collector ヒロ
「出現と同時に捕獲、回収」
これが俺たちの理想的な仕事。
最強グラスプと出会ったのは
そんな「理想的な仕事」をしようとしてた時
さあ、就業開始だ
きっちりやろうぜ
ここのところ、あの沿線を中心にSWSがかなりの頻度で発生している。例の本の一部が見つかったせいだろう。おまけにSNS使うとか…拡散し放題じゃないか。ふざけやがって。スマホからの回収…苦手なんだよなぁ俺。スペックまだ低いしなぁ…レベルアップ訓練しなきゃ。新人に負けてられないよな。
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SWS(sometimes without substance)とは
実体の無いもの。と呼ばれる怪異…monster。
SWSと表記されるが呼ぶ時はサブスタ。サブスと言う人もいる。
想像したものを創造できる能力を持った者によって生み出された物の総称。
SWSは創作者の手によって『本』に封印されていたが、これを研究する者の中から悪用する者が現れ流出。まだ発見されていない『本』がいくつかある。これによってあちらこちらで怪異=SWSが発生している。
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俺はSWSを回収するコレクターで「回収」しかできない。捕獲「掴む」ができるやつはグラスプって呼ばれる。グラスプは基本、回収も捕獲もできる。この間、女子高生でグラスプの奴が見つかったって赤城さん言ってたな。俺とはレベチらしい。
俺のコレクターレベルはまだまだでペーパーバックしか待てない。これはちょうど真ん中くらいのレベルで訓練すればレベルのアップは可能だし、センスあるって言われてるから、上のレベルでハードカバーは持てるはず。で、俺がグラスプになるにはコレクターやりながらグラスプ修行しなくちゃならない。できない事ではないけれど、かなり難しいらしい。赤城さんでさえ実体でないと捕獲は無理って言ってたな(俺はまだ、コレクターでも実体でしか活動できないけどね)ま、いずれグラスプになるつもりだ。
向上心は大事。
その娘はコレクターレベルはハードカバー、俺より上だし、グラスプでも最終の第三段階までできるキラーらしい(まだ、検証出来てないから未確認情報だ)…って事はSWSをブラックアウト(塗りつぶす事)ができるって事だよな。全てが最上級って完璧じゃん、やば。これを訓練してできるようになったわけじゃなくて、何となくやってたみたいだしな…いわゆる天才?ってやつかぁ。どんな奴だろ。
そろそろ研究所に召集かかりそうだし、まぁ、レベルチェックもあるはず、そん時にお手並み拝見といきますか。一応、俺、先輩だしな…舐められないようにしないとな。
普段の俺は社会人として生活してる。もちろん就職先は俺がコレクターだって認識してるから、SWSが発生すればそちら優先。仕事中でも現場へ向かう。大抵は車で移動だけど、最近は電車内で発生する事が多いせいで、意識的に電車通勤にしている。これがちょっとめんどくさい。乗り換え多いし、職場は駅から離れてるし…まぁ仕事終わりに一杯やって帰れるのは最高なんだけどね。
今日もそんなこんなで仕事を終えて…いつもの時間、いつもの電車、いつもの車両に乗り込んだ。
電車のドアがゆっくり開く、右足から入るいつものルーティン、でも、なんかちょっと嫌な感じ。
入って右手すぐ端っこの席に座る。ここも俺の指定席。この時間は空いているからいつもこの席に座る。
前の座席には競馬新聞を広げている年寄りが座っている。その人は座席の真ん中から少し右寄りに座って新聞を読んでいた。目が悪いのかちょっと不自然に持ち上げた状態で読んでいるから、後ろの窓に新聞の見出し文字が映り込んでいる。
裸眼で見たら正直判別の難しい部分もあるが、コレクターにはちょっとだけ特殊な眼鏡が支給されていて、少し離れた所からでも呪文が識別できる。文字であると認識できる状態なら、それが呪文かどうか分かるって感じだ。
うん、準備が必要かな。
鏡文字に「なっていない文章」が見えている。
あの人が呪文を読んだら…出てくるぜ、あれ。
本とか文字の書かれた物を開いている人を見ると身構えてしまう。なぜなら、SWSは文章や文字の中から流出するから。
ただしSWSを解放させるには条件がある。SWSを解放させる呪文が鏡文字になっている事。さらにその呪文を口にし、文字をなぞる事。これができる人間がいればSWSは解放される。呪文が何であるのかなんて理解はいらない。ただ読む、それだけでOKだ。解放者に特徴があるとかそう言う事は無いし、年齢とか性別も関係無い。多分、エネルギーとかパワーとかそう言うものを持っているかいないか、それが大きいか小さいか…それだけみたいだ。
最近は『本』とか『新聞』とかの紙媒体を使って解放させるよりも『スマホ』を使う奴等がいるみたいだし、面倒な事ばかり増えている。そもそもスマホでは読書しなくてもおすすめとか言って呪文そのものが画面上に流れてくる。その呪文を読んで、スワイプすればいいだけだ。鏡文字になってる変な呪文が読めればそれでOK。
簡単にSWSを解放できてしまう。
「たらりたらりとながれるように。さらりさらりとほほをなぜる。ながいはな、ながいくび、ながいあし」
ほら、やっぱりだ。ぶつぶつと呟いて…なぞる。
出て来たそれは、実体が無い。陽炎のように薄ぼんやりとしている。そう、プロジェクションマッピングってやつの映像に近い。まぁ、俺には見えてるけど、他の奴らには見えていないし、影みたいなもんだから大きくても関係無い。
形は馬のような…いや、ヤギ?。鼻は長めで顔だけ見るとゾウと言うよりアリクイだ。馬のように鬣があり炎のようにゆらめいて踊っている。風でなびいているわけではない。首も足も長いのでキリンのように見えるが、全身は長い毛で覆われている。その毛はテラテラと光っていて触るとベタベタしそうだ。何かが滴り落ちている。
何を呪ってこの生き物を想像し創造しちゃったんだろう。俺には理解できない。
これ、解放して野放しにしたら何が起こるか分かんないな。どれだけの範囲でどれだけの人に影響出るのか。出典元はどこだ。とにかく、出てきちゃったものは何とかしないと。この段階で回収できれば問題無いよな。俺の責任重大。でもやり甲斐も大きい。ワクワクして来た。ヤバ。
でも、ちょっとレベル高いかも。これは…ハードカバー必要か…いや、俺、行けるかな。とりあえず、赤城さんには連絡、と。待ってる間にちょっとでもバキュームで回収しとかないとな。
俺はコレクターでグラスプじゃないから「掴む」事が出来ない。グラスプとバディを組んでない時にSWSと遭遇した時は専用の道具「バキューム」を使う。
幸い、今日はバッグの中にバキュームの在庫がかなりある。一度で回収しきれなくても行けるだろう。とにかくやってみないと。
俺の手には何も書かれていない真っ白なペーパーバックがある。ここにバキュームと呼ばれるペン型の筒のようなものを挟む。そうして、さっきSWSを解放した人間が唱えた呪文を唱える。SWSを掴めない代わりにバキュームを使って吸い取る感じだ。上手くいけばバキューム一本で「回収」は終了、だけど、バキュームには容量があるから、吸い込みきれなくて失敗する事もある。レベルが高いSWSであればある程作業も重くなる。俺は今のところ失敗は、無い。
このSWSは俺たちみたいな目を持ってるやつにしか見えない。だから、回収作業する時はちょっと特殊なフィルターをかけるようにしておく。そうしないと解放者の足元とか頭の上とかで何か掴もうとしたり、変な行動してるやつにしか見えないから。
作業に取り掛かる前に印を結んで結界のような物を張る。ちょうど作業する周辺に幕を降ろしていく感じ。これで作業開始だ。
回収後はバキュームからペーパーバックへ封印作業を行う。これはレベルによって出来ないことがあるから、グラスプに頼む事もある。この封印作業の回数とレベルの高さによってステータスが上がっていく。手っ取り早くレベル上げするには、より高いレベルのSWSをより高度な処理で封印すればいい。
まぁバキュームも回収も…捕獲も簡単に言うけど、これがなかなか難しい。かなりのパワーが必要だし、これを回収し終えた後ってめっちゃ疲れる。仕事してる方が断然楽なんだ。
「たらりたらりとながれるように。さらりさらりとほほをなぜる。ながいはな、ながいくび、ながいあし」
「うわぁっ、ヤバいこれ。やっぱ一本じゃ無理だ。しかも、かなり、興奮し始めた…これ以上近付くと暴れ出しかねない。まずい。」
俺の中で少し緊張感が増してきている。大丈夫か、俺。
「お兄さーん。ちょっと、大丈夫?こいつ…あのサ…ブ何とかって言うやつでしょ。私、「掴める」んだけどさ…お兄さん…私が手貸して平気な感じ?」
突然、同じ車両に乗り合わせていた女子高生が、パタパタと俺に駆け寄り、ちょっと小さめの声で話しかけて来た。
「えっ?何?君、見えてんの?状況分かってる?今
掴めるとか言った?え、でも見た事ない子だよね。所属…どこ?とにかく危険だから…下がってて。」
「あ、やっぱ手出したらダメな感じの人か〜。でも、私の事なら心配しなくていいよ。あの、赤城さんってイケメン知ってる?」
いきなり赤城さんの名前が出て来た。もしかして、この子が例の?とか考えてる間も女子高生は早口で喋る。
「あの人がさ、ああいうのが見えたら『掴んで』持って来てとか言ってたんだよね〜。あんなにでかいと持って行けないかもだけど〜。あ、でも、近くに『本』持ってる人いたら、その人に掴んだやつの処理聞いてって…その本、赤城さんが持ってるやつと似たようなのでしょ。真っ白だし。」
あ、やっぱり例の子か。なら話しが早いな。レベルも高いって話しだし…何とかなるだろう。
こう言う時に俺のノリの軽さと切り替えの速さ、大事よな。
「赤城さんの知り合いなら…りょーかい。掴めるんだよね、まぁ俺のペーパーバックでも何とかなんだろ。よし、じゃあ…えっと」
「あたし、ね、栞。三坂栞。高二。よろしくね」
「しおり、ちゃんね。あ、俺は伊庭裕生。ヒロでいいよ」
「オッケー、ヒロ。ちょーっと待ってて。掴んでくる…あ、でも思ったより大きいから…こっち連れてくんの大変かも。一緒に来てくれる?その場で処理した方がいいよね、多分。その、回収とかこの間初めてやっただけだし…いつも憑いてる人から掴んで引き剥がしたら投げ捨てちゃうだけだったからさ。処理できるんだ〜ってこの間思って…」
めっちゃ軽く掴んでくるとか言ってるし…ゴミ付いてますよ的な感じでSWSを扱ってんな。マジでこいつヤバいかも。色んな意味で。
とにかく、この状況は悪い訳じゃない。
俺は俺の仕事をこなすだけだ。
「おけ、おけ、分かった。とにかく行こう。しおり…ちゃんが掴んでる間にこっちも準備しとく、急ぐぞ。時間かけ過ぎると、暴れるかもしれないから」
二人でSWSの近くまで行くと、俺はペーパーバックの表紙に印を結び、ペーパーバックを開錠する為のサインを施す。そうして、真っ白なページを開き栞の方へ差し出した。差し出している間はこのSWSの呪文を繰り返す。
栞も同様に呪文を口にしながら手に念を込めていく。ほんの数秒目を瞑り手を開いたり握ったりを繰り返すと、おもむろに首と足を掴んだ。
「うっわー、これ持ちあがんない。前の時は蛇みたいだったから持ち運んで丸めたんだけど、これ、どうする?私が掴んでる間は多分暴れないけど、でも結構キッツイ。なる早でお願いしまーす。」
はぁ、マジか〜。こんなに簡単にこれを「掴む」やつ初めて見た。しかも、何の躊躇もしないで。
「は、早いな。でも、そいつは持ち上げなくても大丈夫。俺のペーパーバックに近付ければ取り込めるから。そのままそいつを掴んでてもらって…イメージだけしてもらえるかな。この中にぶん投げる感じで。」
「ぶん投げる?オッケー。イメージするのね。あ、呪文は唱えてた方がいい?」
「そ、呪文は常に唱えたままね。じゃあ、行くよ…
「たらりたらりとながれるように。さらりさらりとほほをなぜる。ながいはな、ながいくび、ながいあし」
軽く電車が揺れた。
解放された馬のようなSWSはゆっくりとペーパーバックの中へ取り込まれていく。
頭から入り最後は後ろ足。大きな被害もなく、簡単に回収ができた。回収は、できた。
さて、これを封印する。一応、俺も封印はできる、けど、できるレベルが限られているからな。今日のSWSは多分ブラックアウトしないとダメそうだ…赤城さんを待つか、いや、この子ならブラックアウトできるかも。
さっきまで唱えていた呪文がページの上部に書き込まれている。何も描かれていなかったページに、だ。
「しおり、ちゃん…」
「ちゃん付け慣れてないし、栞でいいよ。面倒でしょ」
「それなら…栞、この文字ってか呪文…ブラックアウトできる?」
「ブラック…アウト?って何?。私、本に閉じ込めるやつはやってない。この間のはスマホに、こうやって落とし込んだ」
少しドヤ顔で握った手をペーパーバックの上に掲げるとスマホに落とし込んだと言う仕草をして見せた。
「あーそれはスマホから出たやつの封印方法だ。本を使う場合は、こう、文字をなぞる。これは、レッドラインするよりブラックアウトだな〜レベル的に。ま、でも…初めてなんだよね、試しにレッドライン、やってみる?」
文字をなぞりながら、『レッドライン』と宣言し再度呪文を唱える。呪文を唱えた後に『delete』と言えば終了。もし、レベル高くてレッドライン出来なければ、そこに書かれた文字は歪んだまま…下手をすると暴れて出て来てしまう。こうなるとブラックアウトするしかない。
「まず、レッドラインって宣言して、この文字をなぞりながら呪文唱えてみて、で最後にデリートって言って終わり。上手くいけば文字に赤線引かれて終わりだから」
「了解。『レッドライン』で呪文ね、でこれを、なぞる…と。最後に『デリートっ』どうだっ。」
スルスルと文字の上に赤い線が引かれて行く。
マジか〜。いきなりレッドライン引いてる。すげえなぁこの子。
「ねぇダメっぽい。文字も赤い線も歪んで…る。なんか動いてるし…。これ、失敗って事?その、ブラックアウトとかの方がよくない?」
「そうだな、んじゃ、ブラックアウトするかぁ。俺、ブラックアウトやった事ないけど…。赤城さん待ってる間にこいつ出て来ちゃうかもしれないよな。まぁ栞のレベル高そうだし…やるっきゃないか。ブラックアウトのやり方は基本…レッドラインと一緒。できる?」
できるかどうかって問いかけたものの、結局、やらなきゃいけないし、多分、栞ならしれっとやってのけるだろう。
「おっし、ならいくよ。ぶっつけ本番だけど、私、本番強いから〜問題ないっしょ…
『ブラックアウト』っ
『たらりたらりとながれるように。さらりさらりとほほをなぜる。ながいはな、ながいくび、ながいあし』でもってぇ
『デリート』…どうだぁっ」
結局、解放されたSWSは俺のペーパーバックにブラックアウトされた。
真っ黒に塗り潰された呪文の最後に数字が入り、ナンバリングもちゃんとされている。
「これで俺のステイタス、アップしてるはず。こいつといればレベル上げ早そうだな。なぁ栞、俺と組まない?」
軽くナンパみたいに声をかけてみたものの、振り返ると栞はすでに電車を降りて行くところだ。
「おい、ちょっと、なぁ栞。え、どこ行くの?」
俺の声が聞こえてるのか聞こえてないのか、彼女は何事もなかったかのように、その時停車した駅で降りて行った。ホームに降りるとやっとそこで振り返り、締まりかけの扉の向こうから手をヒラヒラとふって言う。片手には食べかけの板チョコを持って。
あれは…SWS研究所製のやつだな。回復力半端ねぇやつ。
「じゃね、ヒロ。私の家ここが最寄りだから…すっごい疲れた〜。ヒロもお疲れ様でした〜まったね〜。」
板チョコ齧るとこを見せつけながらにこやかに帰って行く。あのレベルのSWS掴んだ後って結構動けなくなるやついるんだけどな…全然じゃん。チョコの回復力もだけど、あの子も…やばくないか。やばすぎて笑える。女子高生だよな下校中にサクッとバイトして帰る感じか…すげえな今時の女子高生。
この先、また、あの子といくつものSWSを掴んで回収する事になるんだろうか。バディ組めるといいな、楽だし。なんだかワクワクしてる自分がいた。
さぁ俺も帰ろう。ちょっと疲れたけど、一杯飲んでこの疲れを吹っ飛ばそうかな。チョコは、俺、持って来てないし。あ、その前に赤城さんに報告しないと。ここまで完璧にやったんだ、褒めてくれるといいんだけどな。あの人、絶対褒めないんだよな〜。
ま、いっか。また、明日。頑張ろ。
今度、栞にあったら他の奴らにも紹介してやんなくちゃ。栞の去った後のホームをぼんやり眺めて、今日あった事を思い浮かべながら帰路につく。
家に着くまでの間、そんな事を考えながらウトウトとしてしまった。自分の家の最寄駅は栞と別れてから30分ほど電車にゆられると到着する。家に着く二駅ほど前で、赤城さんへの報告書をメールで作成して、送信した。
さぁ、俺の就業時間はこれで終了だ。
お疲れさん。
伊庭裕生の覚え書き
栞の掴んだやつ。
No.268(名前は…知らない)
呪文
たらりたらりとながれるように。さらりさらりとほほをなぜる。ながいはな、ながいくび、ながいあし
形は馬のような…いや、ヤギ?。鼻は長めで顔だけ見るとゾウと言うよりアリクイだ。馬のように鬣があり炎のようにゆらめいて踊っている。風でなびいているわけではない。首も足も長いのでキリンのように見えるが、全身は長い毛で覆われている。その毛はテラテラと光っていて触るとベタベタしそうだ。何かが滴り落ちている。
(本文より)
詳細は調査中。
解放者は推定年齢70歳 男性
放火の前科がある、らしい。
伊庭裕生のペーパーバックへブラックアウトしてデリート済み