見かけは重要だけど、それが全てじゃない
吉備津彦さんが受信した宇宙からの謎のメッセージは、昼を過ぎる頃には日本全国どころか世界各国で受信されている物だと判明した。
といっても吉備津彦さんほどはっきり受信出来た例は珍しく、他の所が受信出来たメッセージをつなぎ合わせると吉備津彦さんが受信したメッセージになる。そんな感じ。
吉備津彦さんとメッセージの送り主の相性が良かったのかも知れない。
言語自体も未確認宇宙言語だと思われてたんだけど、なんと現存宇宙の言語だったことも判明。なんで現存宇宙言語じゃないと思われたかっていうと、超古語だから。
日本で例を出すとすれば、僕らが古語だと思ってる古典で使われる「おり・あり・はべり・いまそかり」を通り越して、発音から何から今の日本語とは遠い飛鳥とか奈良とかそれ以上に昔の言葉だから。
なので翻訳が難しくて、内容がまだ掴めていないらしい。
とはいえ銀河連合に翻訳依頼を出してるから、それも一両日には解析と分析が終わる見込みだそうだ。
そういうことだから、この件は地方から中央への預かりに。
なんで僕がその内容を知ってるかっていうと、課長から長嶋課長補佐と吉備津彦さんへメールしといてって言われたから。
課長、ちょっとお取込み中だそうで。
なんか県とかよりもっと上のお呼び出しがあったそうな。
だからってお叱りとかじゃないみたい。またキビツンやって? とかそういうことかも知れないな。
それはそれとして。
「染谷君、聞いた? 不審者の痕跡、やっぱりあったって」
「マジですか!?」
猪田さんが難しい顔で隣の席から話しかけてくる。
あれから猪田さんも不審な視線の情報があった場所を見に行ってくれたらしく、その周辺をサイコメトリーしてくれたそうだ。
そのときは木々がちょっと不穏な感情を抱いてるのが解ったみたい。
四季島市で出た被害所の人は、その能力柄植物に好かれていたようだ。木々から嘆きと「アイツだ」っていうメッセージがあったんだって。
ただ「アイツ」が誰かまでは掴めなかった。特定できる程のビジョンが植物側に無かったのが痛い。
それでも「アイツ」というからには、そういう人物がいたってことになる。
その情報が地域包括不可思議現象対策課から警察に提供され、警察は警察で独自の捜査でやはり「アイツ」に相当する思念の持ち主がいた事だけは確定させたそうだ。
だけどそれが。
「なんか変? ですか?」
「うん。生きている人間の気配じゃないっぽいっていうか?」
「えぇ……」
そりゃこの世界、アンデッドとかゾンビとかいるよ?
でもそれって昔の魔術の名残とか、モンスターの異能のせいであって、死後の世界云々はまだよく分かってない。
それに今はアンデッドとかゾンビにならないように、火葬が常識。現代でそんな物に遭遇するのは遺跡発掘とかそういう場面だ。
でも人間以外は死体を見つけたら火葬できるけど、野生動物は違う。だからそういうののアンデッドは見ないこともないけど、それだって出たら僕ら地域包括不可思議現象対策課の職員が駆逐に行くしね。
謎だ。
まさかネクロマンシー系の異能の持ち主が四季島市にいるんだろうか? そういう異能は確認されてないんだけどな。魔術だとすれば、それ系の使用は法律で固く禁止されてるし。
緊急避難以外の使用は、問答無用で禁錮刑。執行猶予なく実刑だ。
この事件、実は単純にヘイトクライムで片付かない話だったりするんだろうか?
猪田さんと顔を見合わせる。
彼女の顔にも「何だこの事件?」って書いてあるところをみると、この不気味さを感じてるのは僕だけってわけじゃないみたいだ。
課長の意見も聞いてみたいところだけど、現在お留守。
釈然としないものを抱えつつ、パソコンに向かう。月末って色々〆業務が多くて、面倒くさい。
こういうときに気を抜くと、文字喰いをうっかり見逃したりするんだ。自分の想像にぞっとする。
とりあえず気を引き締めて仕事に立ち向かうと、気が付けば退庁時間に。
今日は日勤だから九時五時。帰れるときは素直に帰る、ノー残業。イエス充実した私生活。
それが四季島市の地域包括不可思議現象対策課職員のモットーだ。
マーテルにバイクに変形してもらって道を走ること暫く、交差点の信号で見知った人を見かけて止まる。
「萌木さん?」
「あ、染谷さん」
ヘルメットのバイザーを上げて声をかければ、一瞬驚いた萌木さんだったけど、にこやかに「こんばんわ」と返してくれた。
夕暮れ、街灯があるから然程暗くはないけど一番星が瞬いている。
先に口を開いたのは萌木さんだった。
「お仕事の帰りですか?」
「はい。萌木さんは? 職業訓練の帰りですか?」
「そうなんです」
そういって隣を顧みる。
気が付かなかったけど、萌木さんの隣に茶色の髪の長い女性が静かに佇んでいた。
その顔は柔和だけれど、なんというか違和感がある。なんだか精気が薄いんだ。
全く活気を感じない訳じゃなく、とにかく存在が薄いというか。
顔色は悪くない。寧ろ血色はいい方だろう。頬がばら色だし。でも、そういう物じゃない精気のなさは……。
「職業訓練講座で知り合ったんですけど、家が近所なんですって」
「え? あ、そ、そうなんですね?」
萌木さんに声を掛けられるまで、違和感に気を取られるくらいには引っかかる。
職業訓練講座に通っているということは、彼女も異星か異世界からの移住者なんだろうか?
だとすれば精気が感じられないのも、彼女がいた世界や星の人の特徴なのかも知れないな。
けど、四季島市に移住してきた人だったら一度は僕も見かけたことがあってもおかしくない。そしてこれだけ存在に違和感を抱く人であれば、一発で覚えるはずだ。
なんだろう、この……。
考えているうちに、その彼女が萌木さんに頭を下げる。
「私、こっちだから……」
そう言って指差したのは、僕が来た市役所の方向で。
「あ、そうなんですね? 私はこっちだから」
萌木さんは交差点を真っ直ぐに指差す。不審者のでる地区だって話題になってるようで「気を付けてね?」なんて話しながら、彼女は僕に小さく会釈すると脇を通り過ぎて行った。
「彼女……」
「染谷さん?」
「どこの市の管轄なんだろう?」
「え? 四季島市の地域包括不可思議現象対策課にお世話になってるって言ってましたよ?」
「……え?」
困惑がそのまま声に乗って、口から飛び出る。
そんなはずがないとは、まだ言えない。
僕が会ったことないだけで、僕の入庁前に四季島市の地域包括不可思議現象対策課の管轄だった人かもしれないし。
そんなことを考えていると、萌木さんがちょっとショックそうな顔をしているのが目に入る。
どうしたのかと声をかけると、ハッとした様子で首を振った。
「や、染谷さん。お仕事熱心なんだなって……」
「え?」
「なんか、幸薄そうですもんね、彼女。心配になる気も解るっていうか……」
「うん? そうですか? 貧血なのかなって思いましたけど」
「え?」
「や、なんか血の気を感じなかったというか?」
「血の気?」
「はい、血の気」
精気がないっていうのを簡単に言えばそうなるんだろう。
それを考えると、萌木さんは実に活き活きと活力に溢れている。
人は外見じゃないってのはそういうことでもあるんだ。
「……僕は、元気そうに見える萌木さんのほうが気にかかります。元気に見えるから、元気なんだって思い込まれて、勝手に大丈夫扱いされて。そうなると助けを求めにくくなるでしょ? 元気に見えてる人の方が危ういんだ。そういうときは遠慮なく言ってください。出来る限りのことはしますから」
無理は禁物ですよ。
萌木さんに告げた僕の頭の中からは、すっかりあの血の気の無さげな人のことは消えていた。
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