勇者も大魔導師もいるんだよ。
明日も同じ時間に投稿します。
ととととと、と。
二階から走ってくる足音が聞こえて、すぱんっとカウンターの奥から襖か障子を勢いよく開ける音がして。
「なんだ!? なんかあったのか!?」
住居部分と店を分ける簾の奥からジーンズにTシャツの、もさっとした髪のひょろっと背の高い、細身の青年が現れた。けど、彼が僕を認め、ついでに竜崎さんと対面に座っている萌木さんを見比べて、それはそれはあからさまに肩を落とす。
「なんだ、染谷さんか」
「こら、誉。失礼だぞ」
「だってやたらデケェ声がしたからなんかあったのかと思ったのにさ。お役所の人じゃん?」
ぼりぼりと頭を掻いて迷惑そうに言う彼に、萌木さんが恐縮して「すいません」と小さく頭を下げた。そんな光景に、彼が片眉を上げて竜崎さんを見る。
「異世界からの不当召喚拉致被害者の方で、帰世界難民としてこちらに定住申請を出されているそうだよ」
「はぁん? そりゃ難儀だな」
竜崎さんの説明をサラッと流す。そしてくるっと踵を返そうとするのを、竜崎さんが彼の腕を掴んで引き留めた。
「萌木さん、紹介します。彼は竜崎 誉、私の身元引受人で元の世界で私の相棒を務め、この四季島市まで命がけで逃がしてくれた私の大魔導師です」
「元、な」
ふんっと鼻を鳴らす。心底嫌そうな顔だ。
けど、心底嫌なのは大魔導師の称号じゃないことを、僕は知っている。
萌木さんはなんか二人のやり取りに気圧されているようだから、こほんと咳払いし
するとハッとして二人は僕らに視線を映した。
「あの、お二人とも民間の相談ボランティアとして、経験を萌木さんにお話しいただけませんか?」
「あん? ボランティアは俺じゃなくてレオンだろ? レオンが話してやれよ」
「誉はいつもオレの話は長いっていうだろ? 誉のほうが説明が上手だし」
「お二人とも、よろしくお願いします!」
にこやかに押し切って笑えば、竜崎さんは苦く笑い、誉さんは小さく舌打ち。それでも竜崎さんの腕を無理やり解かせることなく、彼の隣に静かに立った。そして手を水道で洗うと、置いてあった彼がお店を手伝う時につけるエプロンを身に着ける。
「何から話せばいいかな?」
微かな笑みを竜崎さんから向けられて、萌木さんが肩を跳ねさせる。実際何を聞いていいか、彼女も解ってないんだろう。そんな彼女に助け船を出したのは、誉さんのほうで。
「最初から、だろ? じゃあ、俺が異世界に不当召喚拉致されたとこからでいいか?」
「あ、はい。それでお願いします!」
「おう」
ブンブンと頷く萌木さんに、皮肉気に唇を歪めた誉さんが話し出す。
召喚拉致された当時、なんと誉さんは中学生だった。
異世界ケースナンバー……何番か忘れたけれど、萌木さんと同じく魔王に人類が脅かされている世界だったそうな。
ただ萌木さんと異なるのは、彼もたしかに現地の人間に召喚されたのだけれど、現地の住人に接触する前にその世界の神と名乗る高次元の精神体と接触したことだ。
そこで彼はその存在に現地の人間を救うように懇願されたという。
「でな、賭けをしたんだ。俺にそんな力があるなら助けてやってもいい。その代わり、もし俺とその勇者ってやつが魔王を倒したとして、その後の人間達が俺か勇者を迫害したその時は、必ずその報復をする。何も無かったら、その世界が危うくなる度に俺の子孫をそっちの世界に連れてって良いぞってさ」
「え、えー……?」
ニヤッと唇を歪めて笑う誉さんに、萌木さんはちょっと引き気味。竜崎さんは苦い笑みを浮かべた。だって実際、賭けに勝ったのは誉さんだったからだ。
誉さんの話は続く。
これは凄く耳に痛い話なんだけど、誉さんは一応現地の神様と接触する以前に、その頃には既にあった不当召喚拉致防止のブザーのピンは抜いていた。
でも当時の地域包括不可思議現象対策課は動かなかった。
当時の地域包括不可思議現象対策課の課長が通報を無視したのだ。
これは彼が帰って来て発覚して、その頃の課長は今も牢屋の中にいる。
それは兎も角。
現地の時間で二年ほど、誉さんは異世界で大魔導師として竜崎さんとともに世界を救う戦いに身を投じたそうな。
「あの頃も、オレは誉に何度も忠告されてたんだ。任務に忠実なのは良いけれど、魔王を倒した後、次に追われるのはオレだ、と」
「だって勇者とか英雄って大体そうだろう? 必死で戦ったのに、その後嵌められて処刑されるってよ」
「じゃ、じゃあ」
萌木さんが青褪めた。
勇者、大魔導師。
その二人の名望を恐れた何処かの王が、魔王を倒すや否や二人に反逆者の汚名を着せた。
その頃には誉さんはもう、その世界には並び立つ者のいない大魔導師であったし、ようやく彼の不当召喚拉致に気が付いた地域包括不可思議現象対策課が彼にコンタクトを取り始めていて。
抵抗して行方をくらました誉さんとは違い、王様に恭順することで無実を示そうとしていた竜崎さんは、あっという間に処刑寸前。
その首がギロチンにかけられる瞬間、大地を雷が割り、誉さんが刑場に乱入。その場を制圧して、接触していた地域包括不可思議現象対策課の時空座標を割り出して、竜崎さん共々転移魔術で四季島市にご帰還なさったのだ。
「え、えー……ひっどい話もあるんですね……」
「そうかい? ありふれてンだろ、こんな話?」
憤る萌木さんだけど、実はそう。だから異世界からの亡命者に関する何とかかんとかっていう法律があるわけで。
その始まりは、誉さんが竜崎さんを異世界から連れ帰ったように、異世界に不当召喚拉致されたこちらの住民が、異世界で心を通わせた存在が不当な扱いを受けることに憤って連れて帰って来たからとされている。
「それで助けられたオレ、いや、私のその後なんですが……」
「オレでいいじゃん」
「え? や、でもちゃんとした方がいいだろう?」
「あ、話しやすい方で大丈夫ですよ!」
萌木さんもその方が緊張がほぐれるだろう。顔を萌木さんに向けると、彼女もぶんぶんと首を上下させた。
そして話は続く。
拉致された当時の誉さんは中学生、そしてなんと竜崎さんも十分中学生という年齢だった。
現地では二年の月日が経っていたけれど、こっちでは半年ほど行方不明。そんな息子が突然同い年の少年を連れて、拉致された異世界から帰って来た。
ご両親は不当召喚拉致の時点で生きた心地がしなかったらしいけれど、その巻き込まれた世界での息子と、その息子が背中を預けて戦っていた少年に対する扱いに関して、それはもうお怒りだった。
当然その矛先は地域包括不可思議現象対策課にも向けられて、必然法廷闘争まで行きましたとも。
そこに関してはもう地域包括不可思議現象対策課職員として拘泥たる色々があるんだけど、そこは置くとして。
「誉のご両親が、オレをもう一人の息子として受け入れて亡命の手続き色々をとってくれたんだ」
「それで、竜崎、なんですね」
「おう。染谷さんと先に知り合ったのがレオンだから、この兄さん、俺を名前呼びにして、レオンを『竜崎さん』って呼ぶんだよ」
「ええ、お二方とも『竜崎さん』だから、どっちを呼んでるか解らないでしょ?」
へらっと笑えば、萌木さんも小さく笑う。
竜崎さんと誉さんも重くなりがちな雰囲気を軽くするように、頷いてくれた。
実際問題としてはその後が結構大変なんだけど、強い力を持って亡命してきた人を受け入れるには色々と制約がある。竜崎さんも、誉さんも今も未だその制約に縛られているのだ。
そういうシビアな面を話すと、萌木さんの顔が僅かに曇る。それを見て、竜崎さんが慌てて首を横に振った。
お読みいただいてありがとうございました。
感想などなどいただけましたら幸いです。