四季島市民の皆さんはそんな的外れなクレーム言わない。(多分)
次の更新は来週の水曜日です。
とりあえず、萌木さんは地域包括不可思議現象対策課の一日職業体験を受けることになった。
普通、嘱託や委託業務でなく正規の公務員になるには、公務員試験を受けなければいけない。でも地域包括不可思議現象対策課に関しては、場合によっては筆記試験が免除されることもある。
例えば異世界や宇宙からの難民や亡命者。
彼らは先にこちらの文化や言語を学び、常識のすり合わせをしないといけない。その間の生活資金援助の一環で、準職員として雇用されることがある。
その他は萌木さんのように治癒術取扱者資格甲種が確実に取れるだろう人材。資格取得のための費用を援助する代わりに、その間何年か地域包括不可思議現象対策課で働いてもらう。
萌木さんは今回異世界からの難民であること、治癒術取扱者資格甲種が確実にとれる人材であることから、間違いなく面接希望をだせば採用されるはずだ。
だけど安定感とか、たしかにそれは大事なんだけど、そういうことだけで地域包括不可思議現象対策課入りを決めてしまうのはどうだろう?
そう考えた僕が、職業体験を申請することを勧めたのだ。
それに関してはあの場にいた竜崎さんも誉さんも、「一回現場見てから決めればいいのでは?」と萌木さんに忠告してくれた。
萌木さんも早急に決めることには思うことがあったのか、体験の申請を出すことにしてくれて。
翌朝僕の最初の仕事は、萌木さんから依頼のあった一日職業体験の申請書類の準備をすることだった。
書式は決まっているから、付箋で萌木さんのサインが必要なところに印をつけておく。
昼一で取りにくると萌木さんは言ってたから、ファイルに入れて萌木さんのケースファイルに挟んでおいた。
これをしておけば僕が不在でも、相談に応対した職員が気付くだろう。萌木さんが来たときにこの書類を渡してほしい旨もメモとして付けておいたし。
今日優先して処理すべき書類の一つは、一応片付いた。
さて、次に処理するのは……。
頭の中で処理するべき書類の優先順位を確認すると、ドヤドヤと空気が賑やかに揺れる。
なんだろうと思う間もなく、課長が僕をデスクに呼んだ。
「なんでしょう?」
「君と箕輪君が捕獲したエリマキトカゲ……宇宙エリマキトカゲと先日命名されました」
「え? まんまですね」
「捻ったものを付けられても、呼びにくいし解り難いですけどね。いや、それはよくて。あの捕獲の状況で他市から少しクレームがありまして」
そう言うと花珠課長が眉間をきゅっと摘まむ。揉み解すためにやっているみたいだけど、表情がとても「頭痛が痛い」って感じの表情だ。
いや、クレームって。
宇宙からやって来る怪獣の相手をすると、一定確率で地域包括不可思議現象対策課にはクレームの電話がかかって来る。
やれ、「怪獣だって生きてるのに可哀想だ」とか「殺さなくても共存できるはずだ」とか。
そりゃ簡単に殺さないように頑張ってこっちだって対処するよ。だけどそれは市民の皆さんの安全と命に優先すべきものじゃない。
その証拠に四季島市民の皆さんからのクレームはほとんどないんだ。
クレームを入れてくるのは九割九分九厘、市外の、それも自分は安全な所にいて怪獣の来襲をテレビやネットで煎餅齧りながら見てるような暇で想像力のない……いや、時間の余裕があって怪獣の気持を慮れる方々なわけだ。
因みに地域包括不可思議現象対策課は仕事の関係上、電話だろうがだろうがメールだろうが通報者の居場所や氏名が特定できるような技術を持っている。これは当然公表してることだけど、そう言ったクレームを一日何十件とかけてくるような人はご存じないらしい。
威力業務妨害で警察から注意がいって初めて気付くんだそうだ。
それはともかく、何で他市からクレーム?
僕がきょとんとしていることに気が付いて、課長が肩をすくめた。
「君と箕輪君の連携が見事に決まって、鮮やかにエリマキトカゲが捕獲されたでしょう? 一昨日、他市でペットとして飼われていたヒドラの亜種が逃げ出し街中で暴れて、已む無く殺処分にしたそうなんですが」
「はあ」
「そのニュースを見た飼い主や、ヒドラ愛好家の団体から、『もっと巨大な宇宙エリマキトカゲを、四季島の地域包括不可思議現象対策課の職員は生け捕りに出来た。なのに何故貴方方はそれより小さいヒドラを生け捕りにできなかったのか?』とクレームが殺到しているそうです」
「そんな無茶苦茶な……!」
ヒドラっていうのは首が二本以上ある毒をもった蛇科のモンスターだ。体長はだいたい一メートルくらいの小さい物から七階建てのビルくらいまで色々。性格も様々で、人間に懐く可愛らしいのもいれば、凄まじいまでに攻撃的で狂暴なのまでピンキリ。今回逃げたのはその中でもかなり凶暴な種だったそうだ。
翻ってあのエリマキトカゲはのしのし走ってビルとかも尻尾で叩いたりはしたけれど、興奮状態が治まると大人しく保護施設の職員さんに世話されているそうだ。攻撃的な素振りもなく、穏やからしい。
生き物としての捕獲難易度があまりに違い過ぎる。ヒドラなんて暴れたら非常事態宣言が出てもおかしくない個体もいるんだ。
それを? 生け捕りにしろって?
「え? や、それは……」
馬鹿なんですか?
うっかり出そうなになった言葉をグッと飲み込む。誰がどこでどう聞いてるか解らない。
「えぇっと、生け捕りを選択すると職員の命が危ういのでは……?」
「私もそのように言いました。『職員の命がヒドラの命より大事なので』ですむことです。今回の件でまともなヒドラ愛好家団体は飼い主を激しく非難する声明を出していますし、その市に対しても適切な処置であったと支持を表明しています」
「ですよねー……」
ほっと息を吐く。
そもそもヒドラを逃がしたやつが悪いに決まってるんだ。
ヒドラを飼うには厳密な資格がいるし、登録制だ。勿論逃がせば罰則もある。それを生け捕りにしろなんて、なんて無茶苦茶な。
僕はその他市の地域包括不可思議現象対策課の職員に同情するぞ。
沈痛な面持ち。
課長の目の中にはそんな顔をした僕がいる。
だけど課長の話は此処からが本題だそうで。
「その他市の地域包括不可思議現象対策課の課長から、ウチの宇宙エリマキトカゲの件の処理の資料を送ってほしいという連絡がありましてね。クレームの腹いせなんでしょうが、『そちらには優秀な職員が在籍していて羨ましいですな』と、とても羨んでいるようには思えない声色で言われましてね」
「あー、なるほど」
これから僕や箕輪先輩の名前を出してあてこすって来る連中がいるかもしれないので、気を付けなさいってことか。面倒くさい。
いや、まあ、それは課長がいる限りかなりの割合で防いでくれるだろうけど、研修などで何処かの市の職員と一緒になったときには気を付けておかないとな。
僕と引き合いに出されるだろう箕輪先輩はどこだろう?
視線を課の先輩のデスクにやるけれど、そこに彼の姿はなく。
「箕輪君は早朝にワームホールが小学校の校庭に出現したという通報があったので、行ってもらってます」
「そうなんですね。この件は、先輩には?」
「メールで伝えていますよ。一応『了解』という返事が来ています」
「解りました、僕も気を付けます」
頷くと、課長が僕に席に戻るように言う。
それで思い出したのが、さっきまでやっていた萌木さんの職務体験申請の話だ。
かくかくしかじかと、竜崎さんのお店で萌木さんと誉さんを含めた四人でした会話を聞いてもらう。すると課長は、柔和な表情を見せた。
「そうですか。私としては彼女が来てくれると助かりますね。推薦文も書いてもいいくらいです。歓迎しますよ。同時に君が心配していることも解るつもりです。傷付いている人は、そうと思わず自分を粗雑に扱ってしまうものだから」
「はい」
僕はやっぱり、傷ついてきた彼女には、傷つく可能性のある所にはいてほしくない、なんて。
彼女にしたら余計なお世話かもしれないけど、思ってしまうんだ。
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