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Obedience T・ショウ

虚しい

 オレは何をしているのか

 これでいい。

 これでいいんだ。

 毎日、毎日同じ事の繰り返し。

 店に来る客に暴言を吐かれ、物を投げつけてくるような奴もいる。それでも、反論はせず嵐が去るのを待つようにただひたすら俯く。


 これでいいんだろうか。

 きっとこれでいいんだ…自問自答を繰り返す。


 やっと就職できた先はブラックかと思いきや、意外と先輩達は親切かつ丁寧に仕事を教えてくれる。時々雷が落ちるような時もあるが、それは、まぁ俺が仕事ができない人間だからであって、理不尽に怒られているわけではない。

 先輩や同期は問題がない、ただ、対応する客が…最悪だ。これをどれだけ我慢して耐えて行けばいいんだろう。


「今日もめんどくさい親父来てますね。あの人、人の容姿になんだかんだ言ってくるんですよね」

「あぁあの人ね〜ヤバいよね。最近ターゲットうつっちゃったんだよね…前はさ、前任者の守屋くんだったのよ、異動したからね〜今は短田くんなんだよね〜」


 皆さん聞こえてます。ヒソヒソ話すのやめて頂きたい。

 パートのおばさま達がバックヤードで話す会話は大抵客の悪口だ。常連で、毎週のようにやってくる自称土井と名乗るお年寄りがいる。いつも小汚いジャケットにゴミ袋のようなエコバッグを数個ぶら下げて、フラフラとやってくる。購入する物はまちまちだが買い上げ点数は少ない。

 レジ担当のアルバイトに聞くと、お金はそれなりに持っているらしい。手にしている年季の入った長財布には札束が入っている事もあるらしい。

「おーい、短田くん。今日はいつにも増して脂ぎってるねぇ。ちゃんと僕の勧めた洗顔使ってるか」

「いらっしゃいませ。こんにちは。はははぁつ、使ってますよ。はい。あぁ今日も暑いですねぇ」

 早くこの会話を終わらせたい。適当に生返事をし、会話をそらす。

「暑いかどうかなんて君ら関係無いだろう、店の中、空調きいててさ…いいよなぁ君達、この暑い中、こぉんなに涼しい所で仕事できてさぁ」

「あはは…そうですよね」

 早く誰か助けてくれないかと周りを見渡すが、助けてくれそうな人は周りに誰もいない。いつも夕方の一番忙しい時間にやって来ては声をかけてくる。運悪く捕まってしまうと30分は離れない。移動すれば後をついて来て話しかけてくる。

 こんな客が、毎日、日替わりでやってくる。たまったもんじゃない。この時間帯は特に要注意だ。なるべく顔を合わせないようにそっと売り場から離れるのだが、めざとい常連は行動パターンを把握しているのかいつの間にか側にいる事がある。


 ああ、こいつら全員…●✖︎▲●●▲✖︎…


 毎日、毎日呪文のように呟く。

 黒々した何かが腹の奥に溜まっていくのが分かる。

 嫌だ、嫌だ。


「ねぇねぇ将ちゃん。あのね、ヒマね欲しい物があるの。今度のお休みお買い物行こう〜」

 疲れ果てて家に帰ると満面の笑みを浮かべながら甘えてくる彼女。俺の唯一の救いだ。

「ただいま、ヒマ。あぁ〜疲れたよ。また、変な客につかまってさぁ…。よし、気分転換だ次の休み車出すよ。遠出しよ。」

「ヤッタァ。将ちゃん、ありがとぉ。ヒマねぇ新しくできたアウトレット行きたいなぁ。お洋服買いたい」


 俺の彼女、中里妃万莉なかさとひまりは同じ職場の後輩だ。少し前に彼女の異動が決まったタイミングで俺の方から告ってOKをもらい、付き合いが始まった。時々こうして俺の家で俺の帰りを待っている。

 正直、同じ職場で見る限り仕事ができるタイプではない。先輩達が手を焼いているのをよく見かけていた。それでも一生懸命で可愛いと思った。俺が守ってやらないと…と。

 でも、この思いは間違っていたのかもしれない。

 妃万莉は守ってあげる、そんな存在では無いと気付くのにそう時間はかからなかった。

 

 

 週末は二人して二連休を取ることができ、レンタカーを借りて、郊外にあるかなり大きめのアウトレットへ出かけることになった。

 2時間強の道のりをノンストップで飛ばして来た。

 休日と言う事もあって、かなり混み合っている。あまり人混みは好きではないが、妃万莉と二人だから大丈夫とテンションも高くなっている事も重なって、予定になかった買い物も結構してしまった。

 アウトレットの駐車場の一画ではフリーマーケットが開催されていて、昼頃にはその辺りも人で溢れかえっていた。

「ね、将ちゃんフリマも行ってみようよ。なんか、可愛いのあるかなぁ」

「お、いいね。行ってみよう。インテリアとか見てみたいな」

 人を避けながら、見失わないよう手を繋ぎフリーマーケットのいくつかのブースを見て歩く。妃万莉は可愛い物を見かけるとパタパタと近寄って行く。俺は弱い力で引っ張られながらついて行った。

「将ちゃん、ほら、みてみて〜これ、可愛いぃ。うさぎさんだよ。ヒマうさぎさん大好き。めっちゃ可愛い。これとか玄関の所に飾りたい」

「お、いいじゃん。気に入ったなら買いなよ」

 小さめの陶器でできたうさぎの置物を手に、甘えた笑顔を見せる。

「えーいいの?将ちゃんも何かあったら買ってね。ヒマばっかり買い物してたら悪いから」

「大丈夫だよ、ヒマが嬉しいなら俺はそれだけでいいからさ」

 妃万莉の楽しそうな様子を見て、仕事からのストレスが解消されていく。もう少し頑張れるかもと思ってしまう。


「ねぇねぇ、将ちゃん見て、これ、可愛くない?ふわふわしてるの〜いくらかなぁ。ね。」

「お、ヒマの好きそうな感じ…ん?」

 妃万莉の手に取ったぬいぐるみのような置物の横に少し古いハードカバーの書籍が並んでいる。何だかこの並びでは不釣り合いに見える品物だが、フリーマーケットだから…何でもありか、と惹きつけられるようにその本を手に取った。

「将ちゃん、それ買うの?何か古いっぽい〜ステキ〜何の本かなぁ」

 正直、妃万莉はさほど興味は無いだろう。本を読んでいるところは見たことがない。そう言う自分も推理小説は好きだが、好きな作家以外の小説はあまり読まないし、ベストセラーと呼ばれる本も話題作りで読むぐらいだ。でも、なぜか、この古びた本は手に取らなければいけないような気がして、気がついた時には売主から、「無料ただ」同然の値段で引き取っていた。売主も処分に困っているから引き取ってくれるだけでありがたいとボソボソと呟く。


 タイトルは箔押しされていた部分が掠れて読めない。かなり古いのか、あちこち同じように掠れている部分がある。

「この部分…何かあるのか、な?」

 指で何度もなぞった後のように見える部分を、無意識になぞる。


 瞬間、頭の中、腹の奥…モヤモヤとしたものが吸い込まれて行くような感覚だ。

「え、何だこれ。変な感じのする本だな…」

 そう呟きながら表紙をめくる。


 何も書いていない。

 

 何ページかめくってみる。

 何か書かれている箇所もあるな、でも、掠れているのか、消されているのか読みづらい。

 中を確認せずに言われるがまま買ってしまったが、失敗だったか…そう思いながら開いたページをぼんやりと眺めていると横から覗き込んでいた妃万莉が不安げな顔で俺を見上げて来た。

「ねぇ将ちゃん…この本何?何か気味の悪い事がいっぱい書いてあるよ。」

「え、えっ。妃万莉…これ、何か書いてあるの?読めるの?」

 驚いた。妃万莉曰く書いてある事は怨みつらみ、罵詈雑言…とにかく気味が悪い内容らしい。時々やけに詳細なイラストが入っているようだ。何のイラストかは分からないがとにかく妃万莉にとっては気持ち悪い類の動物や虫のような物らしい。

「将ちゃん、これ、ヒマはあんま好きじゃないや〜古いっぽくてカッコいいかなぁって思ったけど…。」

 そう言いながら本のタイトル部分に触れる。タイトルを撫でるように指がスライドして行くと、『カシリ』と何かが外れる音がした。


『解除された』


 その直後、妃万莉の指先から右腕、肩、首にかけて何かが這い登って行った。妃万莉は気付いていない。俺もそう見えたのは一瞬で、もう何も見えない。


 あれは…ヤバい感じのものか。

 分からないな。でも、妃万莉は何も感じてないみたいだし、ヤバそうだとは思うけれど、俺にとっては嫌な感じでは無い。むしろ、ぞわぞわ…ゾクゾクする。

 あぁ解放された感じ、だ。


「将ちゃん、楽しかったけど、疲れた〜。お買い物もいっぱいできたし…美味しい物食べて帰ろう〜」

 俺の腕に自分の腕を絡ませて、少しもたれかかりながら言うと上目遣いで俺を見上げてくる。

 俺は手にしていた本を閉じ、洋服の入ったバッグへその本を押し込んだ。


「よし、じゃあそろそろ出ようか」


 相変わらず人は多く、通路を戻るのにも一苦労だった。妃万莉はずっと俺の腕に絡み付いたまま離れない。ときおり俺の腕を掴む力が強くなり、俺を不安気に見上げてくる。

 どうした?と声を出さずに口の動きだけで聞くと、何でもないとかぶりを振りまた下を向く。


 小さいもの、大きいもの、みじかいもの、ながいもの。かたくてやわらかい、前と後ろ。目一つ口二つ耳三つ…


 何かをぶつぶつと呟いている声は聞こえてくるのだけれど、それが妃万莉の声なのか分からない。

「ヒマ?大丈夫?少し休もうか?」

「ううん、大丈夫。ちょっと人混みに酔っちゃったみたい…。たくさんお買い物できたし、お家に帰ろう」

 妃万莉はそう言うといつものふわりとした笑顔で、俺を見上げて来た。

 笑顔の瞳の奥で何かが渦巻く。

妃万莉の指先、足先、背中…とモヤのようなものが纏わりついている。そのモヤは標的を見つけてスルスルと移動していく。

 

 何だかワクワクしている。


 俺は、おかしくなっているのか。

 一瞬、そんな事を考えたがそんな思いはいつの間にか消えていた。


 あぁ何か楽しい事が起きそうだ。


 そうしてしばらく歩いて、俺も妃万莉も何事もなかったかのようにその場を後にした。


 

小さいもの、大きいもの、みじかいもの、ながいもの。かたくてやわらかい、前と後ろ。目一つ口二つ耳三つ…


中里妃万莉が初めて解放した物


形にはまだなっていない

数体、数種類と言われている


しばらく後に数体が捕獲されているが、詳細は不明。


以降、定期的に解放され人に危害を加えるものもあった

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