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相変わらず人使いの荒い人だ。
私の相棒兼上司である赤城明と言う男。
「おはようございます。鷹村さん。で、例の娘、見つけた?」
ここ最近の挨拶は常にこれで始まる。
「赤城さん、無理ですって。兆し見えたの1ヶ月前の一度きりですよ。赤城さんみたいに特殊な状況じゃないんですから…私の力じゃ結構大変なんですよ」
「いやいや、何をおっしゃいますか。鷹村さんの能力、僕は買っていますよ。偶然とはいえ…貴女「この」「僕を」見つけた方ですからね。その辺りのゴミカスよりはお仕事ちゃんと出来てるじゃないですか。すぐに見つかりますよ。」
笑っていない目をして、にこやかにかつ饒舌に会話をする。出てくる言葉には棘があったり癖が強いせいで敬遠されることもしばしば…。
本人は人嫌いだと言うが、その割に何かにつけ人の粗を探してはからかってくる(ただ、興味の無い人の事はガン無視…上に立つものとしてどうなのかとは思うけど)。私的に間違いなくあの人は「かまってちゃん」だ。興味のある事には恐ろしい勢いで食いついて少年のようにはしゃいで子供のまま大人になってしまった典型的な人だ。
それでも誰も文句を言わないのは、この赤城明という人間がクソ仕事ができる人物だから、である。
私が赤城さんと出会ったのは今から数年前の事。本業である会社の直属の上司として、私の部署へ異動してきたのが始まりだった。
その頃の私はまだサーチャーとしての活動も始めたばかりで、SWSの発現場所の予測と特定を得意とするものの普通のサーチャーだった。
「ねぇ鷹村、赤城さんまた山登ったんだって?仕事終わりから仮眠とって早朝アタックしたとかって言ってたけどさ〜あの鬼体力、すごいよね」
赤城さんが前にいた部署の部下である私の同期が、本部ミーティングに来ていた時に会ったとわざわざ報告してくれた。
赤城明と言う男は、頭の回転が異常に速く、即決即断は当たり前。何かを相談すれば痛いぐらい気持ちの良い答えが帰って来る。が、とにかく口が悪い。仕事ができない人間は人間ではないらしい。あまりにも仕事ができない人間が多過ぎて、人と話したくないと言って山へ登るんだそうだ。
「何かね、毎週、どこかの山行ってるみたいよ。それでもさ、仕事バッリバリにこなすからねヤバいよね」
「そうなんだよね〜あの人仕事できちゃうからさぁ。でもさ、この間、面白かったんだよ、聞いて。赤城さんいつもみたく山の写真とか見せてくれるわけ、で、ブロッケン現象ってあるじゃない…あれを写真に撮ったんだよーって見せてくれたんだけどさ…」
△△△
ブロッケン現象(ブロッケンげんしょう、英: Brocken spectre)とは、太陽などの光が背後から差し込み、影の側にある雲粒や霧粒によって光が散乱され、見る人の影の周りに、虹と似た光の輪となって現れる大気光学現象。
△△△
「あぁ自分の影が山の向こうのほうに見えるやつでしょ。人がいるかもって勘違いするやつ」
「そうそう、そのブロッケン。で、でね、その写真見せてくれたんだけど…何も映ってないの。ウケるでしょ。赤城さんは映ってるって言い張るんだけど…見る限りただのガスった山頂らしき場所の写真なわけよ。」
この同期、神野玲子は実はアンチ赤城。表面上は仲良くしてるけど、実はこの手の人が苦手らしい。赤城さんはかなり気に入ってるみたいだけど。
「ミーティング終わりにさ、それが見えるだの見えないだので揉めてさ、結局、見えてたの赤城さんだけでさ、大の大人がめっちゃ拗ねてんの。あの赤城明が、よ。ウケるでしょ」
相変わらずの口調でざまあみろと言わんばかりの同期の言葉に私は何も返せない。
きっと、明日、私も同じ目に会うんだろうな、そんな様子が脳裏に浮かぶ。
翌日、案の定、出勤直後に声をかけられた。
「鷹村さん、ちょっとさ、これ見てくれる?この間、僕、西白尾岳ってとこ行ったんだけどね。この写真…何か映ってるよね、どう?」
あ、玲子が言ってたやつね、どうしよう。見えないって言ったら…仕事やりにくくなっちゃう。
「おはようございます。赤城さん。しゃ、写真ですか?私に分かるかな〜ははは」
差し出されたスマホの中に収められている写真を見て…そこに「映っている物」に驚いた。
「え、え?赤城さん、これ…」
そこには、はっきり「あるもの」が見えている。他の人には見えないはずの…SWSだ。
「わ、鷹村さん、見えるの?ね、映ってるでしょ。これ、ブロッケンだよね。絶対。みんなに見せようと思ってさ、写真撮ったのに…本部の奴ら見えないっていうんだよ…あの人達頭おかしいんだよね、仕事できないゴミ以下のくせに。僕がおかしいとか言って…ありえないよね。」
ありえない。マジでありえない。
発見したSWSを写真に収めてる。こんな事できる人聞いた事ないし…初めて見た。
赤城さん、これは…なかなかのレベルをお持ちの、グラスプかもしれないですよ。
所長確認案件だ〜。
サーチャーとしてSWSを発見する事は仕事中でも稀にあるんだけど、まさかのグラスプに出会うとは思ってなかった。
グラスプやコレクターを感知するサーチャーは、数は少ないが…いる。赤城さんのレベルはかなり高いはずで、このレベルのグラスプをサーチャーが感知できないはずがない。でも、ここ暫くの間でそんな噂は聞かない。と言う事は…赤城さん、グラスプとしての自覚が無いって事よね。
グラスプはSWSを「掴む」「封印・デリートする」の両方ができる。ただ、自覚が無ければ、掴めても封印方法を知らないからそのまま放置して封印をしない。
サーチャーはこの二連の行動を起こした人物がいれば「感知」できる。赤城さんは両方の行動を起こしていないせいで感知されなかった。
赤城さんは「グラスプ」が何であるかを、この時はよく知らなかったと言う。一部の人間がSWSを回収する作業を生業としている、と言う情報は持っていた。もちろん、わたしが副業でSWS関連の仕事をしている事も上司として知っていた。
若い頃から何か得体の知れないものが見えている感覚はあったと言う。きっと霊感が強いのだろうと見えないふりをしていたそうだ。実際、赤城さん自身に何か危害を加えられるような事が無く気にしてなかったらしい。
私はこの赤城明と言う人物に会ったことで、サーチャー能力がレベルアップしたのは間違いがない。赤城さんと会ってから、SWSだけでなくグラスプやコレクターの感知ができるようになっていたのだ。
赤城明の影響力は恐ろしい。
私は写真を見せられた後、結構な衝撃を受け、何を伝えていいのか分からずあたふたと会話をした。
「あ、いや、あの。これブロッケン現象…ですよね、そうですよ、ははは。ちなみに、ですけど赤城さん。これ、赤城さんの影…に見えてます?」
「何言ってんの?鷹村さん。当たり前でしょう。ブロッケン現象って、知ってます?僕の影じゃなかったら…って、ん?なんか角みたいなの生えてるよね。おや?僕、あの時帽子被ってたっけ…おや?」
「や、やっぱり角生えた熊みたいですよね、これ」
赤城さんの口から角と言うワードが出てしまったせいで、勢い余って角が生えた熊とか、見たままを口走ってしまった。
「おや、鷹村さん?この生き物が何か分かるんですか?」
「あの、えーっと何から説明したらいいのか…。いや、もうここはちゃんと認識してもらいましょう。赤城さん、あの、私の副業ご存知でしたよね。」
「鷹村さんの、副業?ですか。あぁ確か、SWSでしたっけ、それ関連の副業なさってるとか、はい。存じ上げておりますよ。」
「えーっと、多分、そのブロッケン…それ関連です」
「ほぉ…SWS。これが…ブロッケンでは、無いと」
先程までテンションが上がっていた赤城さんだったが一気にトーンダウンしている。
自分が張り切って説明していた物が、全く違う物だったのだ。プライドの高い人だ、嬉しくはないだろう。
「そ、そうですね。ブロッケンでは無いです。あ、いや、あの…これ、でも…赤城さん、すっごい事ですよ。SWSをカメラに収めてる、なんて私こんなの見たことも無いし、聞いた事も無いです。赤城さん、一度うちのSWSの研究所の所長と会ってもらえませんか?」
一瞬、躊躇うような間があったものの、赤城さんはすんなり私の提案に乗ってきた。
「了解です。次のお休みにお伺いしましょう。楽しみにしてます」
さすが切り替えの早い人だ。
私の方がまだバクバクしている。
この後、赤城明がグラスプとして名を馳せるのにそう時間はかからなかった。
赤城明は天才だ。
相変わらず人使いは荒いが。
鷹村美智の覚え書き
捕獲者 赤城明
No.68 a-1
一角
容姿 熊 頭に太く長い角が一本
色 濃い茶 左肩部分だけが白い
西白尾岳山頂付近に廃棄された殺人事件被害者の念の残像と解釈されるSWS。
波長のあったグラスプ赤城明の登頂により、刺激を受けた念が赤城明のカメラに収められた。
カメラに収められたSWSはこれが初めて。
呪文によって回収されていない為、デリートはできていない。
ホワイトアンリッシュ横瀬梨音がカメラから呼び出し可能と言われている(未検証)