誰が異世界が一つなんて決めたの……?
明日も同じ時間に投稿します。
猪田さんは昨日の今日でお休み。
箕輪先輩は夜勤開けからの休日なのでお休み。
わりと戦力になる二人がお休みなので、今日はなんにも起こらないでほしい。特に戦闘行為があるような騒動は御免被る。
朝から窓口で申請書類を受け取って、不備がないか確認して、何事もなければ上へ回す。
地域包括不可思議現象対策課で申請受付や手続きができる書類は色々あるけれど、今朝届け出されたのは四季島市が管理するダンジョン施設での民間探索者協会が実施する実践訓練だ。
ダンジョンは厳密に言えば人工のものと、自然のものがある。
四季島市が管理するのは人工的なダンジョンで、元々地方豪族の墓として作られた古墳だ。形状としては前方後円墳に見えるんだけど、その前方の方が逆さピラミッド造りになっていて、地下に行くほど魔素が溜まるせいで強いモンスターが潜んでいる。
昔はアンデッドもいたんだけれど、ここ何十年かの発掘調査の際、アンデッドを浄化したり討伐したりで、今はモンスターが湧いて出るくらいだ。
そのモンスターにしても、盗掘者除けに作られているものだから生物ではなく無機物。埴輪とか土偶とかそんな感じ。
今回、民間の探索者協会の訓練は、その盗掘者除けのシステムを使っての戦闘訓練ということだった。
何も人様のお墓でそんなことせんでも……。
そう思わなくもないんだけど、いずれの御時だったかの帝が、先祖代々の墓といわれている古墳を調査し、使えるものは国民に解放せよと詔を出された。だから、ありがたく使わせていただく。それがモッタイナイ精神ってやつだ。
ざっと読み返して、チェック項目や緊急時の対策などの項目に不備がないかも確認。
特に間違ったところはない。
そう判断して書類を決裁のボックスにしまおうとして、再度何気なく書面を見る。すると不自然に印刷された文字が消えていくのが見えて。
「あ」
声をあげると書類にあった文字列が、また不自然に消えた。
ヤバい。
感じた瞬間、言葉が勝手に唇をついて出て来る。
「文字喰い、発生!」
大声なんか暫く出してない喉が、突然の酷使で引き攣れる。
だけど「文字喰い」という言葉に反応した課の先輩方が、さっとデスクに備えた殺虫剤や消臭剤を片手に立ち上がった。
「どっち!」
「どこにいった!?」
「探せ!!」
殺気立つ先輩方に気圧されるけど、文字喰いは仕方ない。あれは一匹見たらその日の書類仕事の成果が全滅するって言われるほどのものなのだ。
その名の通り文字を食っていくだけで、特に人間に危害を加える訳ではないけれど、事務仕事をする場所に於いてその存在は天敵と言える。
見つけたら即駆除。文字喰い対策の鉄則だ。
デスクが並ぶあちらこちらで、スプレーを噴射した音や消臭剤を撒いた音が聞こえてくる。中にはスリッパを手に、バシバシと床を叩いている人も。
ゴキブリじゃないけど、気分的にはそれに近い。
僕も手持ちの消臭剤をぷしゅぷしゅと振り回す。
あっちもこっちもどったんばったん。
その狂乱は昼休み近くまで続いた。
「あー……酷い一日だった」
今日はどうにか定時に上がれたものの、内容的には散々だった。
文字喰いに文字を食われたためにやり直しになった書類もあれば、それ以前にファイルされた資料や書類に被害が出ていないかの確認もしなくちゃいけなかったし、文字が消失した書類があればそれをアーカイブから引っ張り出してくる必要もあったし。
お蔭で昼食をくいっぱぐれた。
こういうとき課長がいたら、食事を疎かにするとパフォーマンスが下がるとかで、順次折を見て交代で食事に行かせてくれるんだけど、本日は定例報告会とかでお留守。結果なんか皆真面目に昼食すっ飛ばしてお仕事に精を出してしまった。
いくない。こういう社畜根性、非常にいくない。
それでも戦闘行為のあるような騒動でなくってよかったとは思っている。まあ、ある意味文字喰い退治は戦争なんだけど。アレは事務屋の天敵だからしかたない。
肩やら首やらを回すと、関節がこきこきと音を立てる。むっちゃ凝ってる。ついでに腹の虫も、昼から胃に何も入ってないことに抗議の鳴き声を上げた。
こういう時は旨いものを食べに行こう。
役所から僕の家はバイクでニ十分くらいで、いつもはマーテル姐さんに跨って往復してる。けど。
「姐さん、僕、竜崎さんのお店に寄って帰るから、先に帰ってくれていいよ」
『そうかい? じゃあ、お先』
すっと僕の影からマーテル姐さんの気配が消える。
役所の門を潜って最寄りのバス停を左折して百mほど行ったところを、次も左折。それからまた百mほどいったところに小さな小料理屋があった。
暖簾には「小料理屋竜胆」と。
白地に紺色で店名が染め抜かれた暖簾を上げようとしたところで「あ、染谷さん」と、たしかに呼ばれて。
「あ、萌木さん」
振り返った先には、先日会ったばかりの並行世界からの移民というか難民というかな萌木さんが立っていた。
「こんばんは、奇遇ですね」
「あ、はい。こんばんは」
当たり障りない挨拶をすると、彼女は律儀に軽く頭を下げる。
そういえば彼女の今過ごしている保護施設は、この近くだったか。訊ねてみれば、彼女も「そうなんです」と頷いた。
「あの、施設の人から、このお店の人が民間相談ボランティアなさってると聞いて」
「民間相談ボランティア……?」
萌木さんの言葉に、一瞬考える。そしてぽんっと手を打った。
「ああ、はい。そうです。竜崎さんと仰って、異世界から保護された方、或いは難民として受け入れを希望された方、亡命者の方の、その後の生活について民間レベルで相談ボランティアを引き受けて下さっていますよ」
「はい。それでお話しできれば、と……」
「そうだったんですね」
そういうことだったら、竜崎さんは相談に乗ってくれるだろう。ただ夕飯時だ、ここは僕が甲斐性を見せなきゃいけない……かな?
心の中で財布の中身を計算して、ちょっと風邪ひきそうだけど仕方ない。
「ご飯でも食べながら相談に乗ってもらうといいですよ」
「あ、お店屋さんですもんね」
一瞬戸惑うような素振りもあったけれど、彼女の背中を押すように暖簾をくぐってからからと扉を横に開いた。
「いらっしゃい」
穏やかな深みのあるテノールに招かれて、萌木さんと一緒に中に入る。
店内は店主と相対して飲めるカウンターと、テーブルが二組。小ぢんまりしてはいるけれど、温かみがあって、隠れ家的な名店としてご近所では名高い。
今日はまだ定時から少し経った程度の時間だから空いている。幸いだと、萌木さんと一緒にカウンターの竜崎さんの目の前に陣取った。
「こんばんは、竜崎さん」
「こんばんは、染谷さん。えぇっと?」
「あ、こちら萌木さんと仰って……」
自分の名前を告げた萌木さんを補足するように、彼女の身分と状況、そして彼女がここに来た目的と、店の前でそんな彼女と偶然にあったことを告げる。途端に竜崎さんは気遣わしい顔つきになった。
「不当召喚とは、難儀されましたね。お怪我やご病気などは大丈夫ですか?」
「はい。それは全く。その……皆さん、良くしてくださるので」
萌木さんはぺこりと頭を下げた。
彼女の旋毛を見ながら竜崎さんは、その誠実そうな目に深い光を讃えて頷く。
「私の時もそうでしたよ。私の場合は亡命でした。命がけで私を助け出してくれた友人がいまして。彼がこの四季島市の住人だったんですが」
「え?」
萌木さんが頭を上げて、竜崎さんと僕を見比べる。僕はちょっと平面的な顔つきで、日本人の萌木さんと似た感じの顔つきなんだけど、竜崎さんは鼻すじがシュッと通った彫の深い顔つき。同じ人種かって言われると、竜崎さんはエルフのほうに近い。目の色も青だしな。
多分萌木さんは混乱している。なのでちょっとご説明。
「こちらの竜崎さん、とある異世界で勇者をなさっておられたんですが、現地で政争に巻き込まれ迫害の対象とされたために、当時現地にて不当召喚拉致被害に遭っていた四季島市民が私的に保護。四季島市まで竜崎さんとご一緒に自力で帰還されたんです。えぇっと、あの方は大魔導師でしたか?」
「ああ、はい。私は竜崎 レオンと申します。元勇者です。よろしく」
「え、えぇぇぇ!?」
萌木さんの絶叫のお蔭で耳がキーンとなった。
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