サイキッカーもいるんです。
明日も同じ時間に投稿します。
「花珠課長の笑顔は破壊兵器だよ……!」
「あーねー」
自販機にICカードを近づけるとピッと鳴って、紙コップのコーヒーが出来上がる。
取り出し口からそれを取り出して、僕は自販機横のベンチに腰掛ける女性職員――猪田さんに手渡した。
花珠課長のカッコいい笑顔が被弾して倒れた女性職員さん。
課長がプリンセスホールドで救護室に運ぼうとしたけど、阻止してあげた。笑顔が着弾して倒れたんだから、この上お姫様抱っこなんかされたら、多分猪田さんの心臓が終わる。
彼女は超能力者で、先ほどは課長の微笑みを見た自分の感情の上に、近くにいた他の職員達の歓喜を受け取って、脳が処理落ちしたらしい。
因みに超能力は先天的に契約なしで使えるけれど、その分出来ることが限られている。魔術は後天的な学習と契約が必要だけど汎用性が高い。区別的にはそう。
猪田さんはテレポーテーションに、サイコメトリー、サイコキネシス、テレパシーにパイロキネシスという五つの能力を保持している。
でも遅刻しそうなときにテレポーテーションで移動してくる以外は、基本的に能力を使うことはない。
非常時以外に能力を使うと、一般市民の皆様から嫌がられるというか「ズルをしている!」と苦情を頂戴してしまうのだ。
ちょっと遅刻回避にテレポーテーションぐらい使わせてほしい。「したらわざわざ交通費の申請出さずに済むし、人件費の節約に回せるじゃん」とは、猪田さんの定番の愚痴だ。
でも仕方ない。
この世の三分の二の人達は超能力もなければ、魔術も使えないから。
そしてそんな人達から迫害したりされたりっていうのを起こさないように、僕達異能保持者や魔術を使える人間は、社会貢献したり、力を持たない人たちの盾であり剣でなきゃいけないんだし。
先人がそういう風に融和を図って来たから、今でこそ異能保持者であろうが魔力保持者であろうが、妖怪だろうが宇宙人だろうが獣人だろうがエルフだろうが、皆等しく基本的存在権を持つのだ。
これ、小学校の生活の時間やら、中高の公民の試験にでるからねー……て、なに言ってんだか。
もう一回自販機にカードを近づけると、今度はロイヤルミルクティーのボタンをポチる。
僕はコーヒーより甘いミルクティー派だ。
取り出し口から出て来た冷たいミルクティーを含めば、ほっと肩から力が抜ける。
あー……勧誘してみるって言ったけど、萌木さんの件、気が重いよ。
「どう考えてもウチを選ぶ理由がないでしょ」
「あー……っすね」
猪田さんに僕の思考が流れたらしい。
彼女は普段、精神感応のチャンネルを閉じているそうだ。じゃないと今日みたいに他者の感情を受け止めかねてかねて、脳が処理落ちしちゃうんだって聞いたことがある。
でも、今駄々洩れってことは。
「猪田さん、今日体調悪いんですか?」
「えー……?」
「体調悪いと、閉じてるはずのチャンネルが同期するって言ってませんでした?」
「あー……ちょっと朝から熱っぽいなぁとは思ってたんだけど」
ちょっと失礼。
首を傾げる猪田さんに一言断って、おでこに触れる。
古典的だけど、人間触れた方が解りやすい確認ってのはあるんだ。おでこに触れた手がやたらと熱い。ついで、更に失礼しますと告げて、首筋に僅かに指先を触れさせると、尋常じゃなく熱かった。こりゃヤバい。
「猪田さん、自力で帰れます?」
「えー……どうかな? つか、先に救護室行くわ」
「あ、待って。一緒に行きます」
立ち上がった猪田さんは足取りがフラフラだ。
どう見たって誰が見ても歩いて良い状態じゃないな。
という訳で。
「横抱きでいいですか?」
「え? 嫌すぎる」
「じゃあ、お米様抱っこ?」
「染谷君のスーツに吐いてよかったら」
「駄目です嫌です勘弁してください」
ワンブレスで言い切ると、猪田さんははっとした顔つきになる。
「今こそテレポーテーションの出番では!?」
「それだ!」
という茶番をする必要があったかどうかは甚だ疑問だけど、とりあえず猪田さんは救護室へ。僕はミルクティーを飲み干してから、課のあるフロアへと歩く。
そうして課長のデスクまで来ると、花珠課長が電話を受けているのにでくわした。
二三のやり取りの後電話を切った課長の目が僕を見つけると、「来なさい」と無言で指示する。
「染谷君、猪田さんを救護室に行かせたんですね?」
「はい。猪田さん発熱してました。今朝からちょっと熱っぽかったそうで」
「なるほど。今救護室の先生から連絡がありまして、帰宅させた方がいいそうです。そういうわけで、染谷君。申し訳ないが猪田さんを自宅まで送ってもらえますか?」
今の電話は救護室からの連絡だったそうだ。
結構な熱があって帰宅させようにも、一人ではふらついて危ない状況らしい。
テレポーテーションはこういうとき近距離なら問題ないが、遠距離だと座標が狂ってとんでもないとことに行ってしまうのは周知の事実。そして猪田さんは僕の家の近くにお住まいなんだそうな。
「えぇっと、猪田さんってご実家でしたっけ?」
弱ってる女性の家に男が行くのは問題なんじゃ?
そういうことをする気は全くないけど、何処にでもいるクレーマー様にでも知られたら、それも苦情になっちゃいそうな。
保身のために訊いてみると、ふんっと課長が鼻を鳴らした。
「君にはマーテル嬢が付いているでしょう? マーテル嬢がいて、みすみす女性に不埒な真似をさせる筈がないと確信してますが、間違っていますか?」
「や、たしかにそんなことしたら契約ぶっちぎられて、僕は消し炭ですけども」
「今日はそのまま直帰でいいですよ。マーテル嬢、聞いてのとおりです。猪田さんをよろしくお願いします」
その言い草にカチンとは来ない。
多分花珠課長は本当のところ、僕じゃなくてマーテル姐さんに依頼してるってことだ。マーテル姐さんのがたしかに僕より頼りにはなるしな。
『あいよ。送って着替えさせて、薬飲ませりゃいいのかい?』
「いえ、ご実家にはお母様がいらっしゃるそうです。送ってベッドに寝かせれば、後はお母様にお任せして大丈夫だと」
『まかせな』
僕の影から首だけ出して、マーテル姐さんは課長に請け負う。
ということは、僕は猪田さんを部屋まで運んでベッドに寝かせるのが務めだな。
直帰でいいってことは、予定より早く帰れるってことだ。今日は何処にご飯を食べに行こうか?
考えていると、課長に「そういうことでよろしく」と言われた。
なのでさっさと猪田さんのいる救護室に向かうと、辺りは大変なことになってるし。
「えー……?」
猪田さんが座っているベッドが浮いてるのだ。
猪田さんを迎えに来た僕を見て、救護室の先生が肩をすくめた。
「サイキッカーって体調崩すと、能力の制御が難しくなっちゃうんだよね」
「あー……」
そりゃこれじゃあ、一人で帰せないわ。
僕だって一応重力系の魔術が使えないこともないけど、マーテル姐さんのほうが細かい制御は得意だもんね。
僕の影に潜みながら様子を見ていた姐さんが、猪田さんに圧がかからないように微妙に調整した重力操作の魔術を使う。
すると宙に浮かんでいたベッドが、するすると降りて来てゆっくりとリノリウムの床に着地した。
「猪田さん、送りに来ましたよ」
「えー……なんか、ごめんね?」
「や、いつも猪田さんにはお世話になってますから」
あはは、そんなことないよう。
猪田さんは朗らかに笑うけど、顔色はさっきよりやや悪い。でも熱のせいでちょっと赤いっていう微妙なコントラストだ。早く寝かせてあげないと。
彼女の「歩けるよ」っていう意志を尊重してタクシー乗り場まで歩いて行ったけど、三回くらい地面から足がふわっと浮いて天井にぶつかりそうになった。
風邪引いてるときと泥酔してるときのサイキッカーの大丈夫は全然あてにならないと思いました、まる。
お読みいただいてありがとうございました。
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