地域包括不可思議現象対策課は、地域の皆様の平和のために存在しております。
明日も同じ時間に投稿します。
「そんな制約って言うほど大袈裟なものじゃないよ」
「そーそー。スタンピードがあって、軍隊が到着するまで地域包括不可思議現象対策課だけじゃ持ちこたえられないってなったとき、ちょっと魔物退治に協力しろってぐらいさ。今でも一か月に一回くらいは、小遣い稼ぎと訓練兼ねてダンジョンに行ってるしな」
竜崎さんの言葉を、ボリボリ頭を掻きながら誉さんが補足する。
萌木さんはほんの少し、表情を緩めた。
「あ、そうなんですか?」
「正確に言えば戦闘系の技能をお持ちの方は魔物退治を、そうでない方には後方支援をお願いしているという?」
そう、だから萌木さんにその役が来るとすれば後方で回復支援。そんな感じだろう。でも花珠課長が課長になって以来、スタンピードなんて起こっていない。
そんな状況の説明をすると、竜崎さんも誉さんも肩をすくめた。
この二人は、課長が活躍したスタンピードを知っている。どんなありさまだったか聞いたときに「地獄だった」と言っていた。
閑話休題。
異世界の住人だろうと宇宙からの来訪者だろうと、こちらは受け入れる。
でも受け入れるからには、その人達にもこちらを故郷と思い、一緒に守ってほしい。
原点はそういう気持ちだ。
ただ人間も何も生きている者は皆、綺麗なだけでは済まない事情がそこにある。そういうことだ。
「シビアだと思います。幻滅しましたか?」
黙ってしまった萌木さんに、何となくそんなことを訊ねてしまった。
萌木さんは僕にキョトンとした目を向ける。
「え? 幻滅? なんでですか?」
「や。助けてあげるから、危なくなったら手伝えとかって……足元見てるし」
「そうですか? 私なんか、何してもお返しも褒めてももらえない人生だったんで、自由や衣食住の代りに手伝えって凄い良心的だと思いますけど?」
「あ……」
そうだった、この人はブラック企業社畜・毒親・搾取の三点セットの人だった。
ぐっと言葉に詰まる僕に、竜崎さんが穏やかな目を向ける。
「まあまあ、その辺はまた考えたらいいと思うよ。とりあえず、なんか食べる?」
手書きのメニュー表を差し出されて、僕も萌木さんも慌てて食事に気持ちを切り替えた。
本日のお勧めはアジの南蛮漬けに、イワシフライ、サバみそ……。魚が多いな。
疑問に思ってメニュー表から顔を上げると、察したのか誉さんが「ああ」と頷いた。
「今朝、コイツが釣りに行きたいって言うからさ」
親指で誉さんが竜崎さんを指す。
二人仲良く朝釣りに行って、ほとんどを誉さんが釣ったとか。
「コイツ、勇者だけど餌の虫触れねぇし、玉ねぎには泣かされるんだぜ?」
「いや、勇者にも嫌いなものくらいあるさ。あと、目の粘膜とか鍛えようがないだろう? それに玉ねぎは魔王より手強い」
「もうさ、包丁の扱いも最初は死ぬほど怖かったしな」
「包丁だって刃物なのに、何でスライムを両断出来て大根は斜めになるんだろうな……?」
げらげらと笑う誉さんに竜崎さんも苦笑する。
平和だ。
同じように萌木さんも穏やかに話を聞いている。
彼らが修羅場を超えた先にあったのが、こういう穏やかな日々だったなら、僕達の仕事も意味もあるってもんだ。
さて、何を食べようか?
店に入る前に相談したお財布の中身とメニュー表を見て、あれこれ考える。
萌木さんも真剣な顔をして選んでいた。彼女の生い立ちを考えると、あれこれ選べるのも楽しいのかな?
同情って訳じゃないけど、自由に生きられるようになったならそうしてほしい。
そうして僕が選んだのはアジの南蛮漬けとほうれん草のお浸し、ご飯と味噌汁のセットだ。
萌木さんはアジのなめろうと山河焼き、ご飯と味噌汁のセットで。
向こうにも同じ名前のものはあるそうだし、説明を聞くとやっぱり同じような料理なんだそうだ。
でも彼女は向こうでも食べたことがなくて、この機に挑戦してみようという気持ちになったとか。
竜崎さんがおろしたアジを薬味やみそと細かく叩いている間に、誉さんがアジの南蛮漬けやお浸しの用意をする。
その最中萌木さんがふっと真顔になった。
そして迷いつつ、口を開く。
「こんなことを聞いていいか解りませんが、あの、竜崎さんが勇者だった元の世界ってどうなったんですか?」
どうなった、か。
僕は一応知っている。というか、一応地域包括不可思議現象対策課の職員は皆知ってはいる。
だって一度関わった世界。
萌木さんの不当召喚拉致した世界も、ある程度人権教育の目途が立ったら、魔王を倒せる人材を派遣することになってるし。
日本政府として有利な条件で異世界通商条約的な物が結べたんだろう。
そういう加減があるので全部は話せないけど、異世界だからって何でもぶった切る訳じゃない。
わけじゃないけど、あの世界はな……。
話すか話さないか迷っているうちに、アジの南蛮漬けとお浸し、味噌汁とご飯が僕の前に置かれた。
その配膳の傍ら、誉さんが真顔で告げる。
「魔王に人類総家畜化されてるよ」
「!?」
萌木さんの表情が固まる。ショックを受けるのは解らなくもないな。萌木さんは魔王を倒すために召喚拉致された聖女なんだから。
竜崎さんはそっと目を伏せるだけ。
誉さんはふんっとは鼻を鳴らした。
「あの世界、魔王を倒せるのは勇者だけ。ついでに勇者と魔王は対だ。魔王が生まれたら勇者も生まれる。だから勇者を迫害して殺しても、次に魔王が生まれたら勇者もまた生まれるからってレオンを使い捨てにしようとしやがったんだ。でもあの世界から俺がレオンを連れ去ったから、あちらに勇者はもう生まれない。ザマァ!」
心底から楽しそうに笑う誉さんに、萌木さんの顔が少し歪む。
「最初はコイツのことも見捨ててやろうかと思った。でもコイツは勝手に俺を呼びつけたあっちの奴らから、俺を庇おうとするようなお人好しで……。二年も一緒にいたら情が湧く。コイツに救われた癖に、それも忘れてコイツを殺そうとしたんだ。コイツがいなきゃ、皆魔王に家畜化されてたってのによ。コイツを殺そうっていうなら、それは救われた事実も放棄するってことだろう? ならそんな世界は破棄されたって構わないはずだ。俺の勇者を殺そうとする世界なんか、俺は要らん。賭けに勝ったんだ、報復して何が悪い?」
「いえ! とても解りやすくていいと思います! やられたら、百倍返し! 私にはその根性が足りなかったんだわ!」
ぎゅっと拳を握って、萌木さんが叫ぶ。
聞いていた僕や竜崎さんもだけど、誉さんの目が点になった。
いや、うん。そうか、萌木さんにはその根性が足りなかったのか……。
足りなくていい気もするけどな。
というか、誉さんの話も少し主観的に過ぎる。
たしかに誉さんが竜崎さんをこっちに連れ帰ったことで、あちらの世界に勇者は不在。
その生存は確認されているから、魔王が生まれたとしてあちらの世界に勇者は生まれないんだ。
だけど誉さんが接触した神様的な存在に言わせれば、勇者を彼が新たに作ることは可能なんだそうな。
しかし彼はそうはせず、勇者である竜崎さんが元の世界に接触できないように、その世界を観測できるだけの世界として閉じてしまった。
そうなると、こちらからは彼方を観測することは出来ても救援は出来ない。
お茶をいただきつつも、萌木さんに説明すると、竜崎さんが「すまないね」と静かに僕に告げる。
「誉はこういうとき、全部自分が悪いって全てを背負おうとしてくれるから」
「うるせぇ、本当のことだろうが」
「そんなことない。あっちを見捨てたのはオレも同じだ」
庇い合う二人に目を白黒させる萌木さん。
美しい光景だとは思うけど、もっとシビアな現実があるんだよ。
僕はすちゃっと手を上げる。
「や、お二人が干渉できる状況にあっても、地域包括不可思議現象対策課職員としては阻止すると思います。そういう世界って新しい世界と行き来出来るって解ると、こっちに魔王を嗾けてきたりするんで。共倒れ狙ってくるっていうか?」
「あーねー」
「否定できないのが辛いな」
二人がお互い揃って明後日を見る。
今日も地域包括不可思議現象対策課は、地域の平和のために存在しております。
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