graspの誕生
まず、目を閉じて。
イメージするんだ。
見えてくるだろう。
そこにいる何かを。
「掴め」その手で。
君はグラスプなんだ
毎朝、同じ時間、同じ車両に乗って学校へ行く。
周りはいつもと同じ風景。
スマホをいじってる人。
音楽を聴いてる人。
寝てる人。
本を読む人。
新聞を読む人。
勉強をしてる人。
パソコンを開く人。
外を眺めてるだけの人。
おしゃべりをしている人。
いつもと変わらない…ん?何だろう、あれ…。
スマホをいじってたサラリーマンの足元に何か動いてる。気持ち悪い。誰も気にしてないから、もしかして見えてないのかもしれない。そう言う私には見えてるんだけど。そう、私にはこの手のものが「見えて」しまうのだ。目をつむったとしても感じているからゾワゾワするだけで何も解決しない。
小さい頃よりも見える回数は減った、なのにここの所やたらと目に入るようになった。
高校に入学し、この電車を使うようになったら、朝と帰りの電車の中でこの手の物が結構な勢いで出没する。
「あぁやだ早く消えてくんないかな、あれ」
独り言で呟いたつもりの声が意外と響いたようで、見えない人達からは冷め切った視線が突き刺さるようだった。
「ねぇ君、そこのお嬢さん。」
車内のドア近くに立っていた私の真後ろ、かなり高い位置から声が降ってくる。
何?へ、変質者…目線だけ動かしてみる。
もちろん、誰だか分かるわけない。
「ねえ、ね、そこのお嬢さん。君よ、君。あれ、見えてるんだよね。」
「え?あ、はい。え?なに?なに?」
勢いで振り返る。目の前にやたらと派手な柄のネクタイがぶら下がっている。
「うわっちかっ。何なんですか?変態っすか?え、何。痴漢、痴漢なの」
「おや、これは失敬。僕ね、よく言われるんすよ。距離感おかしいって。ごめんね。」
少し、目線を上げて見ると作ったような笑顔が張り付いたイケメンが居た。派手なネクタイはデナリと言う名前のこの人が飼っている犬の柄なんだって、自慢げに話している。
「ちょ、ちょっと待って。ネクタイなんかどうでもいいです。私に…何かようですか?」
「おっと、またやっちゃった。僕の名前は赤城明ね。明治の明って書くけど、読みはとおるね。覚えて。でさ、君、あの隅っこでスマホいじってるお兄さんの足元、あれ見えてるんだよね。どう?何が見えてる感じ?」
名前なんかどうでもいいじゃんって思いながら目の前の赤城と名乗る男の顔をマジマジと見る。懐っこい笑顔ではあるが、目は笑ってない。イケメンなんだけどな…この人ヤバいかも。関わりたくない。
「み、見えてません。見えてないです。分かりません。すみません。失礼します」
慌てて全てを否定してその場を立ち去ろうとしたその時、自分の腕が何かに掴まれた気がした。赤城の手が自分の方に伸びている。どうやら私は捕まってしまったらしい。腕を掴まれているようだが、ちょっとおかしな感触だ。掴まれている、でも触れていない。何かにくるまれている感じだ。
「いや、いや、そんなわけない。僕の姿が今見えてる時点で君はこっち側の人間なんだよ。逃げられないよ。」
意地の悪い笑い方をする。
「だ、だから何なの。なに、見えてるって言ったら解放してくれんの?もう。やだ」
「見えている物を教えて欲しい。できる事なら捕まえられるか…試してくれないか?僕はあいつを回収はできるけど、捕まえる事はできないんだ」
一瞬だけ少し悲しげな顔をした。赤城と名乗った男は私の腕を掴んだまま、得体の知れない物の近くへと移動していく。
「え、ま、ちょっと、待って。うわ、マジ?えやだー」
スマホのお兄さんの足元に居たそれは私には蛇のような物に見えている。幸い蛇に拒否反応は無い。攻撃されなければ細くて長い物という認識だ。ただ、それは他の人には危ないかもしれないと言う感じはずっとある。危険な物だと言う認識。
小さい頃からずっとそうだった。傷つけられれば痛いし、飛びかかって来られると驚きはするが、怖くはない。大抵の物は私には「掴む」事ができたからだ。
「はぁあ、仕方ない。そうですね。私には蛇のような物、に見えてます。あれ「掴め」ばいいんですよね。もう、嫌だな。触った後嫌な感じするんですよ。あれ。まとわりつくし…」
ぶつぶつ言いながらしゃがみ込むと、いつものように手のひら全体に念を送る。何となくそうした方が掴みやすい。そうしておもむろに蛇の頭と胴体を「掴む」。いつもはこのまま掴んで放り投げるのだけど…電車の中だし、どうしよう。
とりあえず、これはこの車両から離した方がいい、そう赤城に言われ、そのままの状態で隣の車両へ移動する。その間、私が手にしている物を見て驚いた顔をしている人間はいなかった。誰にも見えていない、みたいだ。隣の車両に移って少しの間この物体をどうしようか迷っていると、赤城が自分のスマホを取り出し、手のひらに乗せると私に差し出して来た。
「その蛇、ゆっくりと一つにまとめて小さな玉にできるかな。イメージしてもらえると楽なんだけど。最初はソフトボール、次は野球のボール、ゴルフボールくらいにイメージできたら教えてくれる?」
「掴め」の後は「纏めろ」。いや、待って、何なのよこれ…と戸惑いつつも言われるがまま手にしている蛇を纏め始める。一度掴んでしまうとこれは暴れない。私の掴んだやつは大抵動かない。
「あ、はい。やった事ないですけど…できるか分かんないですよ。期待しないで」
ゆっくりと両手で蛇を丸く寄せ集めてくる。
最初はソフトボール
次に野球ボール。
最後はゴルフボール。
「ゴルフボール大にしましたよ。」
「お、早いな。優秀だね、君は。そうしたらこのスマホに砂を落とす感じで握りつぶしてくれるかい?ほら、こうやって握った砂をこのスマホに少しずつ落としていくんだ。やってみて」
赤城が見本を見せてくれたように、丸めた蛇のような物を握りしめている手を、小指から少しずつ開く。砂時計の砂が落ちていくようにスマホの画面にサラサラと握りつぶした物がのまれていく。掌を開き切って、中の物が全部スマホにのみこまれるとスマホの画面には呪文のような文字とナンバーが浮かび上がる。
「おや、君は文字も読めるようだね。素晴らしい。ナンバリングも終わった。完了だ。そして、君、合格だよ。ようこそ、グラスプ」
相変わらず目が笑ってない満面の笑みで大袈裟に両腕を広げている。
ハグでもすんのか、本当にこの人距離感バグってる。で、グラスプって何だよ。そう思いながら赤城明と言う男の姿を眺めた。
隣の車両では、さっきまで気持ちの悪い蛇を足元に這わせていたスマホのサラリーマンが薄ぼんやりとした笑みを浮かべながら、崩れ落ちていった。
あちこちで悲鳴が上がる。
「ああ彼は使い果たしてしまったようだ。でも、回復の見込みはあるかな、クリーンナップが必要か。とりあえず、呼ばないと…」
今、使い終わったばかりのスマホから誰かに電話をかけている。割と軽めの報告をして、後はよろしく、とだけ言うと電源を切る。
私は蛇のような物を掴んだ手がいつもよりキレイだと思いながら空いた席へ腰を下ろした。これを「掴んだ」後はいつもかなり疲れるからだ。あぁ今日はチョコ持って来てないや〜そんな事をぼんやり考えながら、目の前に立った派手なネクタイのイケメンを上目遣いに見上げた後、ゆっくり目を瞑った。
「初手でこのレベル、これは素晴らしいですね。僕のsearcher優秀。にしても…SNS使って拡散?アプリまで開発してるってクソですね。これはますます僕らの出番が増えるじゃないですか。嫌ですねぇ。面倒です。まぁ、彼女がこちら側に着いてくれるなら…僕は楽ができそうですが。寝てしまいましたね。あのレベルのSWS(something without substance )を掴んだんですからね…いや、それにしても…素晴らしい才能。あっち側でなくて本当によかった」
眠っている少女の事を眺めながら、赤城は独り言をブツブツと呟き彼女の頭の上で印を結んだ。
「これでよし。結界も張ったしこれでこの僕でもこの娘を見失うこともないだろ。マーキングは大事。さて、僕は次の現場へ行かなくちゃいけない。ごめんね、ゆっくりおやすみ。またね…栞。」
男は眠っている少女の前から揺らぐように消えた。
栞、と呼ばれた少女はそこからしばらく眠ったものの、高校の最寄駅が近づく頃に目覚め、何事も無かったかのようにいつもの日常を取り戻していた。
忘れた訳ではない。ただ、彼女にとってこの出来事は夢の中の物語として記憶されていたにすぎない。この先、これが日常になるとは思いもせずに。
栞の覚書
栞が掴んだやつ。
No.233
蛇の形(名前はまだ付けてない)
蛇にしてはあんまり長くない。1メーターないぐらい。掴んだ感じトイレットペーパーの芯くらいの太さしかない。蛇みたいだけど頭に角が生えてる。2本。
こいつ多分毒を吐く。噛みついて牙に毒のある蛇じゃない。吐くタイプ。
鱗はかなり硬い。刃物は無理。釘を打ち込むのが正解。
でもこの釘には清められた血液が使われてないとダメだって。全体的に紫がかった緑色の鱗で覆われてるけど、興奮すると赤みを増すらしい。赤くなる前に掴んじゃったからどんなのか分からないけど。綺麗な色らしいよ。あと、人を呪い殺すから目を合わせない方がいい。綺麗な緑と赤のオーキッドアイなんだけどね。
なんか…創造した人が不倫相手を殺る為に想像したって。毒を吐いて苦しませて、呪う。すぐに殺さないで苦しませる。最後は首絞めて殺るんだって。ヤバいよね。でも、これマジらしいよ。