安定感はどこの世界でもきっとピカイチ。
小アジを丸ごとカラっと上げたあと、ちょっと酸味の強い野菜たっぷりの漬けダレに漬けたアジの南蛮漬け。
頭から魚を食べられるので、一人暮らしの僕には大変ありがたい栄養源だ。カルシウムもビタミンもとれるもんね。
一方、萌木さんの食べているアジのなめろうも、味噌と薬味と叩いた新鮮なアジがお酒にも合いそうだ。僕、お酒弱いけど。
でも良質な酒の肴は、お酒の原材料であるお米ともよく合うんだよなぁ。
さんが焼きのほうはなめろうを焼いたものだそうだけど、それも凄く良い匂いだった。今度頼もう。
この店の店主は竜崎さんで、誉さんは在宅のプログラマーとして、店を手伝いながら仕事をしているそうだ。
だって大魔導師だもん。
魔術言語とプログラミング言語、両方ともプログラマー必須の科目なんだけど、大魔導師って呼ばれるほどの魔術を使えて、更にその原理を理解し、魔術を紡ぐための言語を一般言語に翻訳できるというのは強い。
萌木さんの特性を聞いて、彼は一番稼げるのはまず「医療魔術専門プログラマー」だと教えていた。だけど萌木さんには事務以外でPCに触れたことがない。
なら学び直すにしても時間がかかるだろうから、独り立ちには向かないというアドバイスもしてくれた。
じゃあ、次はというと、誉さんは意外な職場を口にする。
「四季島市限定で地域包括不可思議現象対策課かな?」
「え?」
これには僕の方が驚いた。
たしかに福利厚生とか何とかは公務員なんだから悪くないけど、やってるのは切った張ったなわけで。
怪訝な顔になっていたんだろう。誉さんが人差し指を「解ってねぇなぁ」と横に振った。
「その一。まず、四季島市の殉職率はかなり低い。この十年くらい、一人も出てない。あの地獄のスタンピードでさえ、一人も死なずに乗り越えたんだ。俺らも大分修羅場潜ったけど、あの課長サンみたいな統率力ある将軍さんには敵味方問わず滅多に出会わなかった」
「マジですか……」
僕の言葉に、竜崎さんと誉さんが同時に頷く。マジか、知らんかったわ。
ビックリしている僕に、萌木さんも驚いてるけど、毎日あの人の指揮下で仕事をしている僕としては、あれが普通なんだから仕方ない。
そして「その二」と、誉さんが続ける。
「ブリリアントホワイト部署だから」
「あ、それは解ります」
課長、ハラスメント絶対許さないマンだから。
そういえば誉さんは首を横に振った。
「課長さんがどうこういう以前に、四季島以外の市の地域包括不可思議現象対策課にも魔導言語プログラミング導入の件で出張したことあるけどな。どいつもこいつも公僕って言葉を知らねぇのかってぐらい、態度が悪かった。けど四季島の地域包括不可思議現象対策課は、見かけは厳つくても接遇がしっかりしてる」
「あー……地域包括不可思議現象対策課の職員ってちょっと勘違いしやすい立場ですからね」
ポリポリと頭を掻けば、萌木さんが首を捻る。
簡単なことなんだけど、僕達の戦闘はある意味市民サービスの一環なのだ。市民の皆さんのより良い暮らしのために、迫る危険を排除する。
それがいつの間にか勘違いして「守ってやってる」となるわけだ。
仕事なんだから「守ってやってる」って訳じゃない。別の職業を選んだって構わないんだ。世界、ひいては日本には職業選択の自由がある。
実際、地域包括不可思議現象対策課に戦闘員を置かないで、戦闘行為を外部に委託している市だってあるわけだし。
結局のところ、危なくっても地域包括不可思議現象対策課に席を置いてるのは、自分が生まれ育った町に愛着があって、どうにかこうにか自分達の手で守っていきたいって思ってるから。それだけ。そして四季島市地域包括不可思議現象対策課の人間は、皆それをちゃんと自覚してるにすぎない。
宇宙怪獣も、何処かの世界の邪神も、四季島市を壊そうとするなら覚悟してもらう。そういうこと。
「染谷さんって、見かけによらず熱い人なんですね……」
「え? や、別に……」
僕の心情をそのまま伝えただけなんだけど、萌木さんは何だか微笑ましそうな顔で僕を見てくる。
違う、熱いとかでなく、そのアレだ。僕は自分の仕事が嫌いって訳じゃないっていう。
目をそっと逸らすと、竜崎さんの深い色の眼差しとかち合った。こっちも何か言いたげだし、誉さんに至ってはニヤニヤしてる。うう、違うんだ……!
けど、二人には武士の情けってものがあるのか、それ以上僕を追求することなく「三つ目」と指を折った。
「公務員だし、給料が安定している。ついでに生きてる限り昇給は約束されているから」
「そうだった、公務員って私がいた世界でもお給料安定してました!」
「おう。安定かつ処罰以外で減額されることがほぼほぼない。不況にあってもボーナスも昇給も、真面目に勤めてたら必ずある」
「それは魅力的!」
「だよなー。俺も夜勤と副業禁止さえなきゃ、市役所の地域包括不可思議現象対策課に就職考えてもいいと思ったくらいだし」
え? マジ?
ぎょっとして誉さんを見れば「大学出た直後くらいだけどな」と返って来る。
なんでもその頃にはレオンさんは調理師の資格が欲しいと専門学校にいって、お店を開く夢を持っていたそうだ。
それで誉さんとしては、レオンさんはお人よしだから店を一人でやったら、騙されたりする可能性を否めないということで、彼の店を手伝うことを人生設計に入れていたそうな。
それで副業禁止ということで公務員はないって判断になったとか。あと、誉さんは朝方人間なので夜勤は無理っていうのもあったそうだ。
地域包括不可思議現象対策課は昼夜問わず、宇宙や異世界からのコンタクトがあれば応じる部署なので、どうしても稼働が二十四時間三百六十五日になる。ので、夜勤もあるのだ。個人の体質だもんな、それは仕方ない。
因みに一応、採用には公務員試験がある。
だけど机上の知識も大事だけど、どちらかと言えば技能や能力の特性なんかにも重きを置かれるんだよな。
僕が採用されたのは一応魔術、それも召喚魔術が結構得意っていうことかな。殆どの魔術は使えるけど、得意なのは攻撃と攻撃補助の前線特化型だ。
僕の説明を受けて萌木さんがこてんと首を横に倒す。
「それなら私、受かる可能性あります?」
「ええ、多分条件的に治癒術取扱者資格甲種を在籍中に取得して、三年ほどは取得後も勤めてもらうことになるでしょうけど。というか三年ほど地域包括不可思議現象対策課に在籍してたら、転職するにも有利ですよ」
「そうなんですか?」
「はい。あらゆる修羅場に対応できる人員として」
「あー……」
迷うような萌木さんに、僕もだけど竜崎さんや誉さんも苦笑する。
そんな簡単に決められるもんじゃないし、修羅場慣れしてるなんて思いこまれても迷惑だよな。
だけど地域包括不可思議現象対策課っていうところは、そういうところなんだ。
もそもそと食事をしながら話すような事でもないけど、これから先、こっちで暮して行こうと思うと、生業は必ず必要になる。
僕としては萌木さんが地域包括不可思議現象対策課に入ってくれたら、面目躍如でボーナスの査定も期待できるんだけど。
でも、戦い慣れていない、今まで苦労した人に、貴方も戦ってくださいとは言いたくない。
味噌汁は煮干しの出汁で、煮干しごと食べるやつ。
頭から小魚を齧っていると、萌木さんがぐっと握り拳を固めた。そして僕のほうを見ると、凄く真剣な表情になって。
「私、地域包括不可思議現象対策課のお仕事をもっと知りたいんですが!」
「え? えー……、や、マジで泥臭い現場とか多いっすよ? 僕としてはあんまりお勧めしない……ですけど」
「危ないんですよね。でも、私、やっぱり安定感が欲しいんです!」
「あー……安定感かぁ」
そりゃ欲しいわ。
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