仕事とそれ以上と以下
風邪を拗らせて進捗ダメです。
今月の更新は無理ですが、来月頑張ります。
よろしくお願いいたします。
もともと死んだ魚より暗く淀んだ目をしていたのが、更にそこから光がなくなるって不気味。
マズったかもしれない。
そう思いつつ女から目を離さずにいると、背後にいる萌木さんがぎゅっと僕のスーツの裾を掴む。僕のこの場においての最優先事項は彼女だ。彼女をアイツから逃がす。そのためには、何をすべきかを考えなくては。
というか、つけっぱなしの携帯のGPSが今頃色々解析してくれてるから、僕は萌木さんを連れて逃げ切ればいい。警察の応援もいつかは来るだろう。そのときに女が逃げてたとしても、それは僕の職責外の話だし。
その隙を伺うために見ていれば、女はブツブツと何か呟きだした。やれ「私を認めない」「愚か者どもに私は理解できない」とか何とか。
案外出世できないってのは、ブーメランだったのかも知れないな。どうでもいいけど。
やがて女の定まらなかった視線が僕に向く。
「その女も面白い能力を持っているようだから標本にしようと思ったけれど、君も同じくらい面白そうだ。二人揃って私のコレクションに加えてあげよう」
ケタケタと狂ったように笑い出すけど、標本と言ったか? 趣味の悪さも極まって来たな。
「お断り申し上げます」
一言告げれば、あちらの目がキョトンとする。いや、何で拒否されないと思ってんだよ。
「何故拒むんだね? 美しいまま保存しておいてあげるのに。この星の人間という生物は、皮の美しさの劣化が気になる生き物なんだろう? 美しいまま保存されて、その能力も有効に研究してあげるのに」
「そういう人もいるかもしれませんが、一般的な考え方じゃありません。貴方研究していると仰るわりに、自分に都合のいいデーターばかりを参考値にしておられませんか? それで検証実験できちんとした数字がでるとは思えないんですけど?」
「染谷さん、あの、そんなブスブスと刺して大丈夫ですか……?」
「あ、失礼しました」
萌木さんの言葉に頷いて謝罪すると、女の精気の無かった顔に仄かに赤みがさす。うーん、大激怒でいらっしゃるかな?
しかもどうも図星をぶっ刺してしまったようで、みるみる怒気が女の顔どころか体全体に拡がっていく。
「こちらが下手に出てやっていればベラベラと! 下等生物の癖に!」
「下手って言葉の意味すらご存じない方に下等と言われましても。辞書の意味が違うのではないかと」
「あの、だから、染谷さん。そんな本当のことを容赦なく言ったら、流石に可哀想ですよ?」
握った裾をツンツンと引っ張ってくる萌木さんも大概じゃないかな?
思わず真顔になっちゃったけど、どうも向こうが限界を迎えたようだ。
ワナワナと全身を震わせると、一旦動きを止める。不思議には思うけど、だからって顔に出さずに観察していると、額からつうっと一筋血が流れた。
何が起こる?
後ろ手に回した手の中には、魔力を変わらず集中させてある。これの出番を作るための茶番なんだけどもな。
そう思っていると、女から人体が聞こえてはいけなさそうな軋み音がする。そしてあっと声を上げる間もなく縦線が頭の先からつま先まで入った刹那、その線から顔の左右がぱっくりと割れた。
ミチミチと肉が裂け、ぐちゃぐちゃの皮膚の断面が見える。
「—―ッ!?」
萌木さんが悲鳴をあげかけて、手を口で塞いだ。
グロテスクにも肉片と血液がビチャビチャと辺りに散って、割れた中央の肉塊からウゾウゾと触手が蠢く。
『折角コレクションにしてやろうと思っていたのに残念だ。お前らのような不愉快な生き物にその価値はない!』
「見た目が大層不愉快なのはこっちですけども!?」
僕の言葉に反応して、がっと触手が伸びてくる。本体は依然として女の中にあるのか、左右に別れて最早ぶら下がっているだけの女の片側の顔にある目が不気味に光った。
そしてその身体ごとこちらに体当たりをするように、凄まじい速さで向かって来る。その顔面を殴るように、隠していた片方の手をかざす。
『ギャッ!?』
「行きますよ、萌木さん。姐さんよろ!」
『任せな!』
「はい!」
片側に溜めていた魔力は、目つぶし用に調整した魔術で、本来は灯りのない場所で使われる攻撃能力のない些細な魔術だ。
が、サングラスなしで見たら目が焼ける程度の調節をしてあるので、何もなしで喰らえば視覚を確実に奪う。
ヤツがベラベラ喋っているうちに、自分にも萌木さんにもマーテル姐さんにも目を保護する魔術をかけておいたので、僕らは何とも。
強い光の中でのた打ち回る不愉快な外見の生き物を尻目に、僕らは転移魔術で避難だ。
携帯の向こうの課長から、ばっちりこの異形に異能封じと所在把握が出来るマーカーを遠隔で打ち込めたって連絡が入ったし。
マーテル姐さんの転移魔術が発動するのが、異形にも解ったのだろう。何か喚いているけれど知ったことか。
『お前! お前は必ず殺してやる!』
「お断りします。僕の方は貴方に仕事で関わる以上の感情も興味もありませんので」
追いすがろうと伸ばす手は、転移陣に触れられず。
僕らは視界が急に飛んで、いきなり見慣れたコンクリの壁とガラス窓、それからLED電灯の人工的な光の中へと佇む。
そこは市役所の域包括不可思議現象対策課に備え付けられた、転移陣用の一室だった。
無事に帰ってこれた。
ふぅっと大きく息を吐くと、背中にぎゅっとしがみつく温度が感じられて。
振り返ればぎゅっと萌木さんが僕の背中に顔を埋めていた。
怖い思いさせちゃったもんな。
なので、できるだけ穏やかに声を出す。
「萌木さん、もう大丈夫ですよ」
「は、はい」
顔を上げた彼女の唇が震えている。しくったのはこっちだな。
おずおずと背中から手を放して、ゆっくりと萌木さんが僕と向かい合う。
その手はやっぱり震えていて、僕はとても申し訳ない気持ちで一杯だ。
いくら次の犠牲者を出さないためっていっても、やっぱりマーカーを打ち込むための時間稼ぎなんかしないで、彼女を連れてすぐに逃げれば良かったんだ。それなのに……。
謝ろうと口を動かそうとした時だった。
「なんか、面白かったです!」
「へ?」
「いや、たしかに怖かったんですけど。でも染谷さんがあの訳の分かんないのに、ドンドン言い返していくから! 私、昨日丁度染谷さんから勧められた『あぶ不可』観たところだったんですよ! なんだかドラマの一場面みたいで! そんな場合じゃないのに、萌えました!」
「あ、そうですか……。いや、それなら良かったです。良かった? 良かったであってます?」
「はい! 狙われたのは良くないですけど、なんか良かったです! ちょっとしたヒロイン気分になれたし!」
萌木さんの顔に赤みがさしてる。
迎えに行ったときの緊張した面持ちよりは、ずっとこっちのほうがいい。だって活き活きしてる。
こういうとき、萌木さんは本当に強いって思うんだよな。
何となく嬉しくなって笑えば、萌木さんの頬が更に赤くなった。
「どうしたんです?」
尋ねると、萌木さんが「染谷さんこそ」って消え入りそうな声で言う。
「いや、僕は萌木さんって本当に強いなって思いました。そういうところが僕はとても好きです」
「え? す、すき……!?」
「はい。とても好きです。その輝きをアイツは解ってない。そんなヤツには貴方の髪の一筋だってくれてやるもんか」
「あ、え、あの、ありがとうございます……?」
戸惑う萌木さんの手を握りなおす。
もう彼女の手は震えを止めていた。
そういえばあの訳の分からない異星人、僕のこと殺すって言ってたな。
となるとターゲットは萌木さんから僕に移ったんだろうか。
だとすればとても都合がいい。
「大丈夫、ターゲットは僕に移ったみたいですし。警察と協力して、合法的にアイツをぶっ潰しますね」
にこっと笑うと、萌木さんの笑顔がほんの少し引き攣った。
お読みいただいてありがとうございました。
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