顔のほぼ中央に目がある。赤と青の粒の大きいビー玉みたいだ。その目だけがギラギラと見えている。身体もぼてぼてとしてかなり大きい。シルエットだけが見えている状態で輪郭がはっきりとしない。


「やばい、あれ、消える…。バキューム難しいな。グラスプ呼ばないと。とりあえず、マーキングだけはしとかないとだな」


 SWSが出現した時、俺たちコレクターはバキュームを使って捕獲を始める。ただ、捕獲にはそのSWSの呪文を唱えてバキュームを対象物に向けないとダメだ。今回のSWSは厄介な事に姿が消えることがあるようだ。こうなると、対象物が無くなってしまい上手く捕獲できない。

 グラスプに掴んで貰わなければ。


 この路線…栞、乗ってないか…。

 呼ぶしかないか。

 とりあえず、本部へ連絡だな。


 SWSを呼び出したサラリーマンはフォロワーとかギャザレスとか呼ばれる。ブラックアンリッシュとの関係がどのくらいかによって呼ばれ方が違うみたいだ。俺はとりあえず、全部フォロワーと呼んでるけど。

 このフォロワーにマーキングを施して簡単な結界をはる。何もしないよりはマシな程度の結界なんだけれども。


 フォロワーのサラリーマンは虚な目で窓の外を眺めている。これから仕事に行く人間の表情ではない。

 たまたま電車に乗り合わせた、ちょっと波長の合った人間だっただけでこうなってしまう。


「お疲れ様です。伊庭です。SWS出現してるんですが、現場でバキューム難しいタイプです。グラスプ案件なんで、誰か呼べます?東照線の庚申駅で対象が降ります。マーキングはしてあるのでサーチはできるかと思いますが」

「伊庭くん久しぶり。了解です」

 サーチャーの鷹村さんだ。何度か会ったことがあるけど、綺麗なお姉さんって感じ。俺よりは何個か下だったはずだけど。

「鷹村さん、グラスプってリクエストしてもいいっすか?できれば、栞…三坂栞って呼べます?」

「あー栞ちゃんね。今日は…夕方なら行けるかな。彼女高校生だしね、呼び出しあんましてないのよ」

「マジっすか。いや、対象が消えたりする不安定なやつなんでレベル高いキラーの栞なら一発で行けるかと…、俺のマーキング夕方まではもつと思うんですけど、その前にフォロワーがヤバそうなんで早い方がいいかもですね。赤城さん手空いてないんですか?」


 フォロワーはSWSを出現させた後、それを出した事も自分がどうなっているかも覚えていない。場合によっては抜け殻のようになり廃人となってしまう事もある。そこまで行き着く前に薬のようなものを処方するらしい。今回のフォロワー、もうヤバい感じがする。

 急がないと。


「赤城さん、あの人は今抱えてる案件が数件あってね、ちょーっと難しいかな。キラーレベルよね、ちょっと待って。行ける人が、いる。伊庭くんの苦手な人だけど。彼ならすぐ向かわせるけど」

「俺の苦手な…キラー…って。まさかの浪川さん…?」

「んふふ、そう。浪川さん。今、その辺りの現場回ってるから、向かってもらう」

「うわ、マジですか〜。浪川さん…いや、これはお願いするしかない案件ですよね。わがまま言ってちゃダメっすね。俺がレベルアップすりゃこんな事にならないんだし…今回は、すみません。お願いします」

「了解。位置情報見るに…庚申駅なら15分くらいかな。駅で合流してくれる?SWSのマーキングは把握はできてるから、合流したら二人で向かって。よろしく」

「かしこまりました。では、また。合流次第連絡しますっ。」


 グラスプの浪川さんは俺の最初の指導者にあたる人物だ。気難しい人でもないし、怖いわけでもないけど…苦手だ。何を考えてるのか読みづらいし最初の上司だからってのはあるかな。指導者としては、多分、優秀。浪川さんの下に付いていたグラスプはレベルが高い。赤城さんもその一人で浪川さんに基礎を教わったらしいけど…赤城さんはレベル、いや、頭の中の次元が違うからな。浪川さんも少し教えたら放置だったらしい。


「伊庭っち〜久しぶりだねぇ。元気?俺を呼びつけるって、偉くなったなぁ。」

「い、いや、何言ってるんですかっ。浪川さんクラスの案件なんですって。俺じゃまだまだなんですよぅ。今日は浪川さんのデリート勉強させてもらいます。」

「伊庭っちのレベル、上げちゃうよぅ。俺って優しいよねぇ。俺、凄いよねぇ、ねぇ伊庭くん。敬って。敬って」


 相変わらずだ。浪川さん。

 庚申駅で降りると携帯が鳴る。鷹村さんだ。

「伊庭くん、浪川さんと合流したよね。駅を出たら右の大通りを真っ直ぐ行ってくれる?多分100mぐらい行くと左側に路地があるの。そこを入って行くと『雲取ビル』ってあるんだけど…対象者そのビルの中よ。マーキングの確認取れてる』

「了解しました。これから向かいます。着いたら連絡入れますか?」

「いや、いいわよ。浪川さんが一緒なら問題ない。バキューム…いや、デリートしたら連絡でいいわ。よろしくね」

「オッケーです。では、後ほど」

 鷹村さんの業務連絡は簡潔、確実。仕事はやりやすい。


 さあ、就業開始だ。

 きっちりやりましょう、浪川さん。



 雲取ビルは一階部分に小さな商店があり、その横に上に行くための階段と古ぼけたエレベーターが一基。

 ほとんどが空き部屋のようだ。会社名らしきものが入ったプレートを掲げているドアもあるが、人の気配がない。建物は五階まであり、屋上へ出る事もできるらしい。

「浪川さん、上から攻めますか?」エレベーターホールのような階段の踊り場で声のトーンを落として聞く。

「いや、下から順に、だ。上の階へ追い詰めていく。どんなSWSかまだはっきりしないだろ、ここで逃げられたらアウトだ」

仕事となると性格が変わったみたいにクールに攻めてくる。これが浪川瑛二と言う男だ。

「イバくん、君の見立てだとどんな感じのSWSなの?」

「いやぁ正直…よく、分かんないっす。姿は猫みたいなんですけど、消えたり、ブレたりする。フォロワーの感じだと気力のような物を抜き取っている感じ。です。抜き取った物がどうなるのか、これがわからない。ちょっと得体が知れないですね。ただ、感覚的に…かなりヤバい感じはします」

「イバくんがヤバいって感じるって事は…かなりヤバいね。これは、大きくなる前に回収しようか。幸いこのビルに人は居ない。僕たちが「ブレ」なければ問題無い。さあ、一つ一つ潰して行こうか」


 各フロアーには階段を挟んで2軒ずつの部屋がある。各部屋を確認して、持っているブックから『文字起こし』をする。呪文を唱える代わりにブックに指先で文字を書く。ブックに書かれたその呪文はリボンのように紐状になり、壁や天井に貼り付く。これでこの部屋にSWSが入り込むことはない。

 

 一体のSWSが出現すると共鳴するかのように小さな何かSWSにもならないモヤっとした物が発生する。一つ一つは危害は無いが、共鳴しあって一塊になるとこれは厄介。回収するのも難しいし、解体してバラそうとしてもバラせない。おまけに衝撃が加われば散り散りに広がる。SWSが放置されるとこいつらの濃度が増してしまう。なる早での対応が必要になってくるのはこのせいだ。

 部屋の中には人の気や想いのような物が残っている事がある。念のような物も時折混ざっている。呪文で呼び出されたSWSはそういう物を吸収して大きくなり、対象となる物に取り憑く。

 今は、気配だけが残っているような感じだ。

 かなり…大きくなっている。

「浪川さん、この、上。居ますよね」

「ああ、伊庭くんも感じてるね。準備をしてくれるかい?多分…君のペーパーバッグ完結しちゃうサイズだろうから、こっち使って。所長から預かってるよ、君のハードカバー…レベルアップしたね」

「うへっ。ここで?いきなりハードカバーっすか。り、了解です。ブック解除します。」

 綺麗なモスグリーンの表紙。手触りも申し分無い。新品のハードカバーを開いた時の感触、たまらないね。

「浪川さん。解除完了です。いつでも回収できます、さぁ行きましょう」

「いいねぇ、その感じ。さて、まずは正体探りましょうか。出てこいよ、子猫ちゃん」


青い目、赤い目、のらりくらり、にたりにたり、ひたりひたり。ゆらり、消える


 浪川さんの呪文が響く。普段の話し声よりも少しトーンは落としている。静かで良く通る声だ。呪文を唱えながら人差し指と中指を対象に向け、クィッと引っ掛ける仕草をする。栞と違って掴むと言うよりは釣り上げる感じだ。

「言ってた通りか、猫…のようなものだね。おっと、やっぱり掴みにくい。消える前に…」

「俺のバキュームの出力あげます。引っ掛けたら一気に来てください。」

ハードカバーの開いたページに念を送りながら、自分でも対象を掴むイメージを強くし、引き摺り込む。

「OK、伊庭くん。頼もしい、さて、次は…多分あの角から来る。準備はいいかい?」


青い目、赤い目、のらりくらり、にたりにたり、ひたりひたり。ゆらり、消える


 空気が揺れた。最初に姿を現した時より圧が強い。俺たちを認識して警戒している。

「伊庭くん、気を付けて。認識されたから、来る。多分、君の方が狙われる。あれは、目を逸らすな…」

浪川さんの声が響く。

猫のようなSWSは不自然に首を傾けてにじり寄ってくる。大きな口は薄ら笑いを浮かべているようだ。赤い目と青い目がジッと俺を見る。瞬きできない、ほんの数秒が数時間に感じる。時間軸がおかしい。

「伊庭くん、のみこまれるな。そいつを御せ…」

浪川さんの声が遠くなっていく、やばい。こいつの中に引き摺り込まれる。




辺りが一瞬で無音になった。足元には水か…音はしないが動くと波紋が広がる。目の前にいるSWSは相変わらずニタニタしながら俺を見つめている。

しばらく睨み合いが続いた。一瞬、瞬きをすると、その瞬間首元に何かが纏わり付いた。

「痛って」

首元に痛みが走る。そうこうしていると、今度は肩、次はふくらはぎ、手首、耳、腹、足首…、小さな傷が無数にあちこちにできている。

「何だよ、いってーな。鎌鼬みたいだなこいつ。この状況、どうする?って、俺が何とかするしかないよなぁ…なぁお前何をしたいんだ?俺、今、最強。負ける気しないんだわ」

SWSに取り込まれてはいるものの、状況は案外悪くない。意識の外で浪川さんがSWSを「掴ん」でいる。動きは鈍い。ここで俺がこいつを回収できれば…問題無い。

「さて、行きましょう。〜青い目、赤い目、のらりくらり、にたりにたり、ひたりひたり。ゆらり、消える〜」

睨み合いが続いたまま呪文をひたすらに唱える。ブックに吸い込むイメージを強くする。浪川さんがしていたように俺も対象を引っ掛け、手繰り寄せる。

「行け、る。このまま…って、イッテェ。もう、ウザい、何なんだよこいつ。何したんだ?じわじわ傷つけやがって。タチわりぃな。」


SWSは呼び出した人間の悪意が形になる事が多い。おまけにこのSWSは周りの人間の気を抜き取っている。それによって、かなり大きくなっていた。


あいつ、動物?猫…か、傷つけてやがる。自分がそうされたからって…何匹、傷つけたんだよ。

そんなやつの悪意の塊、このままにしとくわけ行かないっしょ。さらに力をブックに込める。

「大丈夫だ。俺ならできる。できる。

…ブラックアウト。

〜青い目、赤い目、のらりくらり、にたりにたり、ひたりひたり。ゆらり、消える〜

…デリート。」

動きは鈍いが、とにかく重い。見た目よりもかなり、だ。抵抗もしているせいか引き摺り込むのにかなり力がいる。

「久々に重い〜ィィ。って、何、食べたら、こ、ん、なに、重い、くなる、んだよっ。この、俺様を、なめんなぁっっ」

腹に力を込めて、思いっきり腕を引き戻す。ずるっとブックヘ頭を入れる、頭が入れば後は押し込むのみ。

あちこちの傷がチリチリと焼けるように痛む。

このSWSが傷つけた動物たちの痛みかもしれない。

絶え間なく続く痛み。耳の奥で断末魔のような咆哮が響く。

最後まで嫌な笑いを貼り付けた顔が一瞬歪んだ。

激しくもがきながらブックに吸い込まれ、デリートが完了した。

「終わっ、た…」


辺りの様子が元に戻る。

誰も居ないビルの一室に浪川さんの姿がある。いつも通り…爽やかな笑みを浮かべている。

腕の中に小さな猫を抱いて。


「デリートできたね。お疲れ様。この子の生命力とSWSが共鳴してたね。ちょっと大変な案件だったけど…よくできたよ。伊庭くん。」

「お、おつかれ、さ、までした…。浪川さん、居なかったらマジでヤバかったっす。こんな、ちっこいのに…大変だったなぁお前」

浪川さんの腕の中で小さく震えている子猫の頭を撫でる。もう、大丈夫だ。


SWSを呼び出したサラリーマンの悪意が形になり、このビルに残された悪意の念が取り込まれ…大きくなっていった。そこにこの小さな猫の生きたいと思う力が吸収されてしまったせいで、生命力がエネルギーとして使われてあらゆる現象が起きていた。


これが簡単に言うとこのSWSの力と現象なんだそうだ。使用済みのペーパーバックを本部に収める時に聞いた話しだ。取り込まれた時にできた傷がまだ残っている。痛みの感覚は消えない。

自分の新しいブックに初めて刻まれたSWS。

こいつは一生忘れないだろうな。




伊庭裕生の覚え書き

ブック解除初のSWS


No.852

エスケイプ


呪文

青い目、赤い目、のらりくらり、にたりにたり、ひたりひたり。ゆらり、消える


猫?たぬき?

 耳はかなり小さい、横に広がった顔のほぼ中央に目がある。赤と青の粒の大きいビー玉みたいだ。その目だけがギラギラと見えている。身体もぼてぼてとしてかなり大きい。シルエットだけが見えている状態で輪郭がはっきりとしない。

(本文より)


詳細は調査中だが、出現方法が少し変化しているSWS。

また、出現後も実体が不安定。消えたり、広範囲で動くことがある。


出現後、このSWSは周りの人間の気を抜き取る事ができ、さらに大きくなっていた。また、その場にいた子猫の生命力を糧にグラスプ、コレクターを取り込む事ができるほどに。


呼び出したサラリーマンの詳細はこの人物が植物状態のため未確認。

伊庭が取り込まれた際に動物への虐待が確認されているが、念による認識のため未確定。


伊庭裕生のブックへブラックアウトしてデリート済み





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