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つつかない藪から鬼が転がる

 マーテルには元に戻って、影の中に潜んでもらって。


 不審者の痕跡がたしかにあった地区に、見られている可能性のある人を一人で帰すことなんて、出会ってしまった以上はできない。


 そう言い張って、僕は萌木さんと二人で並んで歩いている。


 申し訳なさそうな顔をする彼女に、僕の眉毛も下がってしまう。


 そういう顔をさせたい訳じゃなく、守ってほしいっていってほしいわけでもなく。


 夕方だっていうのに花の濃い香りが残る通りを、二人無言で歩く。


 


「あの……」


「は、はい」




 びくっと肩が揺れた。


 萌木さんがこっちを見て、何か言い淀んで口を開けたり閉じたり。


 しばらく待っていると、彼女がきゅっと握り拳を作って口を開いた。




「竜崎さん達から聞きました」


「え?」




 まさか僕が根回しにいったことがバレたんだろうか? あの人達に限って余計なことは言わないと思ってたんだけど。


 心臓が煩く跳ねるのを宥めていると、続く言葉は僕の想像とちょっと違って。




「資格を持ってなくても、他の資格保持者の指導の下でだったら治癒術を使ってもいいんだって」


「え? あ、はい。そうなんです」


「誉さんは資格保持者だから、染谷さんが『竜崎さん達に相談してみたら?』って言ったのは、それを利用して実技試験対策をしたらいいってことだよって。何から何までありがとうございます」


「あー……いやー……」




 目を逸らす。


 本当はこういうの肩入れが過ぎるって怒られるとこなんだよな。


 でも彼女が自分で立とうとする、その一助になれればそれで。


 あははは、と乾いた笑いを浮かべると、萌木さんがすっと前を見る。




「私、講座で一番実技上手くなくて。だからちょっと焦ってたんです。でも竜崎さん達が協力してくれるお蔭で、問題点がちょっと見えてきて」


「そうなんですか?」


「はい。その人体の造りが曖昧だと、イメージが上手く出来なくて復元、つまり回復が上手く浮かべられないんだろうって」


「ああ、なるほど。治癒術取扱資格取得受験者が一度は引っかかるアレですね」




 なるほど、アレか。


 呟きが聞こえたのか、萌木さんがキョトンとする。


 大きな目が零れそうなその表情に、思わず僕も笑ってしまった。




「いえ、実は僕も治癒術取扱資格を持ってるんです。ペーパーテストだけなら甲種通ってるんですけど、実技が駄目で落ちまくって。適性がないわけじゃないんですけど、あんまり通らないから去年は受けなかったんです」


「そうだったんですか……!?」


「はい。だからある程度何に躓くのかは分かります。解剖学を頭に入れないといけないの、キツいですよね」


「そうなんです!」




 ぱあっと萌木さんの顔が明るくなった。


 解剖学はかなり難しいというか、覚えることが多すぎてかなり辛い。それに治癒術取扱資格甲種は外科医並みの解剖学の知識が必要になる。


 そんな話をしていると、萌木さんが「あ」という顔をした。




「さっきの人、間宮まみやさんっていうんですけど。彼女、凄いんですよ」


「そうなんですか?」


「はい。もうばっちり人体の構造が頭に頭に入っているらしくて、肺の肺胞の構造も絵に描けるくらいで」


「えー……それは……」




 凄い、で、片付けられることではない気がする。


 萌木さんの通っている職業訓練は異世界人・異星人向けの講座だったはずだ。


 それでもってこっちの人間の肺胞の構造まで解るって、勉強熱心にもほどがあるな。もしかして精気がなかったのは、勉強のし過ぎで身体を壊してるんじゃ?


 そこまで考えると、何となくこのままではいけない予感に駆られた。




「あの、その間宮さんですけど、下のお名前解ります?」


「え?」


「いや、物凄く精気を感じなかったので、もしかして勉強のし過ぎで身体を壊しているのかも、と。担当職員に確認してもらった方がいいんじゃないかと思ったので。これから講座で習うかもしれませんが、実はこっちには精気を喪う病気っていうのもあるので」




 僕の言葉に萌木さんがぎょっとする。




「そうなんですか!? あ、間宮さん……律子りつこさんって仰るんです」


「そうですか。ありがとうございます。担当の方に明日でも声をかけておきますね」


「はい。私が言うことじゃないけど、よろしくお願いします」




 ぺこっと萌木さんが頭を下げる。それに「こちらこそ、ご協力ありがとうございます」と返せば、雰囲気がさっきより若干温かくなった気がする。


 そうこうしているうちに、萌木さんが今お世話になっている異世界からの亡命や移住希望者のための寮へと着いた。


 彼女が寮に入っていくのを見届けてから踵を返そうとして、ふっと何か違和感を感じて。


 ざわざわと風もないのに木々が騒めく。


 それは何となくだったんだけど、なんか嫌な予感がしてマーテルに念話で話しかける。




『なに? この建物に結界かけろって?』




 できるよね?


 訊ねればマーテル姐さんは鼻を鳴らして『誰に言ってるんだい?』と返してきた。


 杞憂であればいいんだ。


 とりあえず一晩か二晩もつような結界をマーテル姐さんに張ってもらって、僕はようよう来た道を引き返すことにした。


 翌日。


 登庁する課長と玄関のところで鉢合わせ。


 挨拶した後ちょっとした雑談をしたあと、僕はあの話を切り出した。




「あの、課長。異世界からか異星からの亡命か移住希望者で、間宮律子さんと名乗っておられる方がいらっしゃると思うんですが」


「マミヤ、リツコさん……ですか?」




 課長が少し考えて、眉を寄せた。


 なんだろうな、この表情は?


 疑問に思いつつも、先に僕の疑問と精神衛生を優先させる。




「実は昨日、お会いしたんですけど……なんというか、精気が感じられないというか、なんだろう生きてる人っぽくないというか……でも血色は良くて……」




 萌木さんと同じ職業訓練講座に通って勉強熱心。でもそのせいで精気がなくなる病気に罹っているかも知れなくて。


 気になったことを話せば、課長が物凄く難しい顔をする。


 気が付けば地域包括不可思議現象対策課のデスクの前に辿り着いていて。


 課長が「染谷君」と、静かに僕を呼んだ。




「現在四季島市において『マミヤリツコ』と名乗る異星あるいは異世界からの移住希望者はいません」


「え? で、でも、昨日お会いしましたよ?」


「本人が四季島市に担当と?」


「あ、いえ。萌木さんからですけど」




 じゃあ萌木さんが間違えて聞いたんだろうか?


 たしかに本人に聞いた訳じゃないから、早とちりだったかも。


 すると課長は机に備えてある電話を取って、近隣の市に連絡を入れてくれて。


 うちの市じゃないとしても、無理をして病気になってるかもしれないなら捨て置けない。


 けど、最後の電話を切った課長が、険しい顔で僕に告げた。




「近隣の市に『マミヤリツコ』という名を名乗る移住・亡命希望者は存在しないようです」


「え!? でも……」




 どういうことだ?


 移住・亡命希望者はその判断でこっち式の名前を名乗ることがある。


 それは通称のようなものだけれど、名乗ると決めれば担当の地域包括不可思議現象対策課に届け出ておかないといけない。


 届け出とは違う名前を名乗ることは、悪用防止のため基本許可されないことだ。


 職業訓練講座に通ってるんだから、萌木さんに偽名を名乗るとも思えない。


 違和感が膨れ上がる。


 そういえば、マミヤリツコと名乗ったあの人はどんな顔だったろうか?


 思い出そうとすると、血色がよかったのに精気が感じられないという違和感以外が何も浮かんでこない。こんなことってあるだろうか?


 あまりにも不自然な状況に背中がうそ寒くなる。


 見張られているような不審な視線に晒される萌木さん、不審な視線の持ち主の死者のような精気の無さ、マミヤリツコと名乗った人物の死人のような雰囲気……。


 バチッと脳内で一気に線と点が繋がる。




「課長、そのマミヤリツコと名乗った人物……!」


「そうですね、可能性は高いかもしれない。染谷君、萌木さんに連絡してこちらに来ていただくように、いえ、迎えにいってください。私が萌木さんに連絡を入れておきますから」


「はい!」




 課長も僕と同じように線と点を繋げたんだろう。


 急いで庁舎から出て即バイクに変形したマーテル姐さんは、行先を告げる前から萌木さんの寮へと走り出した。

お読みいただいてありがとうございました。

感想などなどいただけましたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
そうですよねー。怪我を治そうと思ったら、まず、元がどうだったかわからないといけないですよね。でないと、変なふうに骨がくっついたりとか、ありそう。
前回からなんだか怪しくはありましたが、間宮さんの正体はなんなんでしょうねえ。 登録がなかったわりに講座に出れていた理由はなんなのか。 実は萌木さんと染谷くんにしか見えていなかったりして? 続きも楽しみ…
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